ドレミファソラシド


『おはよう佐吉くん!今日も今日とて君は可愛いね!』

「おはよう。何を急いでいるんだ?」

『今日は出社が早いの忘れてたの!てわけでじゃあね!』

「ああ」



そう言って慌てて出ていったナキ。それを見送ったらすぐ居間から猿がやって来た



「あれ?大谷の旦那と一緒じゃないとか珍しいね」

「ぎょうぶなら、部屋で誰かの着物の袖を結んでいる」

「それ片倉の旦那の着物だよねっ!?今度は何があったのさ…で、ナキさんは?」

「仕事だ」

「えぇっ!?弁当持って行かなかったよあの人…」



手に持った弁当を見て溜め息をついた猿。それはナキの昼飯らしい

抜いても平気じゃないのか、と尋ねたらにらまれた



「あのね、アンタと違ってナキさんはちゃんと食事をとる人なの。弁当渡さなきゃ偏ったもの食べちゃうしさ…」

「………」

「仕方ない、後で届けに行くか。先に弁丸さまたち起こそっかな」

「………」



ブツブツと文句を言いながら猿は弁当を置いて寝室に向かう

…よく分からないが、これがなければナキは困るのか?




「……よし、」








「…さてと、さっさと弁当届けて洗濯物片付けよっかな…あれ?」



玄関に戻ると置いていた弁当箱が消えていた。おかしいな…確かに後で届けようとここに

そういえば佐吉は?ハッと気づいて靴箱を見ると、あいつの履物もなくなっている。まさか…!



「佐吉のやつ、一人でナキさんの会社に行ったのかっ!?外はくるまとか危な―…!」

「佐吉っ!!?」

「うわっ!!?」



俺の言葉に飛び出してきた大谷の旦那

顔面は蒼白。けどその手には裾と裾を固結びした片倉の旦那の着物があった










「…で、何で俺たちは佐吉を見張ってるのかな」

「見張ってなどおらぬ、見守っておるのよ」

「あの…俺、状況がよく分からないんだけど…」



隣を通り過ぎる人たちが俺らを訝しげな目で見ていくけど気にしない

家からナキさんの仕事先に続く道。そこに並ぶ店の物陰に隠れた俺と大谷の旦那と弥三郎は、少し先を歩く佐吉を見張っていた



「俺と大谷の旦那だけじゃ喧嘩になって佐吉を見失うだろ?」

「否定はしないけど…何で隠れるのさ。佐吉と一緒にお姉ちゃんのとこ行ったら?」

「ヒッ…あの佐吉が自ら御使いに出たのよ、成長を見守らずどうする」

「…あんた保護者が板についたね」

「ぬしにも同じ相が見えるが…む」

「あ、しんごうってやつだ」



佐吉が差し掛かったしんごうってやつは、青が点滅して赤へと変わってしまう

白い線が引かれた道の手前でピタリと止まった佐吉。ナキさんが初日に教えてくれたことだ



「おー…ちゃんと守ってるよ」

「ヒヒヒッ!当然よ、佐吉は聡い子よい子ゆえあれくらいできるわ」

「ご、ご機嫌だね…でも確かに、梵天丸や弁丸なら飛び出してたかも」

「・・・・・」

「ご、ごめん!弁丸もいい子だから睨まないで佐助!」




その後、ドンドン進む佐吉について行くのがやっとだった俺たち

寄り道はなし。甘味屋があっても振り向きもしないし、大きな犬が吠えたってまるで聞こえてないみたいに通り過ぎる



……………。





「…なんか、順調すぎて逆に面白味がないんだけど」

「佐吉に面白さを求めるでないわ。まぁ、われにとっては想定内よ」

「佐吉が居なくなった時めちゃくちゃ焦ってたくせに」

「……悪いか」

「ちょっと佐助!心配だってするよ、佐吉はいつも吉継と一緒なんだからさっ」

「悪いとは言ってない。旦那も人の子なんだなーって」

「さてなぁ…ぬしらがどうなろうが知らぬが佐吉だけは別よ。それを人と呼べるか否か」

「もう、二人とも!お姉ちゃんが居なきゃ仲良くできないのっ!?」

「………」

「………」



弥三郎に怒られ互いにそっぽを向く俺たち。その間も佐吉は先に進んでいく

大事そうに抱えた弁当箱。別に俺は…あの人のために、他人と仲良くなんて思ってない



「佐助は吉継や佐吉が心配だから一緒に来たんじゃないの?」

「はぁっ!!?」

「だって、ちゃんと支えて歩いてあげてる」

「そ、そうしなきゃ転ぶかもしれないし…俺は自分が作った弁当が心配なだけだ!」

「吉継も佐助を信用してるから、自分を任せてるんだよね?」

「…仕方なかろう、慌てたゆえ杖を忘れた」

「あは、みんな仲良しだっ」

「ぐ―…!」



ニコニコ笑う弥三郎に、俺も大谷の旦那もさっきと違う意味でそっぽを向く

そんなんじゃない、心配だとか、信用するとか、でも―…




「…他人を信用する…ナキが一番始めに、ぬしに言うたことよなぁ」

「っ―……」

「ヒヒッ…教え方が上手いようだ。われも知らぬ間に…ん?」

「何だよ、途中で止ま…」

「……佐吉はどこだ?」

「へ?」

「え?」



振り向いた人混みの方を凝視する

けど、何処を見たってあの目立つ頭は見当たらなかった


………………。




「み、見失ったっ!!?」

「佐吉ぃぃぃぃっ!!?」

「お、落ち着いて二人とも!落ち着いてっ!!」









「ナキっ!!」

『んー?…って、佐吉くんっ!!?』

「ナキの息子っ!!?」

『え、ちょ、何で会社に居るのっ!!?』



弁当を忘れたから買いに行こうかなー、と思っていた矢先。可愛い佐吉くんのご登場に持ってた財布を落としてしまった!

隣の浅井先輩もビビってる。いや、でも、なんで?一人で来たの?



「これを忘れてたから持ってきた」

『え…あ、お弁当…!』

「猿が、これが無ければナキが困ると言っていた。私は間に合ったか?」



私にズイッとお弁当箱を差し出してくる佐吉くん

それを受けとれば何故か両手をブラブラと振り始めた。ああ、そっか、箱が斜めにならないようにずっと真っ直ぐ持ち上げてたから疲れたんだね




『…って、なんて可愛いんだ君はっ!!昼間から私を萌え殺す気か!?』

「まさかナキの息子がこれほど良くできた子になるとは…!」

『どこに驚愕してんすか浅井先輩』

「…ナキ、ダメだったのか?」

『違うよありがとう!一人で来るなんて偉いね、佐吉くん。すごいよ』

「一人じゃない」

『へ?』

「ぎょうぶと猿と弥三郎もずっと一緒だった」

「「「っ!!!?」」」

『おぉう…』




佐吉くんが振り向いて指差した先には、物陰からこちらを伺う三人の姿

あー…うん、なるほどね



『…あはー、バレバレとか転職考えた方がいいよ思春期忍者』

「う゛……!」

「佐吉、われらに気づくとは流石よなぁ」

「…何でもかんでも褒めたらいいって訳じゃないと思うよ」






20130706.
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