弟と姫とナイト
「ん?弥三郎くん…と佐吉くんとキヨくん、何してるの?」
「アストお兄ちゃん!二人と一緒に折り紙でお花を折ってるんだ」
「今日は母の日、だ」
「だからナキにやるんだ!」
「あー…そっか、そういえば母の日だね」
ナキちゃんちに居候して数日目。休日の今日、ナキちゃんは弁丸くんたちと一緒にお出かけしていた
そんな午前中にテーブルを囲み、何か作業してる弥三郎くんたち。彼らが作っているのは…真っ赤な折り紙のカーネーションだった
「うわ、すごい。ちゃんとカーネーションに見える。弥三郎くんって器用なんだね」
「えへへ…俺、佐助みたいに料理とかできないから。でもお姉ちゃんに何かお礼がしたくてさ」
「ぐっは…眩しい、君が良い子すぎて僕には眩しい…!で、佐吉くんとキヨくんも一緒に折り紙?」
「そうだ」
「見て見てっ!!ツルだぞツル!前におり方、ぎょーぶさんにおしえてもらった!」
「あははー、キヨくんはただ遊んでるみたいだけど。ほらキヨくん、お母さんにありがとうするなら一生懸命作ろうね」
「ん?だって俺の母上、ここにはいな−…」
「わぁあぁあっ!!!キヨ、しーっ!!しーっ!!!」
「ん……?」
「キヨ、サボるならば貴様は去れ。私と弥三郎、アストだけで十分だ」
「おや、いつの間にか僕も一緒に作ることになってる。でもいいよ!なんだか楽しそうだしねっ」
仲良く並ぶ三人の向かい側に座り、テーブルの真ん中に置かれた折り紙を手に取る
懐かしいなぁ折り紙。ナキちゃんが高校生の時は、友達に教わったとかで家でもよく折ってたけど
「む…じゃあ俺もおる!」
「あはー、キヨくんも良い子だね。ナキちゃんきっと喜ぶよ」
「ほんとかっ!?さきち!おしえて!おしえて!」
「…まず真ん中で折れ。違う、そうじゃない、こっちだ」
「うんうん、佐吉くんも良い子。いやぁナキちゃんに似なくてよかったね」
「あはは…そんなこと言うと、またお姉ちゃんに叩かれちゃうよ」
「あ、この前の見られてた?恥ずかしいなーでも姉弟なんてそんなもんだよ」
「そうなの?」
「そうそう、」
僕に兄弟姉妹はナキちゃんしかいないから。ずっとずっと末っ子として生きていた
だからこんな風に年下の従兄弟と話せるのは正直楽しい
驚くことはたくさんあったけど、面倒なことには関わりたくないけど、それでも…
「あー…ナキちゃんに頼んで、僕もここで暮らせないかなぁ」
「アストお兄ちゃんも?」
「小舅にはならないように頑張るし、あの義兄や愛人さんとも仲良くできるよう努めるからね。ついでに略奪を目論む親友とも」
「そりゃ、俺たちもお兄ちゃんが増えるの嬉しいけど…お家は…」
「あはー、いいのいいの!親といても喧嘩ばっかりだし」
「…アストは親と喧嘩をするのか?」
「するよ。こう見えても僕、絶賛反抗期中だから」
現に今だって、僕は母親と喧嘩して家出してきたわけだし
詳細は割愛するけど高校生と母親の喧嘩の理由なんて大したことはない。その日の気分、今までの関係、意地、意地、やっぱり意地
「あはー、佐吉くんとキヨくんはこんな風に育っちゃダメだよ。ナキちゃんが悲しんじゃう」
「ええーっ!!なんで?アスト、面白いのにっ」
「ありがとキヨくん。でもね、大人はナキちゃんみたいに真面目な子が好きなの」
…僕みたいな楽観的な奴は好かれない。あっはーと笑ってみせるけど、弥三郎くんはなんだか複雑そうな顔をする
佐吉くんとキヨくんは顔を見合わせ首を傾げた。おっとこんな子供にする話じゃなかったね!
「さて、僕は何を折ろうかな!千羽鶴とかまた殴られちゃうし…でもあとは紙飛行機ぐらいしか折れないよ」
「…アストお兄ちゃん、」
「ん?」
「でもやっぱり、お母さんは心配してると思うよ」
「…そうかなー、だって今も家出息子に連絡一つないんだよ」
「そんなことない!だってアストお兄ちゃんのお母さんは、お姉ちゃんのお母さんでしょ?」
「そりゃまぁ姉弟だからそうなるよね」
「お姉ちゃん見てたら分かるもん!きっときっと、大事に愛されてたんだなって」
「っ……そうかな」
「うん!きっとお姉ちゃんは、そのお母さんをお手本にしてると思うんだ。そんなお母さんが心配しないはずないよっ」
「………………」
…そう無垢な笑顔で言われると、むず痒いよね
そりゃ僕だって嫌いなわけじゃない。親だし、家族だし、それに…えっと…
「なぁなぁアスト!アストの母上ってどんなやつ?」
「え?」
「ナキのような母上ではないのか?蛙の子は蛙と言う」
「さ、佐吉!それ使い方違うし失礼だよっ」
「ぶはっ!!あっはー!そうだね、母さんと今のナキちゃんは似てるかもしれないよ」
一見冷たくて素っ気ない。でも本当は優しくて心配性
そんなの言われなくても知っていた。でも言われなきゃ解らなかった
手元の折り紙の端っこを弄りながら思う。やっぱり僕はまだまだ子どもで…母さんに似てきたナキちゃんは、“大人”になれたんだね
「…お兄ちゃん?」
「…あは、母の日ってちょうどイイ言い訳なのかもしれないね」
「へ?」
「さて…と、」
僕も、大人になろうかな
「ナキちゃーんっ」
『ん?あ、アスト!アンタ、家に連絡入れてないでしょ!今日こっちにメールがたくさん…』
「あ゛ー、あ゛ー!僕のことはいいから!今は可愛いナイトのお手をどうぞっ」
『へ?』
「私の手だ!」
「俺の手も!」
『え、あ、そっか…今日…!』
「ずるいでござるっ!!それがしとも手をつないでくだされっ!!」
「あ゛っ!!ちょっと弁丸様履き物脱いでっ!!佐吉とキヨも待てってっ!!」
「…行ってらっしゃーい」
夕方。一家の主と思春期くん、弁丸くんの帰宅を待っていた僕たち。台所からは美味しそうな夕飯の匂い、今夜はあの義兄が作ったそうだ
そして玄関で迎えたナキちゃんの手を取り、ワクワクを抑えられない顔で連れて行くのは佐吉くんとキヨ
その二人のお母さんは今日が何の日かを知っている。ハッと気づいたナキちゃんは、はにかんで嬉しさを隠せない
それを見送った僕は、自分の手にある折り紙の花を見て…あーあ、と悔しい気持ちで頭を掻いた
「…あんな小さい子たちに説得されちゃうなんて。僕もまだまだだなぁ」
でも大人になるんだろ?
そう自分に言い聞かせた僕は、ポケットから携帯を取り出しアドレス帳を開く。電話をするんだ。相手はもちろん…
「…もしもし母さん?あっはー、うん、元気。ナキちゃんちでお世話になってまーす」
騒がしくなった部屋を背に電話したのは、僕がいなくて静かであろう実家
出たのはもちろん…少しだけナキちゃんに声が似た、僕たちの母親だ
「うん…うん…あっはー…ナキちゃんに迷惑はかけてないから。うん…いや、うん…分かってるよ」
分かってる分かってる。今回のお説教は、後で直接しっかり聞くからさ
今は僕の話を聞いてよ
「っ……いつもありがとね」
あと…
「…明日、ちゃんと帰る」
奥から聞こえる楽しそうな声に、背中を押してもらえた気がするから
20160508.