掘り返される黒歴史


私は誰よりも早く大人になりたかった

誰かの手を引ける立派な大人に





―4年前





「ナキちゃん、お昼行こうよ」

『すみません…これが打ち込み終わったら行きます。お先にどうぞ』

「そ、か…」




―…また断られたんだけど、付き合い悪いよね

―…仕事が終わらないからでしょ?昼休み終わってからでいいじゃん

―…つまらない子




『…聞こえてますよ、全部』



同期の子達が去ったのを確認して、私は再びパソコン画面に向き直った。数字の羅列と手元の書類

今年度の新入社員である私は、上司から与えられる仕事にとにかく必死だった。お昼なんて食べている余裕は―…





「こらっ!!」

『いたっ!!?…て、え…?』

「また貴様か小石!昼休みだ、昼飯を食え!」

『………すみません』



頭に落ちた衝撃に振り向けば、背後で仁王立ちする男の人がファイルを片手に私を見下ろしていた

確か…営業の浅井さん。彼が首を傾げると真っ直ぐな黒髪がパサリと揺れた



「その袋は何だ?」

『…昼食です』

「…私には飲み物しか見えないが?」

『ガムもあります』

「ああ、そうだな…って、それが昼食かっ!!?ふざけているのかっ!!」

『いえ…』

「そんなもので栄養が取れるか!せめてコレを食え!反論は許さんっ」

『え…?』



そう言って浅井さんが手渡してきたのは健康補助食品。これを食べろと…?

それを手に持ったまま見上げると、イライラした彼がまた怒鳴る



「礼くらい言えないのかっ!!?」

『え、あ、すみません…ありがとう、ございます』

「…言えるじゃないか、行くぞ、ここは飲食禁止だ」

『でも、これもらったら浅井さんが…』

「私にはコレがある」



次に彼が差し出したのは、大きな黒い弁当袋。もしかしなくても中にはお弁当が入ってるんだろう




『愛妻弁当ですか…?』

「…まだ、妻ではない」

『…………』

「何だ?」

『…リア充ですか、』



爆発してください、と呟いたらとても驚いた顔をされる

怒ると思ったのに、次に彼は笑って「まだ爆発するほど幸福者ではない」と言った








「小石!」

『…今日はちゃんと、昼食持ってきましたから』

「そうか…って、何だそれは」

『唐揚げです』

「そっちは?」

『唐揚げです』

「…それも、」

『唐揚げです』

「夕飯の残りかっ!!?」

『え…なんで浅井さんが、私の昨夜の献立を…』

「朝から唐揚げだけを大量生産する馬鹿がどこにいるっ!!?もっと可愛らしい弁当にならんのか貴様っ」

『…………』

「…悪かった、悪かったからそんな目で見るな」



茶色い弁当を摘まむ私と、真っ黒い弁当を摘まむ浅井さん

昼休みも独りな私を憐れんでか、最近は彼が一緒に食べてくれている。この人は勝手に喋ってくれるから楽だ



『…羨ましいって言われました』

「修飾語をつけろ」

『同期の子に』

「何故だ?」

『浅井さんと二人で食べてるので』



短気だけど面倒見が良くて真面目な先輩。見目もいいから新入社員の憧れになっている

彼女たちからすれば、恋人が居ようがそれが社長の妹さんだろうが関係ないらしい



「私には市がいる。他の女をそのように見ることはない」

『見られたら逆に神経を疑います』

「…それは謙遜しているのか?私を馬鹿にしているのか?」

『もちろん謙遜です』

「そうか…だが、私と二人で居ることで小石に真でない噂が出るなら考えなければならん」

『…優しいですね』

「ん?」

『いえ、何も』



…いい人、で片付けていいかは分からない。けど浅井さんは間違いなくいい人だ

こんな人に、こんな大人の人になれば私も―…



「そうだ!昼食を食べない人間がもう一人いる。彼を誘えばいい」

『もう一人…』

「ああ、ここの部長だ」

『部長…ですか』

「ん?管理職だからといって気を張るんじゃないぞ、明智部長は新人だろうが気にしない」

『いえ、そうじゃなく…私と食べても、楽しくないですから。物好きな人じゃないと、無理ですよ?』

「…貴様と一緒に食べている人間に言う言葉か?」

『…………』




…でも自信がない


私はこれから頑張らなければならない新人。こう言っちゃあれだけど、上司と繋がりがあれば出世できる

なのにわざわざ昼食を一緒に食べて、嫌われたら元も子もないじゃないですか



「貴様は壮絶に後ろ向きだな」

『すみません…』

「まぁいい、試しに会ってみろ。明智部長はすでに変人だ」

『…明智部長、ですか』




私を超える変人なのだろうか…どんな人だろう










「・・・・・」



バサァッ!!!

床にバラバラと散らばる書類たち。先ほど同期の子がきゃぴきゃぴと手渡したものだ

それを目の前で床にばらまかれちゃさぞかし腹が立つだろう。そのばらまいた本人は私を凝視しているのだけれど



『浅井さん…まさか…』

「残念ながら彼が明智部長だ」

「ああ…!」



明智部長、と紹介されたのは長い銀髪が目立つ細身の男だった

部長だからどんなオジサンを紹介されるかと思ったら、予想以上に若い。それほど優秀な人なのだろうか



「一瞬で…魂ごとわし掴まれました…!ああ、まさか今このときでお会いできるなんて!」

『浅井さん、私を帰してくださいお願いします後生です…』

「第一印象が雲泥の差だな!小石、落ち着け、大丈夫だ、そして部長も悦に入らないでくれ」



勝手に運命を感じちゃってる部長さんから逃げるように、浅井さんに隠れるが引っ張り出された

鬼畜ですか、仮にも上司だ、ああそうでしたね



『…はじめまして』

「ふふふ、私ははじめましてな気がまったくしません、運命ですね」

『…気のせいです』

「明智部長、こいつは小石といって…」

「小石さん…?ああ、噂の新人さん。貴女がそうでしたか」

『…………』



何故か私を知った様子でニヤリと笑う明智部長。すでに私には妙な噂がたっているらしい

…社会人生活、終わったな。軽い絶望を感じながら見上げた部長さんは、やはり私を見つめて笑ったままだった




『…あ。昼休み』

「なったな。部長、私と小石で昼食にするのだが、一緒にどうですか?」

「ええ、もちろん。ふふふ…女性の食べる姿は可愛らしいですからね楽しみです」

「…小石の弁当に可愛さを求めても無駄な気が」

『…………』






20130622.
→まさかの続く
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