運命の輪 | ナノ

  人為らざる


彼女はワシを知らないようだ

彼女は戦も知らないようだ

だからワシと彼女はとても些細な、そして他愛ない話しかしない


それでもその一時は…何も気負わない優しい時間だった







ガンッ!!!!!





「ぐっ!!!?」

「おい、家康」

「み、三成…!声をかける前に鞘で殴るのは、止めてくれないか」

「黙れ。それよりも貴様、近頃女の所へ通っているというのは本当か?」

「っ!!!!?」

「貴様が留守にすることが増えた。半兵衛様が彼にもいい人ができたのかい、と仰っていたが…」

「ち、違うぞ三成!結とはそんな仲ではなく…!」

「結という女か」

「…………あ゛」




そろそろ結に会いに行こうか。何度目かのある日、そんなことを考えていると突然頭を襲った鈍痛

刀の鞘をこちらに向けた三成がワシを見ている。思わず口走った名だが、三成の関心は薄いらしい



「貴様の女など知らないが節度は持て、豊臣の威信に関わる」

「いや、あの、だから…!」

「む…半兵衛様お聞きください!半兵衛様が仰ったように家康は…!」

「み、三成っ!!あ゛ーっ!!あ゛ぁーっ!!!」

「…今日も楽しそうだね君たち」




ふと、長い廊下の向こうからやって来た半兵衛殿が視界に入る。そんな彼に聞いてください!と駆け寄る三成

さっきまでの関心の薄さは何処へ!そして三成の言葉に彼はやれやれと苦笑を送り、ポンッと軽く肩を叩いた




「無粋だよ三成くん、そこは黙って見守ってあげないと。やっと来た春なんだから」

「い、いや、半兵衛殿、彼女とはそのような仲ではなく…!」

「半兵衛様が仰るならば…おい家康、黙って見守ってやる。励め」

「いい報告を期待しているよ」

「…………」











「はぁ……」

『家康くん、どうかした?』

「っ―…!い、いや何でもない!ははっ、ちょっと、考え事をな」

『考え事…』

「ああ、結は気にしないでくれ。それより、また結の話を聞かせてくれないか?」

『うんっ』




今日もまたこの神社で、ワシと結は二人きりで過ごしていた

何度目かでようやくワシに慣れてくれたのか、敬語をとり気軽に話をしてくれるようになった結


この間に解ったことは、彼女がワシよりも年上だということ。きっさてんとは茶屋であり、結はますたぁという人物に代わりそこの主人を務めているということ


そして…ますたぁが旅に出て、独りぼっちだということ




『常連さんにね、まだ店は開かないのかって言われちゃった』

「楽しみにしているんだよ、結が店を再開するのを。待っていてくれる人がいるなんて良いじゃないか」

『ううん…私じゃなくて、マスターの店だよ。私だけじゃ…常連さん、離れちゃうかもしれない』

「大丈夫だ、ワシなら結が笑顔で待っていてくれる店に通いたいと思う!自信を持て、な?」

『私は泣いちゃってばっかりだから…でも、家康くんがそう言ってくれるならちょっと自信でた』

「っ、そ、そうか!それはよかった」




…こういう時、彼女を笑顔にできる言葉がサラリと出るなら格好いいのだろうな

ちょこんと首を傾げながら顔を覗き込んでくる彼女から、視線を反らして頭をかく


照れ臭いんだか気まずいのだか…とりあえずは先日、半兵衛殿と三成が言った言葉を意識してしまっているのは確かだ




「…結も、勘違いされていないか?」

『え?何を?』

「こう、毎日のようにワシに会いに来てくれるのは嬉しい…だが、その、いい人に勘違いされてしまったりとか…」

『…………』




…なんて話を切り出しているんだ。女子に、しかも、友である結に


ワシの言葉の意味がよく解っていないのか首を傾げる結。しかしハッと理解し、えっと驚き、みるみるうちに耳まで真っ赤にして…へにゃりと、照れくさそうに笑った




『いないよ、いい人。家康くんこそ平気なの?』

「っ―……ははっ、ワシはさっそく勘違いされたよ」

『え……えぇっ!!?』

「張り切ってこい!と追い出されたさ。いやぁ、いつかここに来てしまうかもしれないな」

『え、ど、どうしよう!ごめんなさい、あの、えっと、』

「あ…勘違いしないでくれ!そいつは三成といってワシの友だっ」

『みつなり……男の子?彼女さんが怒鳴り込んでくるんじゃなくて?』

「どうしてそうなる…」




三成は賑やかな奴だ安心してくれと言えば、少しだけ顔を強張らせた結

そうか…やはり騒がしいのは苦手なのか。困ったように視線を泳がす彼女を安心させたくて、できる限り落ち着いた声で話しかける



「大丈夫だ、ここはワシと結だけの秘密の場所だからな」

『家康くん…ごめんなさい、家康くんの友達が怖いとかじゃなくて…その…』

「解ってる、だが結なら三成の良さも解ってくれると思うがなぁ」

『三成くんは、家康くんの親友なの?』

「ああ!だからこそ結とも仲良くしてもらいたいんだ、面白い奴だぞ」

『ふふっ、そっか』

「ああ、そうだっ」




三成の話題で彼女が笑顔になった時、少しだけ、モヤッとした感情が沸いたのは何故だろうか










「ん……結、」

『っ―…!か、勝家くんっ!?あ、今、学校帰り?』

「ああ…何処へ行っている?店に届け物があるのだが…」




家康くんに会うために、神社へ通い始め何度目かのある日。学校からの帰り道であろう勝家くんと出くわす

後で店に来るらしい。けど私は今から…



『ごめんなさい勝家くん…後で私が取りに行くよ。今から待ち合わせがあるの』

「…………」

『…勝家くん?』

「…いや、結が店以外で交友を持つとは思っていなかった」

『あは…だ、だよね…』

「だが誰と待ち合わせようと私には関係のない話…呼び止めてすまない」

『ううん、じゃあ、また後でね』

「ああ」




そう囁くような返事だけを返し、勝家くんは家の方へと行ってしまった

…ずっと一緒だった勝家くんが言うくらいなんだ。やっぱり、私が友達と会いに外へ出るなんて珍しいことこの上ない



『…あ、急がなきゃ。家康くんが待ってるかもしれないっ』




そう、私を待っていてくれている

それが嬉しくて私は今日も、秘密の場所への道を急ぐんだ









『……あれ、家康くん…それっ』

「ん?ははっ、大したことないよ。少し痛むくらいだ」

『少し…』




また結と他愛ない話をしている時だった

彼女が顔を青ざめて指差したワシの頬。そこには先日、城での喧嘩に巻き込まれた際についた傷が生々しく残っていた




「前に話した三成がな。友の悪口を言われたと暴れてしまったんだ、いや、怒るのも無理ないが」

『い、家康くんが怪我するくらいの喧嘩だったの?』

「ははっ、喧嘩なんてまだ可愛いもんさ」




戦に出れば、こんなものじゃすまないし…それを言いかけ慌てて飲み込む

結と過ごしている間はそんな話をしたくはない。こんな傷でさえ泣きそうな顔で心配するのだから




「ワシも男だからな!怪我ぐらいする、そう結が心配することじゃないさ」

『でも家康くん、そう言ってもっと大きな怪我をしちゃいそうだから…心配ぐらいするよ』

「っ……そう、か」

『あ…ちょっと待って、絆創膏くらい貼っとこうよ』

「え?」



そう言って手持ちの袋の中の何かを手探りで探す結。しばらくして、あった、と小さく呟いた

彼女の手には小さくて細長い…ばんそうこう、と呼ばれる紙のようなもの。それを手にした結が、




『家康くん、動かないでね』

「っ―……!」





ワシに向かって手を伸ば―……







「家康っ!!!」

「結っ」





…………え?





突然、名前を呼ばれ互いの動きがピタリと止まった

振り向いたその先には、自分を見つめる見知った姿がある





「三成っ!?」

『勝家くん…!』

「こんな所で何をしている。神頼みなんぞ貴様らしくないな」

「やはりここに居たのか…アレからのエアメールが結宛に着ていた。なんでも近いうちに―…」

「あ…三成、紹介する!彼女が結だっ」

『あの、えっと、勝家くん!この人は家康くんで、最近仲良くなった友達なの』

「……は?」

「え……」




思いの外近くに居たから気まずくなり、ハッと離れて隣の人物を友人だと紹介した


手で示した先を見た彼は目を見開き…次第に訝しげな表情に変わっていく。その様子に違和感

顔を見合わせ首を傾げていると、いつの間に距離を詰めたのか力一杯手首を掴まれ引っ張られた




「うわっ!!?み、三成!何をするんだっ」

「帰るぞ家康!」

「え…ま、待ってくれ!何だ、結を知っているのか?」

『か、勝家くんっ、あの、どうしたの?家康くんは危ない人じゃ…!』

「…ここへは二度と来るな。やはり妙だと思ったのだ…」

『へ?』





振り向いた三成の表情はワシを蔑むようで、それでいて、嘆いているようにも見えた


振り向いた勝家くんの表情は心配しているようで、私を哀れんでいるようにも見えた




「…貴様の心が、人外に惑わされるほど弱いとは思わなかった」

「結…お前が黄泉の淵へと引き込まれることを、私もあの方も…アレも喜びはしない」





何故なら―……








「そこには誰も、いないではないか」







20140202.
姿は見えないお友達

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