18 epilogue 「フラれちゃったんだ?」 頭上から落ちてきた声に忘れかけていた苛立ちが蘇ってきた。 「マチのせいだよ」 廃ビルの螺旋階段から飛び降りて来たマチは、数日間この辺りで雨宿りでもしていたのだろう、少しだけ疲れた様子で俺の隣に並んだ。 「は? あたし使ってあの子のこと呼び寄せておいてどの口がそれを言う?」 縫ってあげようか、との言葉に身を怯ませる。これ以上八つ当たりしたら本当にされかねない。 「ごめん。ほんとは団長のせいだ」 「だろうね」 「あの人って人の恋路を邪魔するの得意だよね」 「自分は秘密主義のくせに」 団長の悪口になるとどういうわけか波長が合うから不思議だ。 マチがくすくすと笑う。彼女なりに慰めてくれているつもりなのだろう。俺はそんなに傷ついてるようにでも見えるんだろうか。 「飼い猫が手元を離れていったくらいには寂しいよ」 言いながら、ううん、どうだろう? と思う。 「結構可愛がってるつもりだったんだよ。彼女もそれで満足してると思ってた」 「女舐め過ぎでしょ」 「マチには何がダメだったのか分かるの?」 そう問いかけると、マチはじっと睨むように俺の目を見た。 「男ってほんとフザけた生き物だよね」 答えになってない。 「ずるい」 「やっぱり縫った方がいいみたいね」 ぎくり、と肩を強ばらせる。それからついでに腕も縛り上げてやろうかと言われて、はてと首を傾げた。 「あんたあの子に何をあげたか、よーく思い出してみなよ」 「ワンピース、靴、首輪……じゃなかった、ネックレス」 「もう一つあるだろ」 殺されたい? と首もとに針を当てられる。これが一般女性と非一般女性の大きな差だ。 「……あ、アンテナ?」 「あんなもんあげて、どういうつもり?」 「いや、面白いことが起きそうだったから。あの子ならやってくれると思うんだ」 「教えてあげる。あんたの性格に大いに問題あり、以上」 酷い言い草だ。が、自分に欠陥があることは始めから分かっていたことだ。あの子もそれに気付いてた。だから俺を許してくれたし、自分自身も解放を望んだんだろう。 「変に刺激しちゃって、仕事以外でそういうのほんとやめなよ」 「どういうわけかそういう流れになっちゃったんだよ。女の子の嫉妬って怖いね」 そう言ってマチに嫌味っぽい視線を送る。あやうく唾を吐きかけられそうになった。 そもそも彼女の友人に直接会ったのは初めの一回だけだったのだ。香水の臭いがキツイ子だったと思う。顔はもう朧げだったけれど、その濃厚で身勝手な殺意の存在に気付き、それでもブレーキを踏まなかったのは俺だった。白羽の矢のすべてが彼女の元に向かうことになることくらい始めからわかっていたのに。 「最低限の回避法は教えたし、彼女は大丈夫だよ。そんな柔に出来てない」 ほくそ笑むように口元が歪む。 さて、野良猫に無理強いで付けた首輪は外した。彼女はもう自由だ。どんな生き方をしても咎める者などどこにもいない。不自由なピンヒールなんか脱ぎ捨てて、彼女はもう何処にだって行ける。だから人生って生き甲斐があるんじゃないか。 「鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだってモンじゃない?」 そう言って笑うと、サイテーだと言ってマチは罵った。 (さようなら僕の子猫ちゃん) (君のヒステリックな愛情が好きだった) <<<>>> |