EP.03
「大丈夫か?ユカ」

呆然としていた私を覗き込みながら、手を差し伸べてくれるマッシュさん。それに掴まることも出来ずにいると、彼は立ち上がる為の補助をしてくれた。

「本当に大丈夫かよ?」

大丈夫ではないけれど。
だけどそれを自分から口にする事は出来なかった。

「平気…です。ただ、ちょっと…驚いただけで」

作り笑いで返事をして、不安をかき消そうと一生懸命になる。そんな私を見て何かを言おうとしていた彼の言葉が突然、何処からともなく聞こえてきた別の声で掻き消された。

「今帰ったぞ!」

その声に引き寄せられるように振り返れば、長い髭を蓄えたおじいさんが立っていた。

「ファファファ。目が覚めた様じゃな、お嬢さん」

優しい笑みで歩み寄りながら話しかけてくれる人物。
それが誰だか分からず困惑気味に首を傾げていると、隣にいたマッシュさんがその人物と言葉を交わしていた。

「おかえりなさい、おっしょうさま」
「マッシュもご苦労様じゃの」

今の呼び方や風格からしてこのお爺さんはマッシュさんの先生という事なんだろう。
優しそうなのに本当は凄い人なんだなと思っていると、お師匠様の後方から別の声が響いてきた。

「早く飯の支度をしろ」

横柄な物言いをする相手に視線を向ければ、そこにいたのは強面の大男だった。マッシュさんも大きい体格だと思っていたけど、それ以上に大きいかもしれない。
そんな人物と目が合ってしまったものだから、自分が蛇に睨まれた蛙状態になったのは言うまでもなかった。

「いっつもああなんだ、バルガスは」

隣からそっと耳打ちされて知った強面のあの人の名前。
そして、今居るこの4人でテーブルを囲み夕食を食べる流れとなったのだった。

居心地が悪い、というべきではないのは大人として十分に分かってはいる。けれど、テーブルを囲う様に置かれた4つの椅子のどこに座ったとしてもバルガスさんが見えた。
威圧的な雰囲気のバルガスさんと、それとは対照的なお師匠様の温かい雰囲気。その二つに挟まれながら座っていたが、どうにも耐え切れずマッシュさんの手伝いをしようと席を立った。

「私が運びます」
「お、サンキュー」

器いっぱいに入ったスープをそれぞれ皆の前に置いて、炙ったパンと溶けたチーズをテーブルの真ん中に添えた。

色々と不安を抱えている筈なのに、不謹慎にも美味しそうな匂いにお腹が空く。準備を終え、いただきますの言葉を口にしたのは三人だけで、バルガスさんは何も言わずにガツガツと食べ始めた。
 
体格の大きな2人の食べっぷりはまるで成長期の男の子のようで。それに圧倒されていると、お師匠様に食べなさいと促され温かなスープにスプーンをくぐらせた。

「美味しい…!とっても」

素朴だけど野菜が溶けた優しい甘さがした。お腹に入っていく感覚が自分でも分かって、こんなにお腹が空いていたんだと改めて気付く。

「結構美味いだろ?」
「美味しいです!」
「俺が作ったやつだからな」
「え、マッシュさんが…??」

今日二度目の意外性に驚いていると、隣からいきなり余計な一言が飛び込んでくる。

「食えなくないってだけだろ」
「バルガス、お前なぁ…」

途端ピリついた空気が2人の間に流れる。どうしようと困っていれば、助け舟の様に流れてきた質問は私に向かってのものだった。

「フォフォフォ。して、お嬢さん。名前は何て言うんじゃ?」
「あ…っ!遅れてすみません。私はユカと言います」
「そうかそうか、良い名じゃ。わしはダンカン、そっちは息子のバルガスじゃ」

改まっての自己紹介を終え、食事を再開するとお師匠様のダンカンさんは目を細めるようにこっちを見つめた。

「しかし三日も目を覚まさんから心配しておったが本当に良かった」
「み、三日!?私そんなに寝ていたんですか!?」
「ガーガーと煩せぇしな」
「え!?いびきかいてたんですかっ!?」
「バルガス!!変な嘘を言うのはやめろって!」

いびきは嘘でよかったけれど、三日も寝てた事は事実のようだ。今日からじゃなくてそんな前からこの人達のお世話になっていたなんて…。迷惑をかけて本当にすみません、と俯き謝る自分の目の前に突然、カラになった器が差し出された。

「そう思うなら働け」
「え、あ…はい」

バルガスさんの手から乱暴に押し付けられたお皿。
それを受け取りおかわりを取りにいった。

テーブルの方では、病み上がりの相手に何させてんだとか、うるせぇだとか言い合いが続いていた。でも、どちらかというと何かしている方が自分の気持ちを保つ面では良かったのかもしれない。

だから、食事を終えた後は自分から片付けを申し出て働くことにした。お水の場所を教えてもらうためにマッシュさんと一緒に外へと出て行けば、そこにあったのは、まさかまさかの井戸だった。

「…初めて見たかも…」
「ん?初めてって何がだ??」
「え、あ!その、大きな井戸は初めてだなぁって!」

知らない事を知っているかのように取り繕う。
だけど本当は知らない。
使った事も、きちんとした使い方もハッキリいって知らないに等しかった。

テレビで見たうろ覚えの記憶で、井戸の淵にあった桶を中に放り込んでみる。それからロープを引っ張ってみるが物凄く重くて、少しずつしか上がって来ない。そのうち手が段々痛くなってきて掴んでいるのもしんどかった。

「お………おい……」

様子を見ていたマッシュさんから何とも言えない声が漏れる。完全に不安というか、ドン引いた声だった。
だけど、頑張ってみても知識がない初心者の自分には難しくて。無理かもしれない、手を離してしまいそうだと思った時、急にロープが緩くなった。

「ほら見てろ。こうやって引っ張んだ」

自分があんなに苦戦していた事を彼は片腕一本でやってみせる。しかもたった一回引いただけで、桶一杯の水が上まで上がってきたから驚く意外に無かった。

「す、凄い!!!凄いッ!!」

言葉を連発しながら、桶とマッシュさんを交互に見る。
まるでマジックを見たかのような興奮に包まれていたら、そこまで驚くことじゃないだろ、と相手の方が逆に驚いていた位だ。

たった水を汲むだけの事。なのにここまで大変で、こんなにも違う。
汲んでもらった水を大きな桶に移し、食器を洗い始める。手が冷たかったけれど、そんな事を気にしてはいられなかった。

二度目の水汲みも結局はマッシュさんがやってくれて、ようやくの思いで水仕事を終えて家の中に入ると、ガルバスさんが上半身裸だったので思わずうわぁと叫んでしまった。

「いちいち煩い奴だ、静かにしろ」
「す、すみません…」

後ろを向きながら謝る私に、流石のマッシュさんも“気にしたら切りが無いぞ”と笑っていた。

「そうだ、ユカ。飲み水とかはストーブの横にあるからな」
「はい」
「さて、と。今日はこれくらいか。じゃあまた明日な」

そう言いながら、家から出て行こうとするマッシュさん。こんな夜遅い時間に何処に行くのかと聞けば、寝るんだと言う。

「お家近くなんですね」
「あー…、えーと、まあな」

ちょっとだけ、もたついた返事と小さい笑顔が気になりつつ見送ろうとドアまでついていく。外に出ると彼は、じゃあなと手を上げて左の方へと歩いていった。
その背中におやすみなさいと言葉を掛けようとするのに言えなかったのは、あるものが目に映ったからだった。

「………テント…」

もしかして、と考える全てが自然と繋がり合い、その原因を易々と突き止めてしまった。

「マッシュさんッ!!!」

相手の歩みを名前で静止させながら、急いで後を追いかける。
申し訳なさが募り、眉が下を向いた。

「ごめんなさい!!私のせいで…」
「ん?何の事だ??」
「だって…私がいなければって考えたら、こんな事にならない筈だから」

お師匠様にマッシュさん、そしてガルバスさん。
男性三人と、その人数分のベッド。
自分は三日前に突然ここに来たばかり。そうなれば、必然的に自分に与えられる事のないものが充てられているからに他ならなかった。

「私が外で寝ます、だから!」

マッシュさんに家に入って欲しいと伝えたかったのに、彼の大きな手がいきなり私の頭の上に乗せられた。

「なーに言ってんだよ!ユカを外に寝かせるワケにいかないって」
「だけど!!!」
「それに三日も寝といて今更すぎるしな」
「でも…っ!」
「もし、そんな事してみろ。おっしょうさまにどやされるのオチだ」

“だから気にすんな”と、笑顔で話すマッシュさん。
さっさと家に入れと無理矢理押し込まれるようにして中へと戻ってきたけど、胸につかえるものがどうしても拭えない。
ベッドに入って目を瞑っても、眠りは一向に訪れずモヤモヤした気持ちが溜まる一方だった。

どれだけ自分が騒いで換わってくれと言っても聞いてくれないならせめて。そう思って自分が使っていた毛布を抱えて静かに外へと出て行った―――。


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