男気と折り目は真っ直ぐに限る
「ナキっ!!おはようさんっ」
『黒田くん…おはようございます。今日はご機嫌ですね』
「まあな!そりゃ昨日の今日だ、お、お前さんだって、そのっ…」
『私はいつもと変わりませんが』
「そ、そうか…だがそこもナキらしいなっ!!小生はいいと思うぞっ!!うん、ナキらしいっ!!」
『本当に何があったんです?大丈夫ですか…頭』
「平気だ!そう心配するんじゃない、はははっ」
『おぅふ…』
「…かすが、黒田の面倒くささが格段に増しているぞ。何があった」
「知らん…知らんが確かに面倒だな。あのナキがドン引きだ」
「ああ…すまない、助けに行ってくる。鞄を頼めるか?」
「分かった、ほどほどにな」
私に鞄を預けた孫市は、未だナキに絡む黒田目掛けて突撃していく…ああ、殴られたな
今日の黒田は何かおかしい。朝の廊下ですれ違うナキに挨拶をする様子はいつも通りの風景だが、その絡み方が何やら面倒くさい
そういえば昨日の黒田も妙に不気味な笑い方をしていた。それを引き摺っているようだが、いったい何があったのか
「…比較的まともな奴だと思っていたが、やはりナキと絡む時点で普通ではなかったか」
「………………」
「まったく、ナキは本当に妙な輩に好かれるな。孫市が見張るくらいが丁度い…ん?」
「………………」
「…風魔、お前、お、怒っているのか?」
「・・・・・・」
そして私の隣では学校一無口な男が顔色一つ変えず…なおかつ隠すことなく苛立ちを全面に出していた
「………………」
『ん…風魔くん、もう帰りますか?今日は雑賀さん含めて新しいアイス屋さんに…』
「………………」
『…それ、折り紙ですね』
「………………」
『おお…』
放課後。今日も男子生徒に呼び出された雑賀さんを待ち、夕暮れ注ぐ教室で帰り支度をしていた時のこと
そっと私の前に立ったのは、同じく雑賀さんを待つ風魔くんだった。その手にはちょっと高そうな折り紙、一目で分かるその和紙感
そして何を思ったか、折り紙を大きな手でぐっと握り込んだ風魔くん。しかし次に手を開いた時、そこには綺麗な折り鶴が乗っていた
『いつの間に鶴さんが。さすがは風魔くん、マジシャンもビックリの神業ですね』
「………………」
『え、今の間に折ったんですか?神業であり早業でしたか。風魔くんは折り紙も得意なんですね』
「………………」
『……おぅふ』
得意、という言葉に反応したのか風魔くんは次から次へと折り紙アートを生産していく
鶴さんをはじめ象さんに馬さん、お花によく分からない人の顔まで。それは彼の手からこぼれる程で、慌てて受け止めればようやく折り紙がきれたらしく
…ひらひらと手を振った風魔くんは、鞄を持って何も言わず去っていった。え、一人で帰ったんですか
『…何をしたかったんでしょうか、風魔くん』
「ふふっ、お前に求愛をしていたんだろう?」
『あ、お帰りなさい雑賀さん』
そして風魔くんの出て行ったドアから入ってきたのは雑賀さん
果たし状ではなかった…と残念そうにラブレターらしきものを捨てている。また果たし状と勘違いしたんですか、全校の男子が泣きますよ
『それより求愛って…この折り紙アートがですか?』
「そうだ。よく見るだろう?繁殖期の雄が雌に自分をアピールしようと…」
『そんな野性的なアレなんですか、いえ、風魔くんは比較的野性ではありますが…私に求愛なんてあり得ません』
「そう思っているのは小石だけだ。近頃、黒田が妙にお前に近いからな。可愛いヤキモキだろう」
『ヤキモキ…』
「ふふっ、アイツには嫉妬という言い方の方が似合うな」
『途端に可愛げがなくなりました』
あの風魔くんが嫉妬…それも信じられない。極端に無口なところを除けば彼もまた完璧超人の一人だ
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群でさらに日本有数の大企業、北条酒造の跡取りだ。神様は彼にいろいろ詰め込みすぎている
『…私が、彼と仲良くできてること自体不思議なんです』
「風魔と小石か…そう言えば小石は、いつ風魔と知り合ったんだ?」
『雑賀さんと同じ入学式です。校門をくぐる前に会って、同じクラスと分かって…』
「そうなのか?それにしては仲が良かったな。どんな出会い方をしたんだ」
『どんな、て…急に隣に現れて、一緒に高校デビューして…ん…そういえば…』
風魔くんと出会った日。初対面だった私と共に高校生活の一歩を彼は踏み出した
そして同じクラスになりはしたが、その時点でもただのクラスメート。なのに彼は先輩に絡まれる私と雑賀さんを颯爽と助けてくれて…そのまま今の関係が続いている
『風魔くんは…私を知っていたのでしょうか』
「小石?」
『いえ、そんなはず…』
けど知り合いじゃないなら何故、風魔くんはここまで私に関わるのだろう
これがもし知り合いなら納得はできないけど合点がいく。昔出会った思い出の“彼”を思い出せないくらいなんだ、もしかすると…
『…やっぱりあり得ませんね』
「どうした小石?大丈夫か?」
『はい、だって…風魔くんと雑賀さんのことは絶対に忘れない自信がありますから』
「っ…………」
『何年経っても…絶対に二人のことは忘れません。だから、きっと風魔くんとも初対面でした』
きっと風魔くんにも、一般人な私には分からない理由があるんだろう
それを問い詰めたところで何かが変わるはずはない。私にとって二人は、おこがましいけれど親友なんだ
『…さて、行きましょう雑賀さん。アイス屋さんが待ってます』
「小石、」
『はい?』
「私も…お前のことだけは絶対に忘れはしない。約束だ」
『…はい、ありがとうございます雑賀さん』
『あ…風魔くんっ』
「………………」
一人で帰ってしまったと思っていた風魔くんは、校門に背中をあずけ私たちを待っていた
私たちの姿を見つけた瞬間、駆け寄ってきて隣に並ぶ。見上げた横顔は…入学式で出会った彼のまま
『…やっぱり気のせいですね』
「………………」
『いえ、こちらの話です。ところで風魔くんは折り紙がお上手ですが、誰に教わったのでしょうか?』
「祖父ではないか?風魔はいかにもお祖父ちゃんっこに見える」
『北条酒造会長…テレビで見たことありますが、確かに優しそうなお祖父様でしたね』
「………………」
『え?』
…何故、私を指差すのでしょうか
20150608.