運命の輪 | ナノ

  一つ目の嘘


…ある日、事件は起きた




『んー…おかしいなぁ、確かに昨日まであったのに』

「ん?どうした結、探し物か?」

『家康くん…あのね、紅茶の袋が一つ足りないの』

「数え間違いか?棚の隅は…ないな、こっちの棚にも…ない」

『なかなか手に入らない葉だから、勘違いってわけじゃないと思うんだけど…』

「…なぁ結、」

『ん?』

「あの狸のような猫がくわえている袋じゃないか?」




結と共に店の外を見ると、まるまる太ったふてぶてしい猫が歩いている

そいつが口にくわえている袋は、結の店でよく見る紅茶の袋に似ていた




・・・・・・・。





「あいつが犯人かっ!!?」

『ま、待って猫ちゃんっ!!その袋返してっ!!』




ワシらの声に驚いた猫は、巨体に似合わない素早さで道の向こうに消えていく

…もちろん、紅茶の袋はくわえたままだった



















「ふむふむ!つまり犯人は結さんのまさに目の前で、高級紅茶を盗み去ったわけですね!」

『う、うん…』

「…すまん結、ワシが大声を出したばっかりに」

『私も叫んじゃったもん、家康くんのせいじゃないよ。鹿之介くん、どこの猫ちゃんか分かる?』

「うーん、この辺りは野良猫も多いから狸みたい…て情報だけじゃなんとも」

『そっか…』




紅茶をくわえた猫が去って半刻ほどたった頃。しょんぼりうなだれる結と、その側で立ち尽くしていたワシの前に現れたのは常連客の山中鹿之介

事情を聞いた鹿之介は任せてくれと胸を叩く!見習い探偵の出番だ、とかなんとか




「安心してくださいっ!!この山中鹿之介、結さんのために必ず犯人を捕まえてみせますっ!!」

『鹿之介くんありがと、でも無理しないでね。この街で猫を一匹探すなんて…』

「そう言うな結!ワシもあの猫を探すぞ、逃げられたままは癪だからな。任せてくれっ」

「ぐぬぬぬ…!結さんの前だからって良い格好しようとしてますね!そうはいきませんっ!!」

「な、なんだ?結のためだ、協力して探そう」

「いいえっ!!いくら親しい家康さんとはいえ、捜査情報は公開できません!僕が!一人で!探します!おやっさんの雄々しき角にかけて!」

「そ、そうか、頑張ってくれ」

『あはは…』




そう言って店を飛び出した鹿之介

実際に猫を見たワシと共に探した方が確実だと思うが…もう遅いな、遠くに行ってしまった




『家康くん、』

「…ははっ、ワシらも行くか猫探しっ」

『…ふふっ、うん!』

「鹿之介には負けられないしな。ではワシも、忠勝の雄々しい角にかけてみよう!」

『あ、なんだか頼もしい…かも?』

「かもって何だ、かもって。まぁいい、よし!まずは猫の集まりそうな場所にいこうか」

『猫が集まる場所か…えっと…』



















「ぁあ?狸みたいな猫?さぁ、うちにそんな逞しい猫は来ねぇな」

「そうか…元親の家でよく猫を見かけるから、知っていると思ったが」

『長曾我部さん、よく野良猫に餌をあげてますもんね』

「いやぁ、ついな!腹減ったって鳴かれちまうと勝てねぇんだよ」




カラカラッと笑いながら診療所から出てきたのは白衣を着た元親。患者のいない時間は野良猫と遊んでいる…と聞いた覚えがあったんだ

だが彼も、ワシらの見た狸みたいな猫のことは知らないらしい




『あとは柴田屋かな…庭でたまに、勝家くんが猫に餌をあげてるの』

「そうか…よし!じゃあ次は柴田屋へ行こう!邪魔したな、元親っ」

「おうよ!しかしアンタら、昼間っからデートかぁ?なんだかんだやるじゃねぇか家康っ」

『で、デートじゃないですよ…!』

「でぇと……あ゛、ば、馬鹿を言うな元親!行くぞ結っ」

『う、うん…!』

「ごゆっくりなー、」



















「狸のような…もしやジョセフィーヌのことか?」

「じょ、じょせ…?」

『か、勝家くん、その猫ちゃんのこと知ってるの?』

「京極氏の可愛がっている猫だ。狸のようだと井伊氏が言っていたような気がする…高級品しか口にしない贅沢猫だとも」

「…そいつだな、」

『うん…京極さんちの子なんだね』




次にやってきたのは柴田屋。その庭を掃除していた勝家に話かければ、有力な情報を聞くことができた

野良猫では無かったのか…だがワシの言葉に勝家は首を横に振る




「飼っているわけではない、京極氏宅の庭にやってきては餌をねだり去ると聞く」

『じゃあ、京極さんちに行っても会えないんだね』

「はぁ、結局行き先は分からず終いか。運命の輪、診療所、柴田屋、京極邸…他に猫の集まる場所は…」

『猫ちゃんが好きそうな場所…』

「…神社ならいるんじゃないか?」

「あ」

『あ』























『あ…家康くん見てっ!!賽銭箱の上っ!!』

「いたっ!!あの猫だぞ結っ!!」

『か、勝家くんさすが…!でも紅茶は見当たらないね、どこかに隠してるのかな』




勝家の考えは大当たりだった。結と共に神社の長い階段を登った先、社の側にある賽銭箱の上にどかりと座る猫を見つける

アイツは間違いなく、店から袋を盗み出した猫だ。ワシらの声にチラリと視線を寄越すが、すぐ大あくびを見せつけ余所を向く




「ぐっ…!ふてぶてしい奴だ、よし結!ワシは左からいく、右を頼む!」

『え、捕まえるのっ!!?』

「ははっ!!ここまできたらただでは帰らんさ、結は壁になってくれたらいい」

『そんな、えっと、』

「よしっ!!行くぞっ!!」

『ひいっ!!?あ、ね、猫ちゃん捕まってね!』




我ながらムキになっていると思うが、鹿之介に負けたくないという意地が勝る


結を反対側に立たせ、ワシはじりりじりりと賽銭箱の猫に近づいた

丸くなったそいつは片目だけでワシを見る。的はでかい、そう簡単に逃がしはしな−…




ふに゛ゃあっ!!!!!




「わっ!!!?」

『きゃあっ!!!?』




さあ捕まえるぞと構えた瞬間!猫は爪を出した拳をワシに向け、すぐさま賽銭箱から飛び降りた!

そして結の足の下をくぐり、店先と同じく颯爽と走り去っていく




「ぐっ…!逃がすかっ!!」

『あ、ま、待って家康くん!猫ちゃんも!』

「ははっ!!絶対に捕まえてやるからなっ、こう見えてワシはしつこいぞ!」

『もう!家康くん、話聞いてよっ……ふふっ』





それから神社の中をぐるぐると、猫を追ってワシらは走り回った

猫を相手にした何の変哲もない鬼ごっこだ。ただ、なんと言うか…こんな本気の鬼ごっこは初めてな気がする

それが途中からおかしくなって、訳も分からず笑って、結も笑った




「ははっ…はぁ、早いな、じょ…じょ…?」

『ジョセフィーヌちゃん!ふふっ、京極さんが可愛がってるから、紅茶の匂いが気になっちゃったのかな』

「だからって盗みは見過ごせないな!さあ、袋をどこへやったんだ?」



ぶにゃぁあ…




「ん?」

『え?』




猫らしからぬ潰れた鳴き声をあげ、じょせなんとかはのそのそと…社の下へ潜り込んだ

まさか、と顔を見合わせるワシと結。そして共に薄暗い、その下を覗き込めば…




「あっ!!」

『あったっ!!』





社の下には猫が集めたであろうガラクタの山

そしてその中に、店から盗まれたあの袋が泥だらけで重なっていた
















「はぁぁ…この葉はもう使えないな。これほど泥だらけになってしまうとは」

『ふふっ、もういいよ。猫ちゃんは捕まえたもん、ねー』

「ははっ…結の膝の上でうらやましい奴だ」

『え?』

「あ、な、何でもないっ!!」




階段に座るワシの傍らには泥だらけの袋。そして結の膝の上では、あの狸みたいなじょせひーぬが丸くなっていた

ワシからは逃げたくせに…と恨めしく見つめても、このふてぶてしい猫には効かないらしい。まったく、狡い猫だよ




「しかし…猫を追いかけて1日が終わるとはな」

『…ごめんね』

「い、いや…楽しかったよ。本当に。こんな騒がしくも、穏やかに終わる1日があるなんて」





…こんな1日がワシは欲しかった。いや、欲しいんだ


夕暮れの空を眺め、何故か達成感のある1日の終わり。それは乱世に生きるワシらの時代では考えられないものだ

この世界が、この日の本が、結の生きる時代が平和だから成せることなんだろう





「…この時代なら、」





…秀吉殿も、三成も、武力をかかげた争いを望まない

もし、そうであり続けるなら−…







「…ずっと、ここにいたいな」






それが平和な世のためになるなら







『…ほんと?』

「っ………え?」

『家康くん、ここにずっといてくれるの?』




ハッと我に返ったその時、ワシは自分の願望を口に出してしまっていた

そして隣の結がワシをじっと見つめている。その目には確かに、ワシへの期待が込められていた




『家康くんも、ここにいたいって思ってくれてる?』

「あ…それは…」

『あ、ごめんなさいっ…家康くんたちが帰らなきゃいけないのは分かってるよ、だけど私…私も…』




…できればみんなと、もっと一緒にいたい


そう呟いた結はへにゃりと、ワシが好きな優しい笑顔を向けてきた

ああ、違うんだ、ワシだってそうだ、だが、今の言葉は…




「…ワシだって、結といたいさ」





結、お前が思ってくれるように…純粋な感情じゃなかったんだ

平和な世となるための手段として、そんな陰った理由だ。お前をそんな笑顔にできる言葉じゃないのに




『ふふっ、よかった、同じだっ』

「っ………ああ、そうだな」






一度ついた嘘を撤回することなんかできなくて。嬉しそうに笑う結を前に、ワシは、決して嘘じゃないぞと自分に言い聞かせようとしている


それを見透かしているような猫が、片目だけ開きワシを睨んでいるようだった





20151125.
※鹿之介はまだ探索中

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