ルノアが俺をどう思っているか。
彼女の“分からない”という答えは、自分が想像していたよりも良かったからこそ十分だと感じた。以前ならば、即決かつ明確で簡潔な答えを出したであろう相手が、今はその答えに迷いながら恥ずかしそうに俯いているのだから。
互いの関係性が僅かに変わっていくのを感じた次の日、執務室のドアを叩いてきたのはルノアではなくマッシュだった。
その後ろにカイエンとユカの2人が並んでいたのだが、いつも一緒に居るガウの姿は無い。大人だけの組み合わせに珍しいなと声をかければ、弟は俺にこんな事を頼んできたのだった。
「ガウを親父に会わせてやりたいんだ」
立案した内容を詳しく聞いてみると、ドマ城で起こった出来事がキッカケで考え込んでいるガウの為に何かしてやれないかと話し合っていたそうだ。
東の大陸にある小さな一軒家に今もガウの父親が住んでいるなら、ガウの成長した姿を見せてやりたいと話す。
心優しい願いに頷きジドールまでやってきた俺達はガウの為に力を貸そうと、手始めに食事のマナーを教える事にした。
お店に入りガウを椅子に正しく座らせ、あれこれと指導するマッシュだったが、話など聞く耳を持たないガウをどうにかするところから始まった。
食事のマナーと“はい”という返事にかなりの時間を要した後、次は服を見繕うために全員がぞろぞろと移動を開始する。ガウ自体あまり服を好きではなさそうだったが、そんなのはお構いなしに周りの大人が騒ぎ出す。
セリスはとても楽しそうに服をガウにあてがいながら話をしている。カイエンもあれこれと小物を探しているようだ。
未だぱっとしない雰囲気のなか、俺は自分のセンスで選んだ服をガウに披露してみせた。
「やはりこれだ!タキシードでビシッと決めてシルクハットをかぶり…口にはバラをくわえて…」
出来の良さに頷いていたら横入りしてきたロックが俺の選んだシルクハットを弾くように取り上げるとガウの額に何かを巻きだしたのだ。
「や、り、す、ぎ!!ったくもう…やはり頭にはバンダナを巻いてだな…」
シルクハットよりもバンダナが上等な訳がないと相手の奇抜なチョイスに呆れてしまう。
溜め息をつくように欠点を羅列し、奪われたシルクハットを取り上げて俺はもう一度ガウの頭にそれをのせた。
「バンダナのどこがりっぱな格好なんだか…、ロックに品性を求めるのは到底無理なことか…」
「な、ん、だ、と〜!?言わしておけば!」
バンダナをバカにされたせいか、はたまた図星をつかれたせいか。
腕まくりをしながら俺のところに向かってきたロックに盛大に仕返しをされる羽目になった。攻撃された上に、他の皆から恐ろしい早さで自分のセンスを却下されるとは思いもせず、納得できないまま新しい服を探そうとクローゼットの方に足を運んだ。
ハンガーに掛けられた服をめくるように見ていたのだが、その先にあった女性用の服が目に映る。
色鮮やかなものから清楚なものまで、柔らかなモチーフは男には取り入れられることのないものばかりだ。知らず知らずのうちにガウの服選びから別の考えに移行してしまった俺は、自分の好みの服を見つけてクローゼットからハンガーを掴んで取り出してみた。
すると丁度良いタイミングで服の向こう側に現れたのはルノアで、遠巻きに彼女にあてがってみれば、自分の思った通りになる。
「やはり、似合うな」
自分のセンスに自信を取り戻した俺は、他にも遠巻きに服をあてて楽しむ。そんな俺の動きに不信感を抱いたルノアの視線が洋服越に突き抜けてくる。
「…………それをガウに着せるの?」
着眼点の違いを否定しながら、彼女の方に近寄って相手がどんなものを探しているのか見てみると、ガウが好みそうな明るい色の服を選んでいたようだ。
自分もそれに習って探しながら、他愛のない会話として彼女にどんな服が好みなのかを聞いてみれば、服に対して考えているのは肌を晒すことがないものだと答えた。
「戦うためにか?」
「それもあるけれど…」
途中で濁された話の続きが聞きたかった俺は、動きを止めて彼女の横顔を見つめる。それに気づいたルノアは俺の方をちらりと見て仕方ないというような雰囲気で話をしてくれた。
「…違いを見せたくなくて隠してた」
「誰とのだ?」
「幻獣の皆。私の容姿は人と区別がつかない程だから、悲惨な過去を思い出す要因を作ってしまうみたいだった」
幼いころに感じた感覚が今も名残りとして服に影響しているだけと、すました声で語ってくれた。けれど、ガウの洋服を選んでいるルノアの表情が普段より嬉しそうに見えるのはきっと気のせいではないだろうから。
「何か着てみたらどうだ?」
「………え?」
「キミに似合う服なら幾らでもあるはずだ」
目の前に並んでいる綺麗な洋服を薦めてみたものの、動きだけでそれを拒んで服探しを再開してしまった。
俺が勝手に服を選んで贈ったとしても今の彼女は着てくれないだろう。けれどこの先、戦う必要がなくなった頃を想定しての約束だったら出来るような気がした。
「ルノア」
「何?」
「いつか、俺と一緒に白い服を着ないか?」
「…………………」
「今じゃなくて、いつかでいいんだ」
「何故、白なの?」
「神聖な場所に相応しい色だからな」
「どういう事??」
「いつかの約束だ。理由はその時に」
「…………………いつか、なら…ね」
彼女の不確かな返事に微かな喜びを感じた俺の隣で、寂しそうにしながら答えた彼女に気付きもせず、交わした約束のいつかが来るのを俺は強く望んでいた。