EP.114
飛空挺に戻ってすぐ、カイエンさんはドマの玉座に置かれていた魔石をルノアに渡したいと言うので、そこで皆はバラバラに休憩をとることにした。

色々な所に点在している魔石。
その数も増えてきて、仲間の人数も増えてきた。
後はティナだけだと思いながら飛空挺の廊下を曲がったら、いきなりボフンと音が出そうなくらい柔らかいものにぶつかった。

ふわふわでふさふさで、モーグリの毛の様な柔らかさと白さ。
目の前全部がそれで覆われたから、恐る恐る顔をあげると、そこには見たことも無い誰かが居た。

「!?!?!」

あまりにビックリして一歩後ずさると、後ろからモグがひょっこり顔を覗かせる。

「どうしたクポ?」
「モグ!」

ポテポテとした等身でこっちに近づいてくるモグを久しぶりになでなですると、隣の白くて大きな人物が雪男のウーマロだと教えてくれた。

「ウーマロだ、ウー」
「よ、よろしくおねがいします。ユカです」

ナルシェに立ち寄った際にモグと一緒に仲間入りしたというウーマロ。今まで面識がなかったのは、フィガロでの一件やリルムの似顔絵事件で自分が部屋から殆ど出ていなかったせいだ。
人生初の雪男さんへの挨拶として握手をしたのだが、その手は人間のサイズとは比較にならないくらい大きかった。
ふわふわでふさふさしてる毛に触れていると、何だか動物を愛でているような感覚になる。いつまでも触っていられる心地良さに浸っていたけど、ウーマロがこそばゆさに耐え切れず逃げていってしまった。

「あ・・・・・・」

そういえば以前、なでなでしすぎてモグに逃げられた事を思い出して、やりすぎは駄目だなと反省する。だけど、フカフカのふにふにを目の前にするとどうしても…。

「モグ、ふかふかしてもいい?」
「だめクポ」
「じゃあ一回だけ」
「だめクポ」
「10秒」
「それならいいクポ」
「やった」

10秒という短い時間にふにふにふかふかしまくりながら頬ずりしていると、ルノアが丁度通りかかる。何をしているのかと聞かれたので、ふかふかしてると話すと、物凄く羨ましそうな顔をしていた。
やってみたいんだなって思ったからモーグリを手渡すと、ルノアはその肌触りと柔らかさに一瞬にして虜になったようだった。

「幸せな気分…ずっとこうしていたい…」

やんわりとした溶けそうな表情をしながら頬ずりするルノアを見てると、何だかティナを思い出す。
今頃はモブリズの村で子供たちと過ごしているんだろう。
そして、ティナはこの先皆と一緒に戦うことは無いんだろうか…。

モグをルノアに預けティナの事を考えながら廊下を歩いているとき、本当はもう一人の新しい仲間とすれ違ったのだが、考えに夢中になりすぎて気付いていなかったのだった。

そんな、次の日。
飛空挺の廊下を歩いていると向こうから物凄く派手な服装をした見たこともない人が歩いてくる。
初めての人なんだから挨拶をしなくてはと思って立ち止まると相手も私と同じタイミングで止まった。

「こんにちは」
「こんにちは」

「え…?」
「え…?」

ただ挨拶をしただけだったのだが、その声音は自分の声が反響したのかと思うくらい同じでびっくりしてしまった。

「あの」
「あの」

「私は」
「私は」

「え??」
「え??」

「どういう」
「どういう」

自分の言う事や動き、声まで全部同じ。
頭がパニックになりかけて声を出したらそれまで同じに返してくるからもっと訳が分からなくなる。なんというか小さかった頃に友達にしつこくやられた真似っこの記憶が蘇り複雑な気分にもなってきた。

困惑した雰囲気ですら真似してくるから、諦めてこっちから自己紹介すると声真似のまま自己紹介してきた相手。

「私はユカです」
「私はゴゴです」

ゴゴという名前も分かり、聞こえる声は女性だった。同じ女同士仲良くしようと思っていたのだが、カイエンさんがゴゴさんに挨拶をした瞬間に頭がパニックになった。

「おお、ゴゴ殿。ここには慣れたでござるか?」
「おお、カイエン殿。ここには慣れたでござる」

発した声はいきなり男であるカイエンさんに変化し、突如として女から男になったのだ。訳がわからないまま二人を見ていると、ゴゴさんは自らをモノマネ師だと話してくれた。
だからこんなにも真似が上手なんだと理解したのだが、結局相手が男なのか女なのかは分からないまま、ゴゴさんは話を終えると何処かにいってしまった。

「不思議な人物でござる」
「本当ですね…」

呆けた様に会話をした後、カイエンさんは思い出したかのように“じつは…”と話題を変えた。その話を改めて聞くと、どうやらガウの様子が少し変だという。

「変って具合が悪いんですか?」
「いやそうではござらん。その何と言えばいいのか…」

言い辛そうにするカイエンさんの言葉を待っていると、どうやら親に関しての事らしい。
ドマでカイエンさんの家族を見たのがキッカケなのか、自分にも親が居るのかどうかと一度だけ聞いてきたそうだ。

「ガウ殿も親がいたからこそ生まれてきた。そう答えたのでござるが…それ以来考え込んでしまったようで」
「・・・そうなんですか…」

確かにガウにも両親は居る。
だけど、母親はすでに亡くなっていて、父親は……。

複雑な状況だけに、会わせる事が本当にいい事だと判断するのが難しかった。2人で考え込んでいるだけでは答えが出なくて、この話をマッシュにもする事にした。

今までの経緯を話すとマッシュはうーんと唸った後、ガウに聞くのが一番じゃないかって答える。

「本人が会いたいって思うなら会いに行けばいい。嫌ならやめればいい」
「……うん」
「しかし何というか…」
「ガウもいつまでも子どもじゃないし、ちゃんと考える事だって出来る。今だって悩んでるんだから大丈夫だ」

判断は本人にさせるべきだとマッシュは言った。良いか悪いかの判断は結局当人意外には出せない答えなのかもしれない。だからあの家の老人に一度会いに行って、それからどうするかガウに聞こうという決断を下した。

皆にその話をすると全員が了承してくれて、飛空挺は一路ドマの北にある大陸の一軒家を目指した。ガウを連れてマッシュとカイエンさんと私の4人で家へと向かって行くのだが、以前の状況を思い出して少しだけ不安になる。

それでもドアをノックして家へ入ると、おじいさんはマッシュを見るなり話し掛けてくる。

「ひさしぶりじゃのう。やっぱり、あんたの修理が一番じゃ」
「だから、俺は……」

聞く耳を持たず勝手に話を進めるところは、本当に前と変わっていない。
相手の様子を確認した後、一度家を出て自分達は話をした。

「ここの人がガウの親父じゃないのか?」
「うう・・・」

ガウに話しかけてみるけど、やっぱり小さい頃の記憶は殆ど無いんだろう。
よく分からない反応しか返って来なかった。

「きっとそうだろ?」
「オヤジ……?」
「きっと、お前の親父だよ」
「???ガウの…オヤジ!?ウ〜〜ガウッ!」

言葉の意味を理解したのか目を大きくする様子を見て、マッシュはあのおじいさんにガウが息子だと教えてやろうと話す。
そして折角の対面だから、ガウに素敵な格好をさせようという流れになった。

ジドールに到着し、全員で“ガウを一人前にしよう計画”が始まる。
まずは食事のマナーから、ということでテーブルに座って食べるのだが、いつもの調子で手掴みで食べるから大変な事になる。

「駄目駄目!手で食べるなと何度言ったら分かるんだ?」
「ガウ・・・」
「ガウじゃなくてハイでしょ!?」
「はう!」

マッシュの口調がまるで家庭教師のようになってるし、ガウはハイが言えなくて“はう”になってるし、テーブルの上もやり取りも滅茶苦茶だった。汚れた手を拭いてあげてまた最初から始めるけれど、フォークを握るより先に手が出てしまう。
それでも何とか食事の仕方が様になった後、次は着ていく服を選ぶ事になったんだけど、それがまた大変だった。

セリスが店の奥に入り、あれやこれやと服を選んでこれがいいとかあれがいいとか薦めてくる。黙って聞いていれば良かったのに、マッシュがそんなに着れないとぼやくと、セリスがこっちを見ながら吠えていた。

「なんか言った!?」
「い、いや。何も…。……お〜こわ」

次は意外にも乗り気のルノアが服を出してきて、ガウに合わせながらあれやこれやと話している。

「これも似合うけど、この色も似合う。ああ、でも奇抜な服装の方がガウらしくて…」
「はぁ…まったく…もう」
「なにか!?」
「い、いや…な、なんでもない、です」

またマッシュがぼそっと余計な事を言ったせいで怒られていた。
しかもカイエンさんまで結構楽しんでいるようで、カウンターの下から変なものを取り出して騒いでいるではないか。

「このボウシなどピッタシでござるぞ」
「センスわりぃ〜」
「な、なんと!これのどこが扇子でござるか!?」

カイエンさんに至っては既に勘違いの領域で、突っ込む気にもならないマッシュが黙り始める。
その後も、ロックが着せたトレジャーハンターの服装をエドガーが品性がどうだこうだと即座に却下するし、エドガーはエドガーでハイセンス過ぎる帽子と一緒に口にバラまで咥えさせようとしていた。
セッツァーは自分とお揃いの服をオーダーすればいいなんて言い出すし、マッシュはマッシュでド派手な真っ赤な拳法着をチョイスする。

「動きやすくてスポーティー。これしかないな」
「ダメだって」
「何でだ?いいだろ」
「会いに行くのはお師匠様じゃなくて父親だよ。それに戦いに行くんじゃないんだし」
「・・・まあ、そうだけどよ」
「マッシュが自分で着てみたら?意外と似合うかもね」
「ほんとか!?」
「んー…まぁ、ちょと後にして。それより今はガウが先だから」

雑な対応にマッシュがへこんで、カウンターに突っ伏してるなんて知りもしないから、とりあえずキチンとしたフォーマルな服装が一番だと話し、あまり堅苦しくない紺のタキシードを選んであげれば、ガウはとても素敵な男の子に変身したのだった。

「いいか?ガウ。立派になった自分を父親に見せてやるんだぞ」
「はう……」

一軒家に戻った後、マッシュがガウに言葉を掛け、それから初めての親子の対面となった。最初にこちらから話しかけて距離を縮めようとしたのに、マッシュときたら単刀直入に相手に話してしまう。

「親父さん…あんた、息子がいたんだろ…?なぁ、そうだろ…!?」
「・・・・・・息子?」
「おう。実は生きてるんだよ、親父さん。おいっ!ガウ!」

マッシュに促され、初めて“オヤジ”と口にしたガウ。
だけど、目の前の父親は狼狽し、辺りを見回しなら戸惑うように慌て始める。
自分に息子などいないと声を荒げ後ろを向くと、わなわなと震えながら話しだした。

「しかし、そういえば昔、悪い夢を見たことがあるな…悪魔の子が生まれる夢じゃ!!」

夢だといいながら語る内容は段々と現実味を増し、子どもをおぶって獣ヶ原に行くとその子は泣き出したと語りだす父親。
聞くに堪えない内容にマッシュが止めに入るけれど、それでも言葉は続いていく。

「そして獣ヶ原にその子をすてる……ワシは後ろを見ないようにそこから立ち去るんじゃ…」

酷過ぎる出来事をまるで他人事のように父親が息子に聞かせるなんて、そんなの…。
耳を塞いでしまいたくなる話をどうにか変えさせようと、マッシュがもう一度声を掛けるけど相手に届くことはなかった。

父親はその後も悪夢という現実の話を続け、子どもが泣き声がやんだから振り返ったと話す。そして後ろを振り返ると見たこともないような化け物がいたと語った。

「だめだ…この人はもう……」

背を向け俯いたマッシュにガウの父親は言う。
あんたみたいなリッパな子をもった親は幸せだ。
自分は今でも悪魔の子に追われる夢を見ると。

恐ろしや恐ろしやと、まるで呪文のように繰り返し続ける相手に、マッシュは堪えていた怒りをぶつけようとする。

「このじじい!言わせておけば…ガウの気持ちも考えないで!」

ぶん殴られたいかと手を挙げるマッシュに気付いて、急いで止めに入ろうとしたら、一番先に動いたのはガウだった。
マッシュと父親の間に入り、じっとマッシュを見つめながら何かを訴えるその瞳。

「ガウ………ゥ…ゥ……」

振り上げた腕を力なく下ろしたマッシュの横をガウがゆっくりと歩いて家の外へと出て行く。その小さな背中を見ながら、出て行った後を追いかけていけば、雲が絶え間なく流れる空を見つめるガウがいた。

近寄ったマッシュは、さっきの自分の言動をガウに謝った。すると少しだけ間を置いて、ガウは静かにこう言った。

「オ…ヤジ……いき…てる。ガウ……し…あ…わ…せ…」

その言葉を聞いて誰が一番救われただろう。
酷な話を父親本人から言われ、真実を知ったのはガウなのに。

辛い現実に向かい合わせてしまった事を後悔していたであろう自分達。
だけど、それをガウが変えてくれる。
悲しいと思ってしまった自分達の気持ちを変えてくれた。

「生きてて良かったね…お父さん」
「・・・・ガウ」

幸せは人それぞれだとしても、ガウは素直に父親が生きてる事を幸せと言ったから。
笑っているガウの瞳に堪る涙を優しく拭ってあげると、益々溢れてくる涙が雫となって流れておちていった。

ガウを抱き留めながら、その背中をぽんぽんと優しく叩いていると、マッシュがガウの頭を撫でて、カイエンさんもガウの肩に優しく触れる。
潤む表情を目にして、込み上げる気持ちが溢れてくるから、私は一緒になって泣いていた。

ガウの涙にどんな気持ちが込められているのか推し量ることは出来ないけれど、それでも自分達は変わらずガウといるんだ。
父親にはなれないけれど、今こうして隣にいる自分達の代わりも誰も出来ないはずだから――。


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