EP.113
マッシュが私に対して投げかけてきた言葉。

“怖くなかったのか?”

それはきっと、私が自らを刺した時のことを言っているんだろう。


正直、怖かった。
これで自分が終わるんだと思ったら、物凄く怖かった。
だけど、それ以上に怖いものが自分にはあったから、そうしたくなかったからこそ選んだ行動だった―――。


カイエンさんの後悔に漬け込み、取り憑いたアレクソウルという存在。今まで抱えていた悔やむ心がカイエンさんを縛り続け、今も苦しめていたと私達は知った。

記憶の断片で見た穏やかで温かな毎日。優しい奥さんと可愛い息子がいて、それを全てケフカに奪われてしまったんだ。

沢山の大切なものを失って、自分一人が残ってしまった。
そうなれば、自分を責めてしまう事を止められはしなかったんだろうって。

カイエンさんを返してもらうために対峙したアレクソウルとの戦闘。
相手は突然謎めいた言葉を語ると、目の前から姿を消してしまった。

「お前が死をむかえた時に、私は、またこの姿を現すだろう!」

2体だけとなった敵を先に片付けようと戦いを挑むが、消失しては再生を繰り返す。
長引くばかりの戦闘の最中、ふと何処からか声がした気がした。


『恨む心も妬む心も誰の中にも存在する』


一体誰の声なんだろう。
私は疑問を投げかけるようにマッシュとガウを見たけど、その声に気付いていないようで戦いを続けていた。
きっと聞き違いだろうと思い散漫になる意識を集中させて目の前の敵に視線をむけたが、もう一度同じ声が自分に響いてくるのが分かった。

『悲しみに暮れた事があるだろう。
 怒り、憎しみ、妬みが沸き起こり、そしてそんな自分を嫌い自らを罵倒する』

気持ちの奥深く、どこかで一度は感じたことのあるもの。
弱い自分、ちっぽけな自分。
それを今までどれだけ引きずってきただろう。
皆と一緒に居ながら、だけど自分だけが同じように出来ない。
成しえる物事も殆ど無くて、後ろばかりを振り返り進んでいない事に苦しいと感じる。
そしていつも思う…どうして出来ないんだろう。
なんで、こんなに才能がないんだろうって。

実力をもってして対等でいられたらいいのにと…。
夢を見れたり、語れたらいいのにと…。



だけど、最近少しだけ分かりかけてきたことがある。
自分は結局どうしたって自分のままなんだと。
今以上に自分がなれないのなら、望むだけではなく動かなきゃダメだって。

欲しいのなら自分で動かなきゃ。
待ってるだけじゃどうにもならない事もある、解決出来ない事もあるから。

だからせめて、自分が出来ることをやればいい。
だって結局はそれしか出来ないんだから。

この戦いだってそうだ。私だからこそ分かることがあって、やらなきゃいけない事があるのなら、やればいいだけの事。

守りたいものがあって、その優先順位を決めなきゃいけない。
全部を欲したところで全てが手に入る程、世の中は都合よくなんて出来てないから…。

戦いに慣れていない自分がいる事で、戦闘が長引けば長引くほど不利になるだろう。
それに、もしも一度でも態勢が崩れれば、立て直すのは難しい筈だから。

覚悟を決め、ゆっくりと取り出したナイフを見つめる。
鈍く光る刃先を自分に向けると、手が信じられないくらい震えた。
汗が滲むほどの強い恐怖が押し寄せて呼吸が早くなるけど、敵に勝つにはこれしか方法がないんだって自分に言い聞かせる。

そして選び取る先が皆の為になるなら十分だ。
自分の犠牲の先に光があるなら、その果てがマッシュの為になるのなら…それでいい。


だって、彼と約束したじゃないか。

例えこの先どんな事があってどんな事になっても受け入れるって。
もしそれで死んだとしても構わないから。
戦ってるのもマッシュで、傷ついて痛いのもマッシュなのに自分だけ覚悟しないなんて絶対におかしいんだ。

だから、今やらなければ。

恐怖を押し殺し躊躇う事はせず自らの肉体にナイフを深々と突き立てれば、僅かな間を置いた後に堪える事の出来ない激痛が自分を襲う。

刃を伝い流れ落ちてくる自分の血液。
生温いそれが自らの服と手を真っ赤に染めていく…。
苦痛に顔が歪み、痛みと出血で力が抜け、恐怖で立っている事もできなくなっていった。

膝を付き、倒れこむ自分を走り寄ってきたマッシュが抱えてくれる。
呼びかける声に返事も出来ず、だけど彼がしようとする行為だけは絶対に止めなくちゃいけなかった。
回復したら、アレクソウルが現れない。
自分の命が尽きなければならないと理解していたから。

「もう…すぐ……だ、か…………ら…」

彼の声がいつもより遠くに聞こえる。
顔がはっきりと見えなくなっていく。
もう少しで、きっと私は――――――。

薄れる意識、痛みと寒さだけを抱えて世界が終わりを告げる。
これできっと戦うことが出来る筈だから。
マッシュとガウが倒してくれる筈だから。
何の心配もいらない、これで大丈夫だって思える。

後悔が無い訳じゃない。
だけど、この行動には後悔しない。
出来ることをしたんだから…。

命が尽きたらどうなるんだろうか。
時間の概念も分からないままに、死後の世界を彷徨うとばかり思っていた。
けれど、段々と鮮明になっていく強い痛みと寒さ。
再び体を包みこんでくる感覚に呻くような声が自分の唇から漏れだしていく。

「ッぅ………ッぁ……」

呼吸が出来ない程に辛く、あまりの痛みに体は動かなかった。
それから程なくしてゆっくりと明るくなっていく視界。
すると、もう会えないと思っていた彼の姿が映りこんでくる。
そして体が浮き上がるほど強く抱きしめてくるマッシュの声がハッキリと聞こえてきた。

「…良かった…ッ本当に!」

温かいぬくもりと優しい光に包まれ、痛かった筈の体から苦痛が消えていく。
一度は死んだ筈の自分が今が在ること、そして彼とまた会えた事がただただ嬉しかった。

私のお陰で助かったと話すマッシュは、今以上に強い力で私を抱き締めながら苦しそうな声音で言った。

「もう二度とあんな事するなッ!絶対にやらないって約束しろ、俺に!!」

こんなに思って貰えるなんて、幸せだって本当に思えた。

「約束するまで、絶対に離さないからな…ッ!」

離さないで欲しいけど約束するよ。
もうしないって、今だけは。

共に生きられるなら、それが一番いいのは知っている。
だけど、もしもが起きたらきっとまたこんな風に自分を天秤に掛ける。
大切な貴方と自分を量るんだ。

貴方が私より大事で一番の存在、それが変わることはない。
自分が怖がりで弱いからこそ厭わない。
傾いた天秤はずっと傾いたまま在り続けるよ。

痛みを知った。
死の恐怖を知った。
皆がそれといつも戦い、マッシュも同じように戦っている。
自分をその中に投じて、やっと同じになれたのかもしれないと思えたから心配なんて要らないよ。


だから、“怖くなかったのか?”と聞いてきた彼に私はこう答える。

「大丈夫だったよ」って。

振り返り笑顔をみせると、マッシュは切なそうな表情を湛えていた。

私は元気だからそんな顔をしないで。
役に立てたのだから、それで十分だよ。

彼の眼差しを優しさと履き違えて誤解してしまいそうになる。
抱き締められたあの温もりを、欲してしまいそうになる。

だから気持ちを振り切るように前を向き、皆と玉座で合流した後、私達はいつものように飛空挺へと戻っていった---。


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