運命の輪 | ナノ

  二つ目の嘘


『んー…』

「あれ、どうしたんだ結?なんか悩んでる?」

『あ、左近くん!えっと、今晩の夕飯の献立どうしようかと思って』




お店の片付けをしながら考えるのは今晩の夕御飯。何にしようかな

豊臣の皆さんがこっちに来てしばらく経つ。これまで色々な料理を試したし、そろそろレパートリーが危なくなってきた




「別に同じの続いてもいいんだぜ?好き嫌いとか先輩以外ほぼねぇし」

『ううん、そこはマスター代理の意地で、新作は途絶えさせちゃいけない気がするの…!』

「…食い物が関わると途端に意地っ張りになるよな、結って」

『ふふっ、私もそう思う。あ、そうだ』

「ん?」

『かぶっちゃうけど、みんなが好きなものにしようかな。それを少し工夫してみるの』




創作料理…かな?

私も普段お店で出すもの以外は作らないし、和食とか練習になるかもしれない




「よく分かんねーけど、結がやる気ならいいんじゃね?絶対に美味いしさっ」

『気に入ってもらえるように頑張ってみる!じゃあさっそく今晩は…天ぷらかなっ』

「待て待て待てっ!!」

『え?』

「…さっそく、が家康の好物?」

『あ、えっと…うん、ダメだった…?』

「いや…ダメっつーか…複雑だな」




さっそく準備を!と思ったら、左近くんに勢いよく止められてしまった

私が真っ先に思い浮かんだのは、家康くんが好きな天ぷら。他のみんなも好きだし…好き嫌いが多い又兵衛さんも食べられるし




「いや、そうじゃなくてさ…なんか結ってさー、いっつも家康ばっかりでつまんねー」

『そ、そうかな?』

「そうそう!そりゃ家康と一番初めに会ったんだから、仕方ないだろうけどさ…」

『だって家康くんは…あの神社が会わせてくれた、友達だから』

「友達?」

『うん…あれ、左近くんたちには話してなかったっけ?』




もうずいぶん昔のことに思える。私と家康くんは時代の違うあの神社を訪れ、同じお願いごとをした



“友達をください”


そして不思議な風が、彼を私の前に連れてきた




『あの日から、ずっとずっと家康くんは私の大事な友達で…あ、でも、贔屓にしてるつもりはっ…!』

「友達…か」

『左近くん?』

「いや、アイツ、三成様とも友達だって言うからさ」

『三成さんと家康くん…ふふっ、確かに仲良いよね。性格は正反対だけど』

「俺は…あんなイカサマ野郎、気に入らねぇけど」

『え……』

「あ……あ、ははっ!!なんつって!だって結がさー家康ばっかりで悔しいんだもん贔屓反対ーっ!!」

『だ、だから贔屓じゃないってば!もう…じゃあ今晩は、左近くんが好きな料理にするよ』

「ほんとっ!?やりーっ!!駄々こねてみるもんだなっ」

『さ、左近くん…』




わーいっと両手を挙げて喜ぶ左近くんを見ていると、それ以上は何も言えなかった

…天ぷらはまた別の日にしよう。家康くんも、特別嫌いなものなんてないし




『それにしても…私、家康くんを贔屓してるように見えるのかな。気をつけないと』




左近くんに背を向けて、ふっと深呼吸。いつかはいなくなる誰かに、特別な気持ちなんて抱いちゃいけない

それは家康くんに対してだけじゃないけど…でも…





『…こっちにいたいって、言ったから』




…そう言ってくれたから




















「………………」

「さ、左近…ワシの顔に何かついているか?さっきから視線が気になるんだが」

「…家康ってさ、結のこと好きなんだよな?」

「ぶはっ!!?」

「こら左近くん、今さらそんなこと家康くんに聞いてはいけないよ」

「半兵衛様の仰る通りだ。当然なことを聞くな、時間の無駄だ」

「な、なな何を言うっ!!ワシは結をそのような、ワシらは友であってだな…!」

「じゃあ三成様と同列ってこと?」

「そんなわけがあるか。家康、見え透いた嘘を吐くな。誰が見ても貴様は結を−…」

「あ゛ーっ!!あ゛ぁーっ!!!さ、左近っ!!あっちでゆっくり話そうっ!!」




夕食後。皆がいる中で、左近が突然そんな話を切り出す

慌てて店の外まで連れ出すが…左近の顔は、何故だか彼に似合わない無表情だったんだ





「はぁ…頼むから結が聞いているかもしれない場所で、あんな話をしないでくれ」

「半兵衛様が言った通り今さらじゃね?結もそろそろ気づく頃っしょ」

「な、何にだ」

「一緒に住んでる奴らが男で、自分が女っつーこと」

「左近…」

「…って話じゃなくっ!!あ゛ーっ面倒だな!」

「何故、お前が怒るんだ」




左近を連れ出した先は近所の公園。ぶらんこという乗り物に座り、左近は足をばたつかせている

ワシもその隣に座った。夕方はたくさんの子どもたちが遊んでいるが、月の登る今はワシらしかいない




「…家康は、結にも隠し事してるだろ」

「っ……何を言うかと思えば。結が何か言っていたのか?」

「別に…けど結が、嬉しそうだったから」

「嬉しそう?」

「そう。勝家と仲直りした時と同じ顔してた…で、アンタが何か言ったんじゃないかってな」

「う、うーん?」




…左近の話を聞いてはみるが、未だに状況が飲み込めない

結が泣いていたわけでもなく、怒っていたわけでもなく、それどころか喜んでいたという

それならワシが責められる理由はないような気がするが…この男はそうじゃないらしい




「だから、結の前で期待させるようなこと言うなってことだよ」

「は…?」

「この前、半兵衛様と一緒に神社調べた時に見ただろ。この町にいる連中と、俺らの時代にいる奴らは同じだって」

「っ……ああ、そうだな。だから結も…」

「一歩一歩、俺らが巻き込まれた原因に近づいてんだ。いつ別れがくるかも分からねぇっての」

「………………」




別れ…結を残し、あの戦乱の世に戻っていく

そして平和な時代は夢のようだったなと、また戦に明け暮れるのだろう。きっと三成を含め、皆がそれを望んでいる




「…家康?」

「っ…………」

「……アンタもしかして、このままこっちにいた方が良いって思ってんのか?」

「あ…」




左近の目が訝しげに細められた。この男は、本当に鋭いんだな




「この時代にいりゃ、秀吉様も大人しいもんだしな。刑部さんも三成様も…」

「お前も、分かっているじゃないか」

「だからって、それとこれと話は別っしょ。秀吉様がいなくなっても、力で天下統一目指す奴なんかゴロゴロいるんだぜ?」

「承知だっ…だがそれでも、大きな火種が一つ無くなるんだ」

「けどさ、それ、結はどうすりゃいいんだよ」

「っ…………」

「戦をしないために未来に留めておくって…結は、どう思うのかってことだよ」





“…ずっと、ここにいたいな”


ワシはそう彼女に告げた。それは結と共にいたいという意味ではなかった

利用するなんて考えはないつもりだ。だが、本当にそうだろうか?良い機会だと思わなかったか?


ワシは−…





ざっ…




「っ………!」

「え………」

『あ……えっと…』

「結っ!!?」

「あ…い、いつから…?」




ざざっと誰かの足音がする。左近と共に振り向けばそこには…ぽつんと一人、結が立っていた

ワシらの呼びかけにキョロキョロと目を泳がせている。その様子から、ワシらの会話を聞いていたのは明らかだ




『ふ、二人が遅いから気になって…ご、ごめんなさい、聞くつもりはっ…』

「あ…結っ…」

『家康くんっ』

「っ………!」

『…ごめんなさい、』

「え…っ、結っ!!」

「結っ!!?」





何故、謝ったのか。それを尋ねる前に結はこの場から走り去ってしまう

残されたワシと左近。立ち尽くすワシに対し、左近はガリガリと自分の頭を掻いていた




「あ゛ーっ、えーっと…言いにくいけど、悪い。まさか結が探しに来るとは思わなかった」

「い、いや…ワシが結に、勘違いさせるようなことを言ったから…」

「は?」

「いや…結の勘違いを否定せず、そのまま、嘘をついてしまったんだ」





そしてそれは、取り返しのつかない嘘なのかもしれない

風のない公園で生じた綻びを感じながら、何故かそう思えてしかたなかった




20160515.

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