勝利の女神さん
『…………』
「…………」
『…………』
「あの、結ちゃん?そんなにジロジロ見られると照れるんだけど」
『…もったいない』
「……へ?」
『左近くん、もっとお洒落な服が似合うと思うんです。服も外に出ないのも勿体ないな、て』
ある日の朝。朝食後に食器を洗っていた私は、隣で手伝ってくれている左近くんを眺めて呟いた
背が高く細身、整った顔と戦国武将とは思えないお洒落な髪型。まさに現代のモデルさんにピッタリだと思うんです
『勝家くんと用意した服も必要最低限ですし。外を見て回るのも兼ねて、一緒にお買い物行きましょうよっ』
「いや、そりゃ結ちゃんからのお誘いなら願ってもないけどさ。いいの?俺ら居候じゃね?」
『いいんです、それに左近くんもこうやってお手伝いしてくれてますし。お店再開前にエプロンとか揃えたいので』
「えぷろん?」
うーんと首を傾げて悩んでいた左近くんだけど、直ぐにニカッと笑って親指を立てる
「じゃあ今日は1日、結ちゃんに付き合うとしますか!すぐ出る?」
『あ、皆さんのお昼を作ってからの予定です。左近くんも雑誌とか見て好みの服を探しといてくださいねっ』
「了解!外に出るんだろ!未来のっ!!くーっ楽しみだなー!結ちゃんも名一杯お洒落して…」
「なぁに楽しそうな話をしてんだぁ、お前ら」
「げっ!!?」
『あ、又兵衛さんっ』
ぬっとカウンターからキッチンを覗き込むように現れた又兵衛さん
お買い物なんですよっと笑えばふぅんと返事を返し、次にジロッと左近くんを睨んだ
「左近、今のげっはどういう意味なんですかねぇ?オレ様がいちゃ何か不都合でもぉ?」
「やだな先輩ってば解ってるくせにー、野暮っすよ野暮!よっ、空気が読めない!」
「左近んんんっ!!!」
「ぎゃあっ!!?冗談っすよ!一緒に行きたいならそう言えばいいのにっ」
『あ、又兵衛さんもお買い物どうですか?背も高くて手足長いから、いろいろ似合うと思いますっ』
「買い物…ねぇ、まぁどうしてもって言うなら付き合ってやりますよ」
「あ、じゃあ結構っす」
「・・・・・」
「じょーだんですっ!!」
『あ、はは』
……ということで、
『あ、又兵衛さん!こっちですよ、こっちっ』
「ちょ、先輩急いでください!置いて行きますよー!」
「っ…お、お前らぁ、どこからそんな体力絞り出してんだぁ?」
『あのお店に可愛いエプロンがあるんです。私と政宗くんと左近くん…あ、又兵衛さんのも選びましょうかっ』
「ほらっ試着、試着!」
「っ……はぁあぁ」
意気揚々と次のお店に向かう私と左近くん。対する又兵衛さんは荷物を抱えぐったりとしていた
近所のショッピングセンターにやって来た私たち。これから数日の食料と新しい洋服、必要な雑貨を買いながら二人の未来体験を進めている
エスカレーターや自動ドア。初めはそれらに驚きっぱなしだった彼らだけど、又兵衛さんに関してはもう帰宅モードに入ってるらしい
「もう十分じゃあないですかねぇ?オレ様、てれびで見たいのあったんですけど」
『あ、すみません。じゃあ又兵衛さんは先に…』
「……………」
『ひぃっ!!?な、なんで私、睨まれたんですかっ!?』
「結ちゃん、これには複雑な男心があるんだって」
『え、と…あ、そうだ、休憩にしましょう!あそこに小さいカフェがあるんですっ』
飲食店が並ぶスペースの隅っこ。そこにある小さなカフェへ私たちは向かう
席に着いた瞬間、ぐでーっと背もたれに倒れた又兵衛さん。お疲れ様です、すみません
『ここのパフェ、美味しいんですよ!左近くんなら口に合うと思うんです』
「お、美味そう!先輩っどれにしますー?」
「ああ…なんでもいい…」
『…お疲れモードですね又兵衛さん。又兵衛さんはミルクティーにしておきましょうか』
「じゃあ俺はこれ!抹茶のやつ!」
『抹茶パフェですね。じゃあ私はこっちのチョコ……あ…』
「ん?」
『こっちのパフェ、フェアやってるんですね』
メニューの一番上にある店名の入ったパフェ。もちろん店一番のオススメなんだけど、その分なのか量も多かった
そして今は期間限定で店員さんとのジャンケンに勝てばアイスが一つ、おまけで追加されるらしい
『ずっと食べてみたかったんですけど…うーん…』
「食いたいなら食えばいいんじゃね?」
『そ、そこには複雑な女心があるんです!』
「へ、へぇ…あ、じゃあこうしよう!俺の抹茶は取り止めなっ」
『え?』
「で、この大きなやつを頼んで二人で食おうぜ!あ、すんません、お姉さーん!」
『さ、左近くんっ』
私からメニューを奪い取り、大きな声で店のお姉さんを呼びつけた
いや、待って、まだ…!と慌てて止めるけど、左近くんはあのニカッとした笑顔を向けてくる
「いいっていいって!俺もこっち食いたいしさ」
『でも…』
「結ちゃん、このおまけが欲しいんだよな?」
『は、はい…!ジャンケンって勝負に勝てばいいんですけど』
「じゃんけん?」
『これが紙、これがハサミ、これが石で…紙は石に、石はハサミに、ハサミは紙に勝つんです』
「ふんふん、よし見てろ結ちゃん!俺がサクッと勝ってやるよ!」
『え…』
「今日の運は俺のもんっしょ!何せ勝利の女神さんが俺に可愛く笑ってんだ、な?」
『っ―……!?』
そんなことを平気で言ってしまう左近くんに又兵衛さんは呆れ、私は…赤面してるだろう
いつの間にかテーブルまで来ていた店員さんも苦笑している。しかし何のその。さぁ勝負だと腕を回す左近くん。互いに構えた拳、そして…
「じゃん、けん―……」
「…これ、お前のとこで飲んだのと似てますねぇ」
『ミルクティーです。同じ紅茶なんですが、どうですか?』
「…微妙」
『そ、そうですか』
「あー…口直しに帰ったら、この前のと同じやつ入れてくれません?」
「先輩、先輩、素直に結ちゃんが入れた茶が飲みたいって言えばいいのに」
「・・・・・」
「いでっ!!?え、俺なんで今殴られたんすかっ!?」
『あ、さ、左近くん!アイスが落ちちゃうよっ』
しばらくして注文したミルクティーとパフェがテーブルに運ばれてきた
ミルクティーが口に合わないと言う又兵衛さん。そして私と左近くんの前には、アイスが二つ乗ったパフェがある
予想通りの大きさに気圧された私、しかし左近くんはニコニコと初めてのそれに舌鼓を打っていた
「んーっ、冷てぇ!甘いな、コレ!うん美味い!」
『よかった…左近くんのお陰でアイスも増えたし』
「いやいや運が良かっただけだって!それも結ちゃんが呼び込んだやつっ」
『え、と…』
「要するにまぐれ、でしょう?そう何度も続きやしませんよぉ」
「んー?そうっすかねぇ…じゃ、次も結ちゃんと一緒にってことで!」
『う、うん!』
「………はぁあぁ」
『……ふ、ふふっ』
冷たくて甘いパフェに夢中になる左近くんと、疲れた体に甘過ぎる匂いが耐えられないのか顔を歪める又兵衛さん
先輩もどうっすか、と差し出したスプーンを払われてる。それはそうだ
「えー、じゃあ結ちゃん、あーんっ」
『え……え、え、へっ!!?』
「左近…どこぞの石田とどこぞの家康に告げ口してやりましょうか、ねぇ?」
「げっ!!?ちょ、勘弁してくださいよー!三成様もそうだし、家康にバレたら後々面倒になりそうじゃないっすかぁ」
「ケケケッ!だったらさっさと食っちまえ」
「む……はーいっ」
『食べ終わったらエプロン見に行きますからね、又兵衛さん』
「………はいはい、」
20140505.
ちゃっかり敬語がとれた
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