濡花弁


アナタは誰よりも美しかった

その一瞬に寄り添えたなら、落ちる花びらを受け止めることができたのに





『おかしい…いないなぁ、ついさっき見かけたのに。おーい、グチグチ小姑さーんっ』

「もしかしなくてもそれは僕のことかな?」

『あ、いた、グチグチ』

「…せめて小姑さんにしといてくれるかな。いや、小姑さんという呼び方を許可したわけじゃないがせめてね」




雪解けはとっくに済み、春の暖かさを感じる今日この頃。ここは戦国時代


私が家族を追ってタイムスリップし、少したった日のこと。可愛い三成くんが探すある人物を私も見つけ出そうとしていたんだ

そして縁側の下や見上げた屋根、植え込みの裏や井戸の中をわざとらしく探していると案の定。呆れたように現れた彼は小姑さんこと竹中半兵衛さん




『三成くんが探してましたよ。裏庭の方です』

「そう…たぶん、君についての相談だね。だから逃げていたのに」

『私?』

「いい加減、君を信じてくれないかってね。君が信じるに値するかはまだ判断できないさ」

『つまり今は信じてないんすね』

「疑わしきは罰する程度には、ね」

『なんて恐ろしい絶対政治』




…この時代で迷っていた私を見つけたのは三成くんだった

彼は私を豊臣軍で保護してくれたんだけど、それに待ったをかけたのが半兵衛さん。突然現れた私を警戒し、今はお試し期間で様子をうかがっている




「…なんだい、僕をジロジロと見て。三成くんが呼んでいるなら行くよ」

『ういっす。じゃあ私もこれで失礼します、暇つぶしにどこかへ…』

「ちゃんと夕飯までには帰るんだよ」

『なんという姑感』

「ふふっ」




…悪い人じゃないんだけどね












「なに、賢人もあれで気が短い。ぬしの件もそう時間をかけるつもりはなかろ」

『え、そんなに早く捨てられるんすか』

「…捨てられるつもりでおるのかぬしは。あれはこの豊臣の軍師よ、建前でも全力で余所者を疑わねばならぬ」

『建前には見えないんですよねー…あ、そこズルい』

「ヒヒッ、われも全力は尽くす方でな。ぬしの負けよ」




刑部さんと共にパチパチと囲碁をしながら話すのは、今日も忙しく仕事をしているであろう半兵衛さんのこと

気が短いのはなんとなく分かる。ただ建前とか面倒なことも嫌いそうなのに




『…つか刑部さんも軍師なんでしょ?手伝わないんすか?』

「いやぁわれなど賢人の足下にも及ばぬゆえ足手纏いよ、アシデマトイ」

『まったく本心に聞こえないし!まぁ刑部さんは政なんかより相手を痛めつける戦術の方が得意そうですしね』

「嫌味か。賢人には賢人の考えとやり方がある、われの手出しなど不要よ」

『邪魔はしない、と』

「ヒヒヒッ…あれは少々急いておるでなぁ。戦も生き方も…今のやり方は身がもたぬ」

『……………』




碁石を片付けながら刑部さんは語る。身がもたない、それは働きすぎてるってことか

確かに半兵衛さんは毎日顔色が悪い。それは女中さんや武将たち…三成くんや秀吉さんも心配していた




『労働基準に引っかかっちゃなぁ…本人は聞く耳もたないだろうけど』

「おお、ぬしも賢人のことを分かり始めたではないか。ではちと使いを頼もう」

『えぇー…面倒押し付けられた感じですか』

「タダ飯を食らうぬしが何を言う。小間使い程度バチは当たらぬであろ」

『だから家事を手伝いますってば』

「それはならぬ。城中の者が腹痛にみまわれるではないか」

『張り倒しますよ』




仕方ない、これも宿のためタダ飯のため…か












『あ、いた。半兵衛さーん』

「ん…また君か。今度は何をしでかしたんだい?」

『……………』

「……何か?」

『ほんと、顔色悪い』

「は?」




遠くからでも分かる綺麗な銀髪を呼び止める。振り向き様、ふわりと花の香りがしたような気がした

そしてまじまじと見つめれば…あ、やっぱり真っ青




『せっかく顔はいいのに顔色悪いとかなんてもったいない』

「うん、分かった、わざわざ僕に喧嘩を売りに来たんだね。忙しいけど買ってあげようじゃないか」

『いやいや顔はいいって褒めたところを汲んで欲しいな。ちゃんと刑部さんのお使いで来ました、はい、これ』

「大谷くん?ああ、そうか。早速手には入ったんだね」

『…地図ですね』

「ああ、次の戦に必要なんだ」




刑部さんから頼まれたのは、大きな地図を半兵衛さんに渡すこと

その場で広げた彼の手元を覗き見れば…あ、よく分からない




『海とか世界地図なら分かるんですけど…山ですか?』

「ああ、その土地を理解すれば戦運びも容易い。大谷くんはどんな経路か知らないが、いつも正確な地図を手に入れてくれるよ」

『刑部さんが…なら自分で手渡せばいいのに。天才軍師様が褒めてくれるんだからさ』

「君ほど発言が嫌味になる人間もいないだろうね。彼は君と僕を仲良くさせたかっただけさ」

『お手伝い程度で信頼が築けるなら易いですよね』

「まったくだ。しかしこれで、やはり君とは仲良くできないと分かったよ」

『なんたる逆効果』




お互い抑揚をつけずそんな話をしているが、私も半兵衛さんも地図ばかり見つめて顔は見やしない

私と喧嘩しながらも頭の中では、この地図を使って幾つもの布陣を考えてるんだろうな軍師様




「まぁ安心するといいよ。君に害がないと分かったら見張りもやめるからね」

『え、今は害悪って見られてるんすか』

「大谷くんから聞いてるよ。君は家事は苦手だし口も悪いし、とても粗暴だから女性と見るのが難しいって」

『あれ、刑部さんって本当に私と半兵衛さんを仲良くさせるつもりあるんすかね?邪魔してませんかね?』

「さぁどうかな。でもそれはそれで気が楽かもしれない。これでも女性には気を遣いたい男なんだ、僕は」

『よかったですねー、私には気を遣わなくてすんで』

「ああ、まったくだ」

『…今のは混じりっ気ない嫌味だったんですけど』




少しふくれっ面になった私を見て、楽しそうに笑う半兵衛さん

その顔はやっぱり綺麗で…ああ、ほんと、顔色が悪いのがもったいなかった





20150401.


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