神頼み
『…あ、よかった…誰もいない』
長い石段を登ったその先、見渡しても人の姿は見当たらなくて少し安心した
私が独りになりたい時の秘密の場所。人から忘れられたように建つ小さな神社
とても静かで落ち着けて…不思議なことに、私はここで風の音さえ聞いたことがない
『…今日からはマスターもいないから、私一人の参拝になります』
ごめんなさい、と誰に向かっての謝罪か解らないけど、報告がてら社の前まで駆け足
マスターの話だと、ここは戦国時代から建っている神社らしい…一度焼失してしまい、建て直したようだけど
『それにしては古いし…いつ建て直したんだろ?』
そもそも何故、それをマスターが知っているんだろうか。彼とは長い付き合いだけど…親しくなるたび、謎が増えている気がする
聞いてもはぐらかされてしまうだろう。それに気にはなるけど、マスターが誰だって私は構わない
『…でもマスター、やっぱり…独りは、不安なんです…』
貴方がいなければ、私は独りぼっちなんです。相談もせず出ていった貴方への、唯一の不満です
独りにしないで…と思った瞬間、思い浮かんだ勝家くんの姿。それを振り払い目を閉じる
『…ねぇ神様、アナタがもしも居るのなら…』
どうか、私に―……
「…ああ、よかった。誰もいないな」
長い石段を登ったその先、今日も今日とて人の姿は見当たらない
ワシが独りになりたい時の秘密の場所。人から忘れられたように建つ小さな神社
とても静かで落ち着けて…少し妙だが、ワシはここで風の音さえ聞いたことがない
「…戦が増えれば、大阪へ来ることも無くなるだろうか」
ワシが来なければ、ここへお詣りに来る者もいなくなるんだろう
いや、かと言うワシも何かを願ったことは無いのだが…
「ははっ、たまには何かをお願いしてみるか。そうだなぁ…天下泰平、いや、神頼みにするものじゃない…無病息災?いや、在り来たりか、うーん…」
そういえば、ここの神社は―…
「縁結びか…よし、決めた!神よ、もしアナタが居るのなら…どうか、ワシに―……」
どうか、私に―……
「…誰にも言えはしない、心の奥底へと押しやった思いを―…」
誰にも打ち明けられない、隠してしまった想いを―…
「受け止めてくれる、」
受け入れてくれる、
「友をくださいっ」
『友達をくださいっ』
…………え?
「うわぁっ!!?」
『きゃあっ!!?』
自分ではない声がした次の瞬間、ゴオッと響くような強い風が吹き抜けた!
木の枝を揺らし葉を吹き払い、さっきまでの静けさが嘘だったように騒がしく音を立てる
次第に治まっていった風。何だったのだろうとゆっくり目を開く、その先には…
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『…こ、こんにちは』
「は、はじめまして…」
さっきまで居なかったはずの男の人が、パチパチと瞬きをしながら私を見下ろしていました
『あ…え、と…あの……』
「っ…あ、はは…」
『あ、は……』
とりあえず笑って誤魔化してみる
いやいや待って、いつから居たんですか。黄色いパーカー…?を着た彼も顔を強ばらせて笑う。困ってる。私も困ってます
だ、だって…!
『も、もしかしてなんですけど、さっきのお願い…聞こえちゃいましたか?』
「き、聞くつもりは無かったんだ!えっと、その、では…」
『すみません…私も、聞くつもりなかったんですが…』
「…………」
『…………』
…さっきの神頼みは、パーカーな彼にバッチリ聞かれてしまったらしい
な、なんてこと…!急いで顔を両手で隠し他所を向く!神様へのお願いを聞かれちゃうなんて恥ずかしいことこの上ない!
『わ、わわ忘れてください!別に、友達がいないとかじゃなくてですね、えっと…!』
「ワシだって違うぞ!独りで神社に来る時点で説得力はないが、友がいないとかそんなわけではっ」
『そこは安心してください!私だって独りで来てるわけですし…』
「ああ…なんだ、ワシらは一緒じゃないか」
『あ……そう、ですね』
「……ははっ!」
『っ……あははっ』
ここにきて、ようやく私は彼の顔をしっかりと見上げた
おでこを見せるように髪を上げた男の子。優しく笑う彼は不思議な格好をしているけれど、マスターも大概だったから気にはならない
じっと見つめていたらまた照れたように笑う、なんだか、とても安心できる笑顔
「ここへは、よく来るのか?」
『え……は、はいっ、小さい頃からです…大切な人に連れてきてもらってました』
「そうか…ワシは最近、来るようになってな。ワシ以外の人を初めて見た、驚いたよ」
『私もです、えっと…』
「ん?ああ、ワシは家康という名だ、徳川家康」
『徳川家康さん…将軍さんみたいな名前ですね』
「将軍?ハハッ!そんな立派な名じゃないさ」
『ふふ、立派ですよ。私は柴田結です、宜しくお願いします徳川さん』
「徳川さん、なんてムズ痒いな…家康でいいさ、そう呼んでくれ」
『あ、え、えっと…い、家康、くん…?』
そんなに恐々と呼ばないでくれ、そう言って笑った家康くん。本当に太陽みたいな人だ
私の彼に対する第一印象はまさにそれ。今まで出会ったことのないタイプな家康くんは、まさか神頼みのお陰…そんなわけないか
「ワシは結と呼ばせて貰おう。結はこの近くに住んでいるのか?」
『はい、この近所の喫茶店で住み込みなんです』
「きっさ…?」
『ん?』
「あ、ああ、すまん!うーん…ワシも疎いもんだなぁ…まぁつまり、またここに来たら結に会えるんだな」
『え……え、えぇっ!!?』
「うわ、え?な、何を驚いているんだ?ワシと会うのは…まずかったか?」
『い、いえそんな!ただ、私と会う必要性が分からないと言いますか私が一緒で構わないんでしょうか…という、疑問、が…あり、まして…』
「ははっ!神頼みする程、ワシは話し相手が欲しいんだ。それに結との縁をこれっきりにするのも残念だ」
『縁…』
「ああ。もちろん結がいいなら、だが」
『あ…わ、私でよければっ…私も…家康くんとお話したいですっ』
「そうか…よかった、断られたら立ち直れなかったところだ!ありがとう、結」
『っ―……はいっ!』
今日はそろそろ帰るよと言った家康くんは、ちょっとだけ何か考えるような仕草を見せる
そして考えがまとまったのか私に視線を戻すけど…言い出せず、また時間を置く。あ、もしかして
『明日…また会えますか?』
「っ―……ああ、もちろんだ!は、ははっ、結に言わせてしまった…すまない」
『あは、気にしないでください。そうですね…16時くらいにしますか?あ、もしかして家康くんは大学とか…』
「じゅ…じゅーろく、じ?」
『へ?あ…はっきりした時間は解りませんか?じゃあ夕方、私たちの時間が合えば会えるかも…くらいで』
「っ、分かった…では、また明日」
『はい、また明日っ』
去っていく家康くんに小さく手を振れば、彼は何倍も大きく振り返してくれた
石段の向こうへ消えていく彼、また風がブワリと吹き抜ける。私だけが残された社の前は、再び静けさが戻ってきたのだけれど
『家康くん…か。優しそうな人だったなぁ』
思わず会う約束をしてしまった。危ない人には見えないし、きっと大丈夫だろう
神頼みを聞かれてしまうという秘密を共有してるし…なんとなく、彼と話すのは心地よかった
『…私も帰ろうかな。片付け、終わらせなきゃ』
家康くんと別れてすぐ石段を降りていく私。高いそこからは石段のすぐ下を、鳥居を、その先の道を見下ろすことができる
それなのに―…
『……あれ?』
家康くんの姿はすでに、何処にも見えはしなかった
20140201.
そんな逢瀬の始まり
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