I Copy !



朝は元就さんの怒鳴り声に起こされた。洗面所まで引っ張られ、歯磨きしてる間に彼が寝癖を直してくれる


片倉さんが朝食当番の日の目覚めは一番良かった。バランスもよくて、その日1日を頑張れたから

あ、でも佐助さんの日も捨てがたい。彼は私の好きなもので揃えてくれて、やっぱり食べてると幸せになれる


学校までコッソリ見送ってくれてた小太郎くんは、たまに我慢できず物陰から顔を覗かせてたっけ。手を振れば振り返してくれた

帰りに政宗さんと立ち寄ったスーパーで、献立を考えながらの買い物は楽しかった。ヤル気を出した政宗さんの食材選びはすごい


帰宅した私を出迎える元親は、今日はどんな1日だったか聞いてきた。楽しかったという私の返事に彼も楽しそうに笑ってくれる

休日にお菓子を作っていると、必ず真田くんが駆け寄ってきた。もう少しだよと言うたびに、嬉しそうに首を縦に振ってたっけ

大谷さんと二人きりで出かけた時は私ばかり喋っていた、彼は聞き上手だから。でもいつも最後に、また行こうって誘ってくれたんだ



そして…




「雪子様っ!!」



いつでも、何をしていても…私の名を呼んでくれた三成。名前を呼べば直ぐに駆けつけてくれた三成

貴方を見ない日はなかった。貴方が居ない時はなかった。過ぎていった幾つもの“昨日”を思い返せば…必ず三成がいた


なのに前を向いたら、私の明日に貴方が見当たらないんだ







『っ―……!』



ハッと目を開けば見上げ慣れた天井が見える。横を向けば飾り棚…並んだ写真立て

ここは私の部屋だ。私の、私たちの、家だった



『〜〜っ!!!!』




部屋を飛び出す時、朝早い時間を示した目覚まし時計を蹴飛ばした

太陽がやっと、顔を出したこの時間






『元就さんっ!!!』



居間に入って真っ先に叫んだのは、誰よりも早く起きていた彼

しかし居間にも庭にも、冷たくて優しい彼の姿はない



『……佐助さん…片倉、さん…』




台所を覗いてみた。でも…やっぱり居ない




『み、つな…り…』




眠っていたとしても彼なら私の声に何処へでも駆けつけてくれた

なのに騒がしい足音はしない。ヘタリと座り込んだ部屋の真ん中で、私はぼんやりと広い空間を見つめる




『そ、か…いないんだ…誰も…いない…』



私だけが…戻ったんだ。みんな、本来の時代に戻ったんだ

きっと本を開けば関ヶ原の、大坂の陣の結末が変わらずに載っているんだろう



ここで過ごした時間が夢だったように




『あ…はっ…そう、だよね…やっぱり夢みたいに消えるん、だね…』




気配が無いんだ。あんな大人数が暮らした気配がこの家にはない

台所に並んだ食器も、突然増えた洗濯物も全て無くなっている。いや、無かったことになっている



『っ……なんでっ…なんで、私は…!』



ボロボロと零れる涙もそのままに、私は苦しい胸を押さえ泣き続けた

私は変えられなかった。何もできなかった。何一つ、誰一人として救えなかった。救われただけだった



『ぅ……ぁっ…なん、で…!』




あの頃に戻れるなら、私は彼らを守れたのだろうか

進む時間を止められたのだろうか




―…時など止まれと思うた




『っ……』




―この暦はもう次であろう?




『お…たにさん…が…』



ハッと顔を上げて探したのは部屋に置いてあるカレンダー

これを月の変わり目に破っていたのは大谷さんで、彼らが帰る少し前にも間違いなく月は変わっていたはず


なのに―…




『月が…戻ってる…?』




私と彼らが過ごした季節と同じだが、カレンダーは確かにもっとずっと前を示していた

そうだ、彼らの過ごした月日は夢じゃない。なのに何故、彼らの使っていた物まで消えているのか


そして、彼らはいないのに感じる気配。私以外の誰かが、暮らす気配




『一年…前は…』





まだ、私は独りぼっちじゃなかった







「…雪子?」

『っ―……』

「今日は早いな…ん?そういえば昨日、前田から泣きの電話が入っていたか」

『あ……』



また、レポートの手伝いか?

そう言って笑う声が背後から聞こえた。懐かしく愛しいその声に、一瞬だけ止まっていた涙がまたポロリと流れる

一年前に私の前から消えてしまったあの人。けど戻ったこの時間には、まだ彼がいる






『に…い…さん―…!』

「っ…どうした雪子っ!?何故泣い―…」

『〜〜っ!!!!』



飛び込んだそこには確かに兄さんが居た。大きな体で戸惑いながらも私を受け止める



『ぅ、ぇ……にぃ、さ―…!』

「ど、どうした!成治に何かされたのかっ!?…いや、アイツに簡単に泣かされる雪子ではないな」

『ぅ…、…!』

「…怖い夢でも見たか?時間はある、落ち着くまでしばらくこうしていろ」

『っ―……』




私の頭を撫でてくれたその手は確かに優しくて

見上げたその顔はやはり、大好きな兄さんその人だった








『…やっぱり戻ってる。兄さんが事故に合う少し前に』



暗い夜道を小走りに帰りながら今日1日を思い返していた

この日はよく覚えている。前田に泣きつかれ、朝からレポートの手伝いをしたんだ



『でも前田はバイトがあったから私だけ居残って仕上げて、提出した』




次の土曜日。レポートのお礼にと、少し高めな洋服を前田に買わせた覚えがある

そう、確かに私が過ごした1日だ。私は此方に戻る時、本来とは少しずれた時間に辿り着いたらしい



『でも…なんで…』



兄さんとの再会に泣き疲れ、冷静になった私は考えた

私の元へとやって来た武将たち。皆を追いかけ此方を捨てた私。そして一人だけ戻ってきた私

何故そんなことが起きたのか。一重に私の“夢”が原因だ。では何故、私の夢は彼方と此方を繋いでいたのだろう




『それは…って、きゃあっ!!?』

「ぁあっ!!?」

『っ―……!』



ドンッと誰かがぶつかってきた。何とか転ばず体勢を立て直し、振り向けば足元が覚束ない酔っ払いの姿

ああ…この日は酔っ払いに絡まれたんだった。思い出した最悪の出来事にため息をこぼす



「ぁんだ、謝りもしないのか今時の若い奴は!」

『え、あ、いや、ぶつかったのそっち…』

「ぁあっ!!?」

『っ―……!』




……あれ?

そういえばこの後、どうなるんだっけ?

酔っ払いに腕を掴まれたのに、私の頭はいやに冷静だった。前田は一緒じゃない、家まではまだ遠い、周りに人もいない


私は…どうなったんだっけ?




「この……!」

『っ!!!!』



男の掴む力が強くなり思わずギュッと目を瞑った!

次にくるだろう痛みに身構え身体を固くする。殴られる、そう思い覚悟した次の瞬間、




「ぅぐっ!!?」

『え―…』



夜道に響いた呻き声と突然消えた気配にハッと目を開く

少し向こうに倒れた男の姿、そして目の前には…!



『あ……!』

「…………」



これは…近所の男子校の学ランだ。竹刀を構えたその背中をぼんやりと見つめた

そう、何度も見つめたその背中。記憶より少しだけ小さく見えるが、安心して全てを任すことができる




「誰に…許可を得てこの方に触れていた」

『っ―……!』

「何人であろうと、この方に指一本触れることは私が許さない!」




―…何度か、考えたことがある

大谷さんのついた“嘘”が本当だったらどうなるんだろうか、と


もし大谷さんのついた嘘が本当で、私の兄さんが秀吉さんの転じた人物なら…それが私の不思議な夢の理由だったなら





「……さ……さま、」

『っ!!!!』

「……雪子様、」

『〜〜っ!!!!』




もしも、その嘘が本当なら…


2度目の人生を歩むのは、秀吉さんだけじゃないかもしれない



「…遅くなり、申し訳ありません」

『あ―……』

「今度こそ…貴女様との約束を果たす時がきました」

『っ、…うんっ…!』



私の前に片膝で座り、深く深く頭を下げた彼。綺麗な銀色の髪。迷いなんかない声

私の詰まった返事に顔を上げた




「貴女様の明日に、参りました」





その言葉を聞いた私は返事をするよりも先に彼に抱きついた。彼もそれを受け止める、震えているのは私

ボロボロと泣く私の背中を撫でながら、彼は確かに笑ったんだ






私達は、全てを受け入れた



I Copy ! ― これが答えです



END.

20131007.





mae tugi

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -