無題



自分の体には癒えない傷が多くあるが、一体いくらの人が知っているのだろうか。

「チッ…」

またやってしまった。最近六神将と接触する機会が無いせいか薬が底をついてきているのだ。割れたマグカップにこぼれた珈琲はじわじわと広がり今も床を濡らしたままで、ゆっくりな動きにまた苛立つ。宿になんて泊まるんじゃ無かった。
洗面台のタオルを珈琲の上にかけ、マグカップの欠片を拾い集める。さまざまな大きさの中の大きな破片の鋭利な先端を見て、考えるより先に握り締めた。突き刺さった痛みと血の垂れた手を見てまたもやってしまった、と思った。タオルの上にぽたぽたと血が滲むのは気分が良くて、握り直していてぇと呟く。久しぶりに興奮して体が火照り、やはり宿に泊まったのは正解だったと思った。
アッシュは一度出した薬を道具入れの中にしまった。血と珈琲まみれのタオルは放置され、白かったそれはひたすら黒くなっていった。血に濡れた手でするのは痛くてまたそれが良くて。夢中で二重の快楽を貪った。段々と血の乾いた手は一時的に塞がった傷を疼かせた。

「は…」

駆け巡る快感に肩を震わせて踞る。どんなに屈辱的な時よりも勝るこの感覚は自傷した時にしか得られない、だからこそ止められない。まるで悪性のクスリのようだ、と一粒のカプセルを思い浮かべて笑う。そんなに簡単に手に入るものじゃあない。

「………説明が面倒くせぇな…」

起き上がって珈琲まみれのタオルをつり上げ、洗面台に水を貯めてそこに浸ける。血はこういったものにつくと落ちにくく苦労するので落ちきるか心配でもあったが、それはもう仕方の無いことだ。残るは部屋のティッシュで拭き取り匂いは珈琲に紛れたことで心配はないだろう。考えることは何もない。
持ち上げられた道具袋の中で小さな錠剤がビンを叩いた。




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