Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
すきでした、さようなら


 


好きです、好きです、好きでした

アナタを思い出にするには、まだまだ時間が足りません














「あーあ、ここが高校じゃなかったら。晴れ着のナキ先輩が拝めたんですかねぇ」

ニーッ

ミーッ

「ぁあ?お前らぁ、着物の素晴らしさ分かんねぇだろ。古きよき日本の美ですよぉ?似合うんだろうなぁ似合いますよねぇ…ケケッ」




今日は一日中、クラスの木偶共が騒がしかった

やれ上杉先輩に第二ボタンもらうだの、やれかすが先輩に告って玉砕してくるだの、やれ雑賀先輩は女子のラブレターなら受け取ってくれるだの

そんな悪あがきする連中を後目に、オレ様は教室の窓から空を眺める。あの人と出会った日と違い、今日は快晴だ




「今日、この手紙を渡して終わりにするんだ…仲間外れを、ねぇ」





ナキ先輩と同級生な官兵衛さんがうらやましかった


今思い返せば中学の頃。喜々として高校合格を知らせてきた官兵衛さんが、友達になったって自慢してきた女子はきっとナキ先輩だ

あの頃から、たぶん、官兵衛さんは…そんなもやもやっとした感情も今日でおさらば




「…オレ様だってこの二年、ただナキ先輩追いかけてたわけじゃあないんだ…」

ニーッ

ミーッ

「…そうですねぇお前らがいるんですからぁ、絶対、うまくいきますよねぇ?」

ニーッ!!!

ミーッ!!!



オレ様とナキ先輩を巡り会わせてくれた二匹のキューピット。図体はでかくなったが鳴き方も、ふてぶてしい顔も変わらない

今も早く手紙を渡せ、という風に制服をガリガリガリガリ掻きむしってくる。落ち着け馬鹿猫、気が早いってんだよぉ




「こぉらクロ、シロ、オレ様のズボンは爪とぎじゃねぇぞ」

ニーッニーッ

ミーッミーッ

「ケケケッ…はぁぁ、早くナキ先輩に渡してぇなぁ…」




卒業式は終わった。今はその余韻を殺すようなホームルーム

それが終われば三年生は解散だ。それを追いかけ在校生が各々別れを告げる、それがうちの恒例だった




「あー、なんて言って渡しましょうかぁ?オレ様の気持ちですって?ただ読んでくださいって渡します?」

ニーッ!!

「ぁあ?なんですかクロ、男らしくないって言いたいんですかぁ?」

ニーッニーッ!!

「……直接なんて、言えやしませんよ」




ちょこんと座るシロの隣で、クロだけが毛を逆立てオレ様の足を噛む。それが妙に、オレ様を咎めてるようだった


悪戯のポエムと勘違いされたあの時から、オレ様はナキ先輩に言葉で気持ちを伝えようなんて考えていない

理由はもちろん気恥ずかしいからだ。別に、オレ様は、恐れちゃいない。逃げようとなんかしてない




「…大丈夫だ、今日は最初で最後の絶好のチャンスだから」




きっとナキ先輩だって、オレ様を−…




ミーッ!!ミーッ!!

「っ、あ…」




突然、シロが窓際に飛び乗り鳴き始めた。すぐにクロも隣に並ぶ。そしてオレ様も窓から外を見下ろせば…ああ、ホームルームを終えた三年生が、校舎から出てきたんだ

それを確認した在校生も、慌てて三年生を追いかけ教室を飛び出す。ただオレ様はそこに残り、あの人の姿を探した




「あ゛ぁー、くそ、やっぱり多いなぁチクショー。ナキ先輩は…どこですかぁ…!」

ニーッ

ミーッ

「きっと雑賀先輩と一緒ですから、女子の群れの近くにいるはずだ…あっ!!いた、って、上杉先輩の方かよっ!!」




女子に囲まれた上杉先輩を、かすが先輩がそわそわしながら眺めてる。あの二人も最後まで変わりませんねぇ

それよりナキ先輩…を探すための雑賀先輩だ。あっちの輪か?いや、こっちの?いやいや、あっちに−…




「あ…」




窓から身を乗り出して探していたその姿は、在校生と卒業生が入り乱れる中からずっと遠くで見つかった

校門を抜けようとする女子生徒が二人。片方は間違いなくナキ先輩だ。雑賀先輩と一緒に、もう帰ろうとしてる




「で、出遅れたっ!!?ちょ、もう少し卒業の余韻に浸りましょうよナキ先輩…!」

ニーッ!!ニーッ!!

ミーッ!!ミーッ!!

「あ゛ぁあっ!!分かってますっ!!分かってるから引っ掻くなっ!!」




窓辺のシロとクロを教室の中へ放り投げ、空いたスペースから今まで以上に身を乗り出す

待ってください、アナタに、届けなきゃならない手紙がある





「ナキ先輩っ!!!!!」





彼女が校門を抜けようとした次の瞬間、オレ様はナキ先輩の名前を呼んだ

その声に気づいた先輩がハッと振り向いた先には、窓から身を乗り出したオレ様。ああ、よかった、気づいてくれた


立ち止まったナキ先輩の顔を覗き込む雑賀先輩。そして次の瞬間には、こっちに向かって駆けてくる




「ナキ先輩っ…!」




ついに、ついにあの人に。思いを伝える時がきた。足下で鳴く二匹は最後までオレ様を応援してくれているようだ


オレ様のいる窓の真下まできてくれたナキ先輩。ぐっと上を見上げる彼女に、オレ様は、オレ様は…!






「〜〜っ!!!ナキ先ぱっ−…」

『風魔くんっ!!!』






…………え?






『っ、何してたんですっ!!もう卒業式終わっちゃいましたよっ!!』



真下から空を見上げた彼女の視線は、オレ様と交わってなんかいなかった。もっともっと上の、屋上を見上げている

そして叫んだ名は、先輩たちの卒業旅行以前から姿を消していた風魔先輩のもの


散々連絡を寄越さなかった、オレ様最大の、天敵




「風魔、何故、あんな所に…何をするつもりだ」

『っ…風魔くんっ!!!』

「っ……小石、お前…」

『貴方にはっ、言いたいことがたくさんあったのにっ!!もう時間がないじゃないですかっ!!』

「っ、あ、あれっ…?」




雑賀先輩が追いついた時、ナキ先輩は聞いたことのない大声で再び風魔先輩の名を呼んだ

それを聞いた瞬間、オレ様は何故か窓から引っ込み、カーテンに身体を隠してしまう


ナキ先輩から、隠れた。言いたいことがたくさんあったのに、と先輩は言うがそれはオレ様も同じ

今からナキ先輩に告白しようとしてたのに、隠れたのは何故か。邪魔しちゃダメだって、本能的に感じたんだ




「っ、今さら、何しに来やがったんだよ、風魔先輩め…!」




今日は最大のチャンスだった。だってあの風魔先輩が、ナキ先輩の側にいないから

なのに来ちまった。なら、オレ様に、オレ様に勝ち目なんて−…





『ありがとうございましたっ!!!』




窓の外で折り鶴が、桜みたいにヒラヒラ舞っている





『お互いっ…立派な大人になれたらっ!!その時また会いましょうっ!!』




先輩よりひとつ子供なオレ様は、再び窓から顔を出す勇気なんてなくて





『その時は…』





この時が−…






「止まれよ、馬鹿野郎っ…!」






流れるのを、黙ってやり過ごすことしかできなかった


















ニー…

ミー…

「…うるせぇなぁ、分かってますよぉ」

ニーッ、ニーッ

ミーッ……

「うるさいっつってんだろ…!黙っててくれよ、頼みますから…」




夕焼けが差し込む教室で、窓側の壁に背中をあずけ座り込む。制服を引っ掻くシロとクロが、か細く鳴くが直ぐに押し黙った


この手には、握り込んでぐしゃぐしゃになった、あの人へのラブレター





「ナキ、先輩…ナキ先輩、ナキ先輩っ…!」





静かになった学校には、もう誰も残ってはいなかった






もしもまた会えるなら、今度は言葉で伝えられるだろうか






20151213.


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