EP.04
いつもの俺なら修行に疲れてあっという間に眠りにつくのに、今日に限って何故かそうならなかった。
多分というか、きっとユカの影響だ。

夕方、おっしょうさま達よりも少し早めにコルツ山から帰ってきて、俺は当番制の食事の準備をしていた。大体の用意を終えて一息つこうとしてたら、彼女が不意に目を覚ましたんだ。

もしこのまま目を覚まさなかったら…と、不安を感じていた頃だったから本当に良かったって安心したのを覚えてる。

起き抜けの彼女に一言二言話しかけてみると、お茶を飲みたいとぼそっと口にする。
だから自分用に入れたばかりのお茶を差し出せば、ほっとした表情でおいしいと答えた相手。何ていうかそんな一言が久しぶりで、こそばゆくも嬉しかった。

まぁその後、若干失礼な事を言われたような気もしたけど、カラになった器にもう一度お茶を注げば、また美味しそうにそれを飲んでくれた相手。

そんな相手の名前を聞けばユカだって答えてくれた。
彼女は何というか自分とはちょっと違うなっていうのは感じてた。勿論悪い意味なんかじゃない。
それは名前のニュアンスが俺とはちょっと違うし、それに見た目も違うっていうのも確かにあったから。ユカの瞳は黒に近い茶色で、髪も夜空の様な綺麗な黒。肌も白というよりも健康的な色合いで髪色と相まってすごくいいなって思った。それに初対面だってのに変に気を張ることもなかったんだ。

お互い穏やかにお茶を飲みながらゆったりしてたら、唐突に相手が自分は何処で何をしてたのかって聞いてくる。
他にも地図は無いかとか国名は何だとか、次々と質問してきたから答えてやったらユカは立ち上がり突然外へと飛び出していった。

出て行った背中を追いかければ彼女は力無く地面に座り込んでいた。その時、何かを喋っていたようだったけど、俺にはきちんと聞き取れなくて。
気になって近づいていくと、ユカは呆然と目の前の世界を見ていた。声を掛けたら“大丈夫”とは返してくるけど、言葉とは裏腹に複雑な表情をしていた。

その後、帰ってきたおっしょうさまとバルガス、ユカを交えて四人で食事をした。
若干言い合いもあったけど、いつもより食卓の雰囲気は明るかったし、飯を食べ終えて片付けをしていた俺を気遣って彼女は手伝うと申し出てくれたんだ。

相手の配慮ある厚意に気を良くしながら、井戸場まで案内しようと一緒に外へと向かった。だけど、彼女が井戸水をまともに汲めなかった事には俺も正直驚いた。

機械が発展してる裕福な街なら自動式の場所もあるだろうけど、まだまだ井戸を使ってる場所は多い。小さな子供ならまだしも、コルツ山を一人で登れる実力がある彼女がそれを出来ないのは変だなと、あの時感じたんだ。

「…いや……待てよ…」

考えてみれば彼女を見つけた時、武器も防具もアイテムも何一つ持ってなかった気がする。
俺だってコルツ山で修行する時は装備をきちんとしてから行くのに、山頂近くの吊橋を越えた洞窟の中央で危機感の欠片も無く、まるで眠るように横になっていたのは何でだ?もしかして追いはぎにでもあって山に捨てられたとか?

「けど…そんな筈無いよな」

盗賊なら装備やアイテムもそうだけど女の子だって連れ去るに違いない。
とにかくあのまま山に放っておいたら危ない事に変わりなかった。だから師匠の家まで連れて行こうと相手を抱き上げたんだけど、あまりの軽さにビックリした。
柔らかいというか、あったかいし、いい香りもしたし。
修行に入ってから持ち上げるものは全部重くて、比較するものが熊とか岩になるけど、それにしてもだ。

「違うもんなんだな…」

テントの中で寝転がりながら、一人でブツブツと自問自答を繰り返す。
考えても分からないなら寝てしまおうと目を瞑った後だった。

草を踏みしめる足音に体が反応して、警戒するように体勢を整える。移動する音からしておっしょうさまやバルガスじゃないのは分かったけど、それが自分のテントの前で止まったので逆に困惑した。

「あの……マッシュさん、まだ起きてますか?」
「…ユカ?!」

まさかと思った相手が来た事にびっくりしながら手持ち用のランプに火を灯し、慌ててテントから顔を出すと、そこには布団を抱えた彼女が居た。

「こんな時間にどうしたんだ?」

少しだけ間を置いたユカは眉を曇らせながら申し訳無さそうに言った。

「寒いかなって思って持ってきたんです…」
「大丈夫だって俺は」
「私だって大丈夫です!家の中は温かいから」

交代してもらえないならせめて受け取ってくださいと言葉を付けたし、ユカは持ってきた掛け布団を無理矢理テントに押し込んできた。

「…本当にごめんなさい」

謝る彼女の切なそうな顔をランプの灯りが照らし出す。
大して気にしてない俺の方が申し訳なく思うくらいの表情だったから、笑いながら大袈裟に言ったんだ。

「気にすんなって!ここが山ならテントなしでそのまま草の上に寝てるぞ」
「え?地面に??」
「場所が悪かったら立てられないしな。それに比べて今は寝袋もあるし掛け布団も貰ったし十分快適だろ?」

大きく笑ってそう答えれば、ユカはようやく悲しそうな顔をやめてくれた。

「ありがとう…マッシュさん」

不意に返されたお礼の言葉と小さな笑顔。
これくらいの事で喜んで貰えるなら本当に十分だなって思えた。
だから俺もユカにお礼を言って、それから明日のことを話す。

「俺達、朝は早いんだ。寝坊したらバルガスが何か言いそうだから気をつけろよ」
「バルガスさんがですか?」
「だからしっかり寝とけよ。な!」
「はい。マッシュさんも」
「おうよ!」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「じゃあな、おやすみ」

小さく手を振り家へと戻っていくユカの背中を見送り自分も寝袋に入る。
子供の頃は当たり前のように交わしていた筈のおやすみの言葉を久しぶりに聞いたせいか、それはまるで呪文のように俺を眠りに誘った――。


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