乙女の決別


片道でも愛を注ぐのです





「う゛ー、あ゛ー、う゛ぅ…!」

「…まつ、慶次は何を唸っているんだ?」

「さぁ…朝からずっとこれなので何とも」

「そうか…そういえばナキ殿も朝から見ないな」

「っ!!!!?」

「…犬千代さま、原因はそれでございます」

「ああ、これだな、まつ」




部屋の隅で腕を組み、朝からずっと唸っている俺にジリジリと近づいてくる利とまつ姉ちゃん

ナキちゃんの名前を聞いた瞬間に強ばった俺を二人は見逃さなかったらしい。そして俺が唸っている原因だと


…その通りなんだけど




「慶次、ナキ殿と何があった。昨日の件か?」

「それについてはきちんと謝ったのですよね?」

「あ、謝ったよ!ナキちゃんも許してくれて、だけど、その…!」

「だけど?」

「〜〜っ!!!」





ナキちゃんに、告白されちまった


そう俺が小さく呟けば二人は顔を見合わせた後、えっと驚いた顔をして迫ってきた!




「本当か慶次っ!!?」

「ついにナキ殿が慶次に!それで、何と答えたのですっ!?」

「そ、それは…」

「…まさか、断ってしまったのですか?」

「……………」

「何故だ慶次?ナキ殿はあんなにいい子じゃないか!」

「犬千代さま…そればかりは何とも言えませぬ。男女の仲に口出しはできぬゆえ」

「しかし、まつ…!」

「ナキ殿は可哀想ですが、次の好き人との巡り合わせを祈りましょう!ねぇ慶次?」

「そ、それが…」

「ん?」

「……………」







私は…慶次くんが好き、


ナキちゃんは確かにそう言った。真っ直ぐに、でも何故か諦めたように俺を見つめながら

その好き、が家族や友達に向けられたもとの違うことくらい俺にだってすぐ解る。彼女は俺に恋をしていた


けど俺はその告白に…







「な、何も…答えてないんだ」

「………はい?」

「だ、だから、ナキちゃんに返事してな―…うわぁっ!!?」

「何ということを!見損ないましたよ慶次っ!!」

「お、落ち着けまつ!」

「お放しください犬千代さま!女子が決死に思いを告げたというのに!貴方は何も返さず逃げたというのですかっ!?」

「まつ姉ちゃん!これには浅からぬ訳が!訳があるんだ!」




いや、まつ姉ちゃんの言う通り俺はナキちゃんに何も答えず逃げてしまった。答えられなかったんだ。ありがとう、も。ごめん、も

昨日の夜。何も言わず黙りな俺にナキちゃんは「ごめんね」と呟いて…去っていった




「だって…!ナキちゃんは俺にとって姉ちゃんみたいなもんでっ…!」




少しだけ乱暴で。でも女の子らしくて可愛くて優しいナキちゃん

そんなナキちゃんを皆が大好きだった。皆の姉ちゃんだったんだ




「しかし何も答えぬなど…!ナキ殿は慶次にフラれたと思っているのではないですか?」

「う゛ぅ…!ふ、ふってはない!けど、何て答えたらいいか解らなくて…」

「解らない?」

「っ…俺は、佐助を応援するって決めてたんだよっ!!」

「………は?」

「松寿だってナキちゃんが大好きでっ…それに小十郎ともいい感じだったし、吉継ともお似合いだった…!」




あの時一緒に暮らしていた皆がナキちゃんを好きだった

弥三郎も、竹千代も佐吉も梵天丸や弁丸だってナキちゃんが好きだ。皆が家族だったから


そんな家族からいきなり告白されたって…なんて答えたらいいか解らない。なんと答えるのが正解か解らない




「っ……俺は…!」

「慶次…」

「…慶次、お前はどうだったんだ?」

「………へ?」

「お前はナキ殿をどう思っていたんだ?少なくとも今のお前はナキ殿との関係を壊したくなかったんだろ?」

「利………うん、」

「ははっ、お前はいつも追いかける側だったからな。追われる気持ちが解らんのも仕方がないっ」

「……………」

「だが、だからこそだ。お前がそれではナキ殿は何処へも行けないじゃないか」

「何処へも…」




座ってうつ向く俺の前に利が座る。その隣にはまつ姉ちゃん…この二人だって、いつも一緒に追いかけてるのにな

そんなことを考えていると、昨夜のナキちゃんをふと思い出す。フラフラと俺の前から去るあの人は…本当に何処かへ行ってしまいそうだった


俺は次に…首からさげた御守りを握る




「でも…俺…」

「慶次、今の貴方はどうなのですか?」

「今の俺?」

「貴方が気にしている共に暮らした仲間は、昔からナキ殿が好きなのでしょう?」

「……………」

「かつてはそれを応援していたかもしれない…しかし今はどうなのです?」

「それ、は…」

「…ナキ殿をどう思っているのか。どうしたいのか。それを決められるのは慶次だけ…急ぎなさい、」






ナキ殿が、去ってしまう前に







「キキッ!!!!」

「っ!!!?」

「夢吉?どうした、血相を変えて…ん?なんだ、これ」

「文…でございます、これは…まあ!家康殿からっ」

「え?」




突然、部屋へ飛び込んできた夢吉は家康からの文を抱えていた

それを利に渡したかと思えば、次に俺の指を掴んで必死に引っ張る。そんな夢吉を見て俺は…妙な胸騒ぎがした




「なになに…なにっ!!?」

「犬千代さま、家康殿は何と?」

「竹千代のやつ、もう出たらしい!ここ数日の礼と詫びが書いてある」

「まぁ!確かに豊臣から呼び出されておりましたが…こんな突然に」

「家康が…アイツの所へ…」

「キーッ!!キキーッ!!!」

「っ…なんだ夢吉、さっきから何を…ん?」




ふと夢吉へ視線を戻した俺は小さな身体に結ばれた赤い紐を見つけた

見覚えのない紐…いや、違う。僅かだけど記憶に残るそれ。何の変鉄もない紐だけど…これが似合う人を、俺は知っていた



これは…俺が、あの人に…!





「っ!!!!?」

「っ、慶次っ!!?夢吉っ!!?」

「何処へ行くのですかっ!!!」














「ナキちゃんっ!!!!」

『っ―……!?』

「っ、はぁ、どこ、行くんだよ…!」




夢吉に導かれ、息をきらしてたどり着いた先は屋敷からかなり離れた道

そこを一人、小さな風呂敷だけを抱えて歩くナキちゃんの姿。俺はズカズカと歩み寄って…その細い手首を掴む!




『っ…………』

「っ、ナキちゃん…!家康と、行くのか?」

『…うん、この先で、家康くんちの家臣さんたちが待ってるって』

「っ!!!!?」

『ごめんね、また日を改めてお礼とか書くから…ありがと、君のお陰で何とか戦国時代で生きてこれ―…』

「駄目だっ!!!」

『え………』

「〜〜っ!!!」




俺の言葉に目を丸くするナキちゃん…駄目だ、行っちゃった駄目だ

何処にも行くなって、喉から出かけた言葉を一旦飲み込む。解らない、まだこの気持ちに整理がついてないから

けど、でも…!




「今さらだと思う!だけど俺はまだ返事をしてないじゃないかっ!!」

『慶次、く…』

「っ……俺はっ……俺はナキちゃんを―…!」

『それ以上は言っちゃ駄目っ!!!』

「っ!!!!?」





震える声が、俺の言葉を止めた





『っ……あは…ダメじゃんマセガキ…!そんなこと、軽々しく言っちゃ…』

「え………」

『君は優しいから…出ていく私に罪悪感感じてるから、だからそんなこと…』

「っ、違うっ!!俺は本当にナキちゃんに行って欲しくないんだっ!!」

『違う…君にはしなきゃいけないことがある。そして、私なんか、気にしちゃいけない』

「っ―………」

『……………』




掴んでいた俺の手からスルリと自分の手を抜き、今度は両手で…俺の手を包み込んだ

この人の手、こんなに小さかったっけ?こんなに細かったっけ?


この人はこんなに…悲しそうな顔をする人だったっけ?





『君のそんなとこが大嫌いで…大好きだったよ』





ありがとう、



そしてその手さえするりと俺から離れていった

駆け足で去るあの人を、俺は追いかけることさえできない



ああ、なんで…






「…い…たい……」





全部が痛いんだ







20140512.
貴方は縛られちゃいけない


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