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マッシュ達がガウの父親に会いにいく為に色々な準備を終えて出発した後、他の皆は飛空艇でその帰りを思い思いに過ごしていた。

私は簡易室の窓辺に椅子を引き寄せ漠然とした気持ちで外を眺めていた。
飛空艇を出て行くユカ達4人を見送ったとき、親との再会に僅かばかりの緊張の色を浮かべていたガウを思い出す。
一体彼は今頃どんな気持ちなのだろう。

「親・・・・か」

過去に遡ろうとしても何一つ浮かんでこない情景。
ただその存在が居たことだけが分かるくらいの記憶しかない。
いや、思い出とは呼べないほどに朧げだ。

それに大人になった私が今もしも自分の親と再会したらどうだろうか。
嬉しいのかそれとも嬉しくないのか分からない。
でも、もしも会えるとしたら会いたい気持ちはある。

そして聞いてみたい。
なんで私を置いていったのか、と。

「今更何を・・・」

聞いたところで何も変わらない。
理由を知ったところで今の現状が良くなるわけでもない。
詮無いことを考えるのはよそうと椅子から立ち上がった頃、時を同じくしてドアを叩く音が響いてきた。

「ルノア、俺だ。話がしたいんだが、いいか?」

もしも返事をせずに黙ったままでいたら、彼は帰っていくだろうか。そんな事を一瞬思ってしまったが、居ると分かった上で尋ねてきている相手にそんなことをすれば余計に心配されてしまう。

遅ればせに返事をして招き入れれば、彼はトレーに飲み物を載せながら小脇に紙を抱えて部屋へと入ってくる。いつものように私の分を用意してくれる相手は、柔らかな微笑みと一緒に紅茶をテーブルに置いてくれた。

まるでここにおいでと示すかのように香る紅茶が優しく誘う。
なのにまた、僅かに戸惑う気持ちが自らの動きを遅らせた。

「紅茶の気分ではなかったか?」
「…っ…いいえ…そんな事ない」

聡い言葉に引っ張られ、私は椅子を窓際から机に移動させた。出された飲み物を一口だけ飲んで、器の中で揺れる琥珀色を見つめていると、彼がテーブルの上に数枚の用紙を差し出した。ティーカップと入れ変える様にそれを手に取り、書かれた文字を目で追っていった。

そこには今後についての動向が書かれており、つい先程皆と話し合ったものをまとめたものだそうだ。順を追って説明してくれる彼の声を聞いていたつもりなのに、段々と別のものに意識が傾いていく。

どうしてこんなに真面目なんだろう。
資料まで用意して個別に説明するくらいなら、寄り合いの席に召集をかけて話を聞かせれば済んだ筈なのに。それとも要点だけ伝えれば問題ないからこそ私を抜きにして皆と話をしたのかもしれない。

でもそのお陰で今があるのならそれで構わないと思ってしまう。
落ち着きのある低い声音。
ゆったりとした口調はとても聞き取りやすくて、気持ちまで落ち着かせてくれる。
何ともいえないこの声が耳に心地良いから、ただ聞くことに意識を持っていかれた。

自分一人でいると色々な事を頭の中で巡らせて、どうにもならない事を考えてしまうけれど、彼がこうして話をしている時はそうならなくて済む。
それどころか、渦巻くように下へと沈んでしまいそうになる意識を上へと導いてくれるかのようで…。

“好きだ”と思える時間だと……そんな風に思ってしまう程に。

荒れて惑うばかりの心なのに、今のように時折訪れる穏やかな時間が確実に増えてきている。それと比例するように残り少なくなっていく終わりまでの刻限。

手に持っていた用紙を僅かに動かし、まるで透かす様に向こう側に目を向ければ、整った顔立ちの彼が言葉を紡いでいる。座っている姿は優雅で、それでいて沢山の知識を要する叡智に長けた人。

そんな貴方の目で物事を見通したなら、私のこの先はどう映るだろうか。
今の自分の考えとは違う答えが出るだろうか。

「・・・・エドガー」

「ん?どうした?」

「……いえ…。なんでもない…」

たとえどんな展望を見ようとも立ち向かう場所は私と彼も同じ。
この先などというまやかしで、今の自分には不釣合いな感情を誤魔化そうとするのはやめなくては…。

冷静になろうとテーブルに置かれた紅茶に手を伸ばした。きちんと掴んで持ち上げたつもりだったのに、まるで逃げるようにして指から滑り落ちて倒れたカップ。
中身が机の上を流れるように零れていき、彼の書いた用紙を瞬く間に濡らしてしまった。

「…ッ、ご、ごめんなさい…!」

慌てて立ち上がり持っていたハンカチで拭いたけれど紙に書かれたインクは読めないほど滲んでいた。
文章をきちんと読んでいなかった上にエドガーの話をまともに聞いていなかった自分は、代筆をすることも叶わずもう一度謝る事しか出来なかった。
すると、相手は私の謝罪に対して怒る事無くテーブルの片付けをする。エドガーは、綺麗なハンカチを取り出すとそれで私の手をそっと拭うのだ。

「覚えているから心配ない。それに他の皆の為に内容を書き直すつもりだったからな」

紙を処分する手間が省けた、なんて笑いながら話すエドガーとの会話を上手く続けることが出来ず、あまりの自分の不甲斐無さに俯きながらもう一度謝っていた。

「ごめん…なさい…」

下を向いたことでハンカチ越しに繋がっていた手に目線が向くと、彼はまるでそれを分かっているかのように優しく手を握ってきた。
驚いた私をよそにエドガーは手を握り締めたまま静かな口調で語りかけてくる。

「何かあったのか?」

後ろめたいからこそ自分の失態に過度になってしまったとは言えず、上手な切り返しも出来ないままでいると、エドガーは“少し出掛けないか”と私を外に誘った。
答えあぐねる私の心を見透かすように、彼は手を握り締めたまま部屋から私を連れ出した。

マッシュ達が戻ってきたのを確認した後、飛空艇を操縦するエドガーは私が何処かに逃げないように、話し続けることで繋ぎとめていたようにも思う。
目的地に着陸し、外に出るため廊下を歩いていくと途中でガウ達と出かけていたユカとすれ違う。エドガーと2人でいる事が僅かに面映くて、私は彼女に一緒に出かけないかと誘ってしまった。
けれど、ユカはその誘いをまるで当たり前のように断ると、笑顔で私達を見送った。

心落ち着かないまま降りた先にあったのは、港町ニケアだった。彼が歩き出すのを待っていると、不意にエドガーが私の手をそっと握りしめて町の中を進んでいく。

どうして?と行動の理由を知りたくなる。でも、彼のする事に意味のない事なんてない筈だから、今は何も聞かないまま相手のする事に身を任せた。

町の通りを進み、私たちは一軒の店へ入っていく。
案内された席に腰を落ち着かると、向かい合って座ったエドガーは“懐かしく感じないか?”と話した。

言われて周りを見回せば目に映る景色に記憶が重なっていく。世界が崩壊した後、再会を果たした私達は2人でこの店のこの席に座って過ごした事を。

「君は食事を一口食べて瞬きをしながら驚いてたな」

美味しいと言っていた事、他には貨幣の話もした。

「それから、月夜の下で約束をした」

思い出を語るようにあの日の事から今までに至るまでを1人語りしていくエドガー。
最初は何故だか分からなかった。
でも、途中からそれはどうでもよくなった。相手の話す言葉に耳を傾け、自分の持っている記憶と彼の言葉を繋ぎ合わせる。

あの時の事がいつなのか。
掛けてくれた言葉がどんなものだったか。こんなに自分はハッキリと覚えていて、それと同じように彼もまたそれを覚えていてくれていた。

「長いようであっという間だった」

「・・・・ええ」

「色々なことがあったが、今こうしてここにいる事は間違いないんだ」

だから。

「戦いを終わらせ、この先を共に歩もう」

彼が私をここに連れてきた理由が今の言葉の数々でようやく理解する。
あの時この席に座っていた自分には確固たる思いと到達点が見えていたじゃないか。

もうすぐ終わりだと、下を向いて迷う私に彼は思い出させてくれた。
ならば、何も迷うことなどないじゃないか。
聳える瓦礫の塔を登り、ケフカを打ち倒せば、それで全てが終わるのだから――。


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