共に行くことを約束してくれたルノアと共に、これから仲間を探しに旅立つこととなった俺達。自分が今までどのように行動していたか説明した後、彼女にもこれまでのことを聞いてみるとコーリンゲンに居たと話してくれた。
「そこに暫く留まっていた…ティナと一緒に」
「ティナと!?」
「ええ…」
コーリンゲンでティナと一緒に居たのならどうして今は別々に行動をしているのだろうか。何か良からぬ事があったのだろうかと、それについて詳しく聞いてみれば、ルノアは難しい顔をしながら答えてくれた。
「今、ティナは戦う意思を失ってしまっている」
「失った?怪我をしているのか!?」
「そうじゃない。自分の中に在る何かを必死に探している…」
はっきりとした要因は分からないが、ティナが無事だと確認できただけでも今は良かったと思うしかない。それに、共に来る事が出来る状態ならルノアと一緒に行動している筈だろうし、本当に無理だからこそ別々になったんだろう。
理由を知り納得した上で了承したことを彼女に伝えようとすると、ルノアは俺を見ながら真剣な表情でティナについて話を始めた。
「彼女が幻獣界から連れ去られて、そのあと何があったかを聞いた…」
「帝国に居た事を?」
「兵器として育てられていたなんて知りもしなかった…しかも意思まで奪われて」
ルノアはティナ達家族が帝国に連れ去られた本当の目的を知らなかったそうだ。
かけ離れた真実を知ってしまったからこそ、崩壊した世界で子供たちと穏やかに過ごすティナの姿を見て、戦いを促す言葉を掛ける事は出来なかったと口にする。
「ティナの分も私が幾らでも戦う…!だからどうか今だけでも静かに過ごさせてあげて欲しい」
切なる願いを俺に向けて告げる彼女の眼差しは、美しいほどに純粋で心の篭ったものだった。こんなにまでティナを気に掛けるルノアの行動は、二人が仲間とは少し違う別の繋がりがあるように感じられた。
だからこそ、その訴えを無碍にすることなど出来るわけが無かったし、するつもりも最初からなかった事を告げると、彼女はようやく肩の力を抜いてくれた。
「受け入れてくれて感謝する。私の魔力は高い方だから必要な時はいつでも使ってほしい」
素直な言葉の筈なのに妙なひっかかりを感じたのは最後の“使って”という表現のせいだろうか。それではまるで、彼女の力や存在を物として利用しているように思えたからこそ俺は訂正したかったのかもしれない。
「大切なものを守るために互いに“協力”して助け合っていこう。よろしく頼む、ルノア」
俺の言葉に短い返事をした彼女はフードを目深に被ると、妙に急いた様子で歩き出してしまった。そんなルノアに追いつき隣に並びながら自分の考えている今後の行動について話をしながら進んでいく。
ニケアに戻るまでの道中で戦闘に遭遇するが、一人の時とは比較にならないほど効率的で楽なものだった。戦いにおいて率先しようとする順序が似ているからこそ、相手の行動にあわせて動くことが出来るからかもしれないと、そんな風に感じていた俺だった。
瓦礫の塔から2人で歩き、ようやく戻ってくることの出来た港町ニケア。
町の入り口に到着するとルノアは一度歩くことを止めて目の前の景色をじっと見つめる。
それから程なくして俺の目の前まで来ると、被っていたフードを下ろして顔をしっかりと見ながらこんな事を切り出した。
「貴方の言った“助け合う”とは何処までを言うの?」
「つまりそれは?」
こっちが相手の質問を質問で返すと、今までにない動揺みたいなものを感じ取れた。少し戸惑いながらも続きを口にするルノアの様子に、彼女が俺に何かをお願いしたかったのだと理解する。
「……幻獣界に住んでいた私は、こちらの世界の事を殆ど知らない。だから迷惑を掛けてしまうはず…」
「気にしなくても大丈夫だ」
「そういう事では無くて…いや、気にする事のないようになりたい」
前に一歩踏み出した彼女は、熱意溢れる真剣な表情をしながら俺に詰め寄るようにして言い放った。
「どうか私に色々な事を教えて欲しい」
じっと見つめてくる視線と言葉に一瞬呆然とする自分。
返答がない事に不安そうにする彼女を見て、我に返った俺は勿論だとすぐに返した。
「ああ、分かった」
「本当に?」
「断る理由が無い」
「そうか…良かった」
ほっと溜息を吐き出したルノアが俺の方を見ながら“ありがとう”と口にした瞬間、唇に現れた僅かな微笑みに俺の目は釘付けになる。一瞬だけではあったが、普段と違う彼女の一面が顔を覗かせた気がする。それがきっと彼女自身の本質で、いつも表に出しているのは己と他人との間にあるもう一つの自分のようなものなのだろう。
完全に作っているわけではないが、そこに出しているのが全てではなくて。他者に隠しているものが普通以上に多い彼女の一部を俺は見たに過ぎないというのに。
「どうかした?」
「…いや、話の順序を考えていたんだ」
濁す言葉の後にもっともらしい説明を加えながら、大陸を渡るための交通手段を復活させるために、この町で作業に従事していることを伝えた。
港まで案内するために歩き出すと、隣に居たルノアはフードを被り顔を隠すようにして俺の後についてくる。相手のそんな行動が気になりながらも、今はあえてそれには触れずにいようと思った。
港に到着して造船作業をしている様子を見ていたルノアは色々なことを聞いてきた。
船は何で出来ているのか、どうして海に浮くのか、動くのは何故なのか。それはまるで好奇心に満ち溢れた子どものようで、俺はさしずめそれを端的に教える教師の様な存在になっていた。
だがそれを嫌だと思う気持ちが微塵も浮かんでこないのが不思議な所だ。城でじいや達にあれこれ理由を説明しろと追求された時はあんなにも嫌で嫌で仕方がなかったというのに。いやきっと、相手の純粋な心と瞳だからこそ自分も素直に答えられるんだと思えば納得がいく。
そんな事を頭で感じながらルノアの声に耳を傾け続けながら暫くの時間を過ごしていた。
夕刻になった頃、彼女に食事をしにいこうと誘えば、相手は鞄の中から取り出した小さな袋を受け取れと言わんばかりに目の前に差し出してきた。
「これは?」
「食事にお金が必要なのはティナから教えてもらった」
「俺も持っているから大丈夫だ」
「でも…あまり理解は出来ていない」
「だったら使ってみるのが一番だ。さあ、行こう」
ルノアを連れて入った店で窓側にある2人掛けのテーブルに腰を落ち着かせる。書いてあるメニューがどんなものかを軽く説明してあげて、相手が気になったものを注文することにした。
食事が届くまでのあいだ、店内の様子をじっと観察するルノアの瞳がフードの間から忙しなく動いているのが見える。相手の横顔を見ながら過ごしていると、程なくしてテーブルに置かれた食べ物に彼女の興味が移っていった。
「ほら、食べてみるといい」
スプーンを手渡してあげれば、恐る恐る食事を掬い上げてゆっくりと口へ運んでいく彼女。一口食べると瞬きをしながら驚いた表情してみせるから、気になってじっと様子を観察してしまう。
味の感想を問えば、美味しいと一言告げて食べるのを見て、ようやく自分も食事に手をつけるのだが、他の物を食べた彼女の表情が僅かに曇るのを見た時、好みの味ではなかったんだと分かるとそれが面白くて、気に入ったものを口にしている相手のあどけない表情についつい目が向いていた。
ゆっくりと食事をしながら貨幣について説明したあと、休む為に自室に戻ろうとしたが彼女の部屋について考えが及んでいなかったことに今更になって気付く。場所を用意しようにも避難している人が多いこの町で、1人ずつ部屋を割り当てるだけの余裕は無い。
彼女には俺が居た部屋を使うように話した後、自分はどこか適当な場所に行こうとするのだが、ルノアは不思議そうに首を傾げながら淡々とした口調で一緒に使えばいいと答える。
「何故、それでは駄目なの?」
「互いにゆっくり休める方がいいと思ったんだ」
俺の答えが相手の“駄目”という言葉に対して、明確な理由になっていないのは自分でも重々理解していたが、そう答えたのは大人の配慮でもあり相手が彼女だからこそだった。
不徳とする考えなど微塵もないからこそ、そこに繋がる行動をしたく無かったし、相手に考えが伝わって欲しくなかった。だから適切な距離を置こうとした俺の言動を、彼女が別の意味として捉えるなんて考えもしていなかった。
「そうか、私は…人間ではなかった…。すまない…」
去るように歩き出した彼女を見た瞬間、自分が作り出してしまったものが大きな溝だったんだと分かった。宿屋の廊下を足早に進み、まるで逃げるように外に出て行く彼女を必死に追いかけて話しかけるが、隣を歩く俺の方を一向に見ようとはしてくれなかった。
「俺の言葉を冷静に判断してくれ」
「判断も何も私には関係ない」
「だったらどうしてそこまで拒絶する」
「話す必要がないからしないだけ」
「いいや、違う。意味を知るのが怖いからだ」
「…ッそうじゃない!!」
言葉で必死に抵抗しながら、なおも遠ざかろうとするルノアの手を掴んで強引に自分の方へ向かせる。月夜の明かりだけが照らす中で、知られたくなかった自分の考えを偽り無く相手に話す以外、彼女の心と対峙することは出来なかった。
「俺が隔てたのは幻獣と人間の壁なんかじゃない。もっと他のものだ」
「だとしても無理やり私にこじつける必要は…ッ」
「いいや、必要だから俺は作った。君は女性で俺は男だ。だから分けた」
「性別なんて関係ない!私は幼い頃から男であるユラと共に過ごしてきた」
「ルノア、俺は家族のことを話している訳じゃない」
「違う!たとえ家族じゃなくても、何者であっても…それでも……ッ!」
今の言葉から相手の考えの全てを汲み取ることは不可能だった。けれど彼女の紫の瞳が深みを増していて、苦しそうに歪む綺麗な顔が月に照らされるから、俺はそこに手を伸ばさずにはいられなかった。
「…だったら、止めよう。互いを隔てることは」
相手の頬に伸ばす手の平。
触れる柔らかな肌は自分達人間と何一つ変わらない。
こんなにまで隔てる事を彼女が嫌うのなら、無くしてしまえばいいことだ。
「幻獣か人間か。男か女か。必要ないなら捨てれば済む。お互いを呼び合える名前さえあればいい」
“それでは駄目か”とルノアに問えば、相手は済まなかったと謝る。
俺も自分がした非礼を詫びながら、名残りを惜しむように彼女の頬から手を離すが、その間も重なる視線は逸らしはしなかった。
この瞳に映る自分が常に真摯でありたいと望むのは、俺を信じてくれた彼女を嘘や偽りで裏切りたくは無いから。
正直な気持ちでいたいと思うのもまた、それと同じだ・・・。