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目が覚めると、そこはなぜか私の部屋ではなく外だった。
確かにきちんと自分の部屋のベッドで寝たはずなのだが、私は制服を着ていて明らかに学校帰りといった感じのまま公園のような場所のベンチに座っていた。
まだ夢なのか、と思いつつ頬を抓ったが痛みがある。いよいよ夢と現実の区別がつかなくなったのがと思い辺りを見回す。
公園かと思ったが、峠の中腹にある駐車場のようだった。少し歩けば街を一望できる展望台があった。
夕方なのか、少し肌寒い。
「なあ、そこのキミ」
「?」
しばらく夕焼けに染まる街を眺めていたら、急に声をかけられた。
振り返れば、あぁ私はまだ夢を見ているのか、と思わせる人物がそこにいた。
「見かけない制服だな、どうかしたのかね?」
傍らに自転車―ロードバイクを止め、私を見据えるのはカチューシャがトレードマークの東堂尽八だった。
彼のことはずっと漫画と夢で見てきて知っているが、こうして(夢の中とはいえ)話すのは初めてだった。あまりの緊張で何を話せばよいかわからずに、彼の言った言葉が頭の中でぐるぐると再生される。
見かけない制服だな、と言われたことすら緊張のあまり流してしまいそうになったが何かがおかしい。私がいま着ている制服は現実世界で通っている高校のモノであって箱学のモノではない。夢の世界で私は箱学に通っていた。という事は夢ではないのだろうか。そもそも夢というのは現実ではないのだから夢での設定のようなものが変わることだってあるだろう。
「なんだ、オレに見とれたか?」
フッと笑う彼がかっこよくて、思わずうなずいてしまいそうになったがグッとこらえる。
しかし、何も反応しないわけにはいかない。私は勇気を出して聞いてみることにした。
「あ、あの、東堂尽八君ですか!?」
彼はきょとんとした後、笑顔でうなずいた。
「ふっ、なんだ。俺のファンなのか?」
「はいっ!」
すごい!今、私はあの東堂君と話をしている!
うれしくて顔がにやけてしまっている気もするが、うれしいから仕方がない。こらえようと思ってもこらえられなかった。
「それでキミは…、そうだ。キミの名前を聞いていなかったな」
「あ、申し遅れました。深谷れんと言います」
「そうか、れんと言うのか…いい名前だな」
ありがとうございます、と伝えると東堂君は笑ってくれた。
「れんはなぜその制服を着ているのだ?」
「これ?これは私の通う高校の制服ですよ」
私の地元は箱根からはかなり遠いので珍しい制服かもしれない、と思った。
東堂君の表情を窺うと、戸惑っているようにも見えた。
「東堂君?」
「…あ、ああ。すまない。その、なかなか面白い制服だなと思ってな」
面白い、という表現が当てはまるかはわからないがウチの高校の制服は地元では人気が高かった。それを言っているのだろうか。
「ただ、やはり見かけん制服だからな。その、家出とかではないのだろう?」
もう日も沈む頃だし早く帰った方がいい、と彼は言った。
「なんなら駅まで送っていこう」
「え、でも部活が…」
「問題ない、許可はとってある」
いつの間にそんな許可を取ったのだろうか。
とりあえずお言葉に甘えるとして、一度家に連絡をしないといけない。帰れなくはないだろうが、遅くなってしまうだろう。
「家に電話しても良いですか?」
「かまわんよ」
携帯を取り出し、自宅に電話をかける。
電話がつながった、と思ったら「この電話番号は現在使われておりません」と機械のような声が聞こえた。
「あ、あれ?」
今度は母親の携帯アドレスにかけたが同じような音声が流れた。父親も同様だった。
「どうした?電話に出ないのか?」
何度かけなおしても番号が存在しないと言われてしまう。
「ど、どうしよう…」
思わず泣きそうになるが、これは夢の中の出来事なのだ、という事を思い出した。
いつもならばとっくに目が覚めているだろうに、なかなか目覚めない。それすら不安になってしまう。
「そ、そうだ!東堂君、私のほっぺを抓ってください!」
東堂君はやはり驚いた顔をした。そしてやれやれとため息を吐いた。
「現実逃避か?」
「これはきっと夢だから、痛くないはずです」
「案外子供なのだな」
そういいながらも彼は私の頬に手を添えた。
そして、ぎゅううっと抓った。
「いいいいひゃい!いひゃいれふっ!?」
「だろうな」
東堂君はすぐに手を離してくれたが、少しほっぺがジンジンする。
頬を抑える私を見て東堂君は笑っている。
「夢、ではないようだな。…なあ、もしや帰れないのか?」
東堂君は散々笑った後に、急に真面目な顔で言った。
「帰れぬならウチに泊まればいい。来るか?」
「…へ?」
出会う。
(東堂君の実家に連れて行ってくれるそうです)
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