いつぞや何処かの逢瀬で
『よいっ…しょ…う゛ぅ…!』
「…狐、何をしている」
『ひぃっ!!?あ、ひ、秀吉様っ…マスターから届いた荷物を二階に運ぼうとしてたんですけど…お、重くて…』
「ふん…やはり軟弱よな」
『す、すみません…』
「……………」
『……………』
「…渡せ、運んでやろう」
『え…は、はい!ありがとうございます秀吉様っ!!こっちですっ』
「…ふふっ」
大きな荷物を片手で軽々持ち上げ、結くんと一緒に二階へ向かう秀吉。さすがは秀吉、造作もないね
近頃は豊臣の皆がこちらでの…彼女との生活にも慣れてきた。店の客人とも会話をするようになり、またこうやって店を手伝うことも
先日は大谷くんと伊予の巫が何やら話していたし…ああ、元親くんと三成くんも親しくなってきたようだ。あと…
「あれ、半兵衛さまなに笑ってんすか?」
「左近くん…ふふっ、いや僕らもずいぶんこっちに馴染んできたと思ってね」
「こっち?あー、確かに。あの三成さまがカラクリを使いこなしてますからね、超意外」
「あ、三成くんに言っておこう」
「げげっ!!?別に悪口じゃないですからね!むしろ意外っつーなら秀吉様の方だしっ」
「秀吉?」
僕と同じく店でぼんやりと暇を潰していた左近くんが、秀吉と彼女が消えた二階への階段を眺めながら呟く
さて、何のことかな?彼の話が気になり耳を傾けていると指で賽を弄りながら、だって…と話を続けた
「結に自分から手を貸すなんて…秀吉様らしくないな、て」
「っ…………!」
「…半兵衛さま?」
「そうか…そう、だね」
ぺチン、
僕が自分の頬を軽く叩けばそんなマヌケな音がした。ああ、そうだね確かに意外だ
この“変化”に気づかなかったなんて…いや、気づけなかった?違和感を感じられなかった?それは何故?
「…左近くん、家康くんを呼んできてくれないかな」
「げっ、家康っすか…み、三成さまじゃダメですかねー」
「ダメだ。君と家康くん、僕の3人で行くよ」
「行くってどこへです?」
「もちろん…あの神社だよ」
僕らを運んだ、あの風が吹いた場所だ
「左近、いったい何があったんだ?今日は勝家や独眼竜と出かける予定だったんだが」
「はっ!?勝家、俺じゃなくて家康誘ってんのかよ!いやいやそうじゃなくっ…俺も知らねぇし」
「…半兵衛殿、いったい何をしにここへ?」
「決まってるだろう?僕らがここへ来た謎を解きに来たんだ」
「は、はぁ」
柴田屋へ現れた左近に連れられやって来た町外れの神社。そこには半兵衛殿がいて、社を中心に辺りを探索している
…ワシらが時を越えるきっかけとなった場所。過去であるワシらの時代に戻る方法があるならば、それはここであるに違いない
それはそうだが…散々探し続けた場所でもある
「こう言っちゃアレっすけど…ここ探すの今更じゃないですか?」
「あ、ああ。一番に疑う場所だからな、はじめに探し尽くした気もする」
「その思い込みが危険なんだ。今一度、初心に返る必要がある」
「初心…」
「ああ、すべてを疑うんだ。左近くんが結くんに触れた瞬間と…家康くんが結くんに出会った日まで遡って」
「っ……………」
社の下を覗き込む半兵衛殿が結の名を出した瞬間、隣の左近がピクリと眉を引きつらせた
この場の空気が変わったことに気づき、半兵衛殿は顔をあげる。そして勘違いしないでと笑いかけてきた
「今更彼女を疑いはしない。誰もね、疑うべきは他にある」
「疑うって言っても…結以外、俺らの正体知らないっしょ。勝家だってそうだ」
「そうなんだ、何故、彼女が僕たちを運ぶ風を吹かせたのか。そもそも何故、彼女が家康くんと会えたのか、そして何故…」
「………………」
「…僕たちはそれを受け入れているんだろう」
「は?」
何故、何故と呟く半兵衛殿が口元を押さえ考える仕草を見せる
それを見たワシと左近は、顔を見合わせ首を傾げた。いったいどういうことだろう
「左近くんに指摘されるまで気づかなかったが…近頃、秀吉の様子がおかしい」
「秀吉殿が?いや、見る限り特におかしなところは…」
「秀吉が結くんを助けている。秀吉にとって人の弱さ…特に彼女のような心の弱さは、罪に近い」
「っ……………」
「そこも、納得できないっすけどね」
「左近!」
「君の納得の有無は今、置いておこう。とにかくそれが、秀吉に感じた違和感だ」
「それは…」
…いいことなんじゃ、ないだろうか?
それを言いかけ慌てて口を噤む。いけない、それを半兵衛殿に言ってはいけないんだ
そんなワシの様子を横目にちらりと見ただけで、半兵衛殿はすぐに話へ戻る
「僕が思うに…彼女自身も僕らと同じ、何らかの存在に巻き込まれているだけだ」
「何らかのって、半兵衛さまにしてはぼんやりしてますね」
「僕も完璧なんかじゃない。そもそも、こちらには見知った顔が多いのも不可思議だ」
「確かに勝家や独眼竜含め店の常連はよく知る顔だ。皆、ワシらを知らないみたいだが」
「果たしてそうだろうか」
「え?」
「本当に彼らは僕らを知らないのかな。そして何故、僕らは結くんだけ知らないんだろう?」
「結は…それは…」
「…ダメだね、考えても答えが出ないのはもどかしい」
「あんまり悩むと眉間にシワが残っちまいますよ!そろそろ昼飯だし、店まで戻りません?」
「そうだね…一度戻ろうか。結くんも心配する」
左近の提案に頷く半兵衛殿は、さっと立ち上がると神社の階段に向かって歩いていく
それに続く左近、その背を見つめながらワシは先程の話を思い出す
「…秀吉殿が、穏やかに、なっている…?」
いや、彼だけじゃない。半兵衛殿や刑部…三成も、戦から離れた平和な時代に溶け込み始めている
半兵衛殿の言う通り気づけていなかっただけで、確かに日々変化している豊臣の将たち。これは、本来、良いことなはずだ
「ここにいれば…皆が平和に…心穏やかに…」
この時代に、ずっといられたらいいのにな
「おい家康!さっさとしねぇと置いてくぞっ」
「分かっている、そう言うなよ左近!まったく…ワシにはいつも手厳しいなっ」
「あったり前だ!あんたみたいなイカサマ野郎は嫌いだからなっ」
「イカサマ?ワシのどこがイカサマなんだ」
「こら、喧嘩しない。そんなんじゃ結くんが困るだろう、それでいいのかな?」
「半兵衛さまだって奇天烈な料理で結を困らせてるのに…」
「何か言った?」
「ナニモアリマセン」
「や、やめないか左近…はぁ、確かに結が困ってしまうな、落ち着こう」
神社から店までの帰り道。人通りの多い町中を歩きながら、ワシらは珍しく言い争っていた
いや、そう考えるとこの3人で過ごすこと事態が珍しい。これも“変化”の一部なのか…いや、考えすぎだな
「あーあ、半兵衛さまも何だかんだ結を気に入っちまったもんなー、面白くねぇのっ」
「僕が彼女を?そういうわけじゃないんだけどね」
「結くんを困らせちゃダメだよ、てぷんぷんしてたじゃないっすか」
「…ふふっ、ああ、そうかい」
「げっ!!まじで怒らせちまった?すんません半兵衛さま冗談ですよっ!!」
「左近、ちゃんと謝れ」
「謝ってるよ!って、あれ?半兵衛さま!あいつっ…」
「話を誤魔化すつもりかい?」
「違いますよ!あの人!あの男見てくださいっ!!」
突然、左近が声を荒げ道の向こうを指差す。それにつられワシと半兵衛殿もそちらへ振り向くが、そこにはこちらの時代の着物を着た男が立っているのみ
待ち合わせだろうか壁にもたれ動かない男。何の不思議もない、とワシらは首を傾げた
だが左近は違う
「あいつ…豊臣の兵っすよ」
「は?豊臣の…何を言うんだ左近、そんなわけないだろう?」
「いや、言われてみれば確かに見覚えがある…まさか彼も僕らと同じように…」
「い、いや、それは有り得ねぇっす、だってあいつは…あいつ、は…」
「左近?」
「あいつは…」
ここに来る前の戦で、しんじまってるんだから
「っ!!!!?」
「左近くん、それは確かか?」
「はい、俺らと一緒に前線にいた下っ端っす…な、なんであいつがっ…!」
「は、半兵衛殿…」
「………………」
ワシらが話しているうちに、彼は合流した女子と共に人混みへ消えてしまった
他人の空似…半兵衛殿の様子を見る限りそうではないようだが、いったい何故、ここに豊臣の兵が?
「しんだはずの兵…いや、勝家くんや政宗くんがいる時点でそれはおかしいことじゃない…つまり…」
「…こちらの独眼竜たちもワシらの知る彼らと関係がある、と?」
「ああ、そうだろうね。僕らが気づかないだけで“この町”には、僕らの時代と同じ人物がたくさんいるのかもしれない」
「げっ、こ、怖い話は勘弁なんすけど!俺らのそっくりさんもいる、とか洒落になんねぇし」
「それは分からないが、もしかすると彼女は特別じゃないかもしれない」
「彼女…」
「僕らは結くんを知らなかった、だが面識はないだけで…」
半兵衛殿が額に手をあてる。今日気づいたこと、新しい事実を整理しているんだ
そして皆まで言わずとも、ワシと左近もそれに気づく
「結くんも…僕らの時代に、同じ姿で存在していたかもしれない」
20150802.
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