本当はイジメを受けて凄く辛かった。真昼がいなければ良かったと思ったこともあるし、真昼に泣きつけばイジメが終わるかもしれないと思ったこともある。前者はその後すぐに自分の心の黒さに自分自身が嫌になり、後者はみっともないし真昼を悲しませたくなかったのでやめた。結局拓斗はイジメに対して受け入れることも反抗することもできなかった。 性善説を信じていたわけではないし、イジメが自然消滅すると思っていたわけでもない。 それでも、いつかこの辛いのが終わって、楽しく過ごせる日々がくることを信じていた。いつか、何かしらの行動を起こせると自分自身を信じていたのだ。―――けれど、それはもう叶うことはない。 『有坂 拓斗の人生』は、終わってしまったのだ。 悔しさのような物が溢れてきて、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。 「堪忍、ほんま、ごめんなぁ」 「ふ、……っ、…、も、騙され……ないっ、つーの!」 嗚咽を漏らしながらも気丈に言う拓斗に、蓮はバツが悪い表情を見せた。信用がないのも、自業自得だ。 仕方ないとは思いつつ、誤解されたままなのは嫌なので言い訳くさくなるのを承知で告げる。 「さっきのんはお仕事やったけど、今はちゃうで。ほんまに悪い思てるし、本心から拓斗クンこと慰めたい思てる」 「っ、嘘、だ……!」 キッと睨みつけてくる拓斗に、こうなることを予想していた蓮は苦笑いするしかできない。けれど、罪悪感と拓斗から全く信用されていないことに、胸がツキンと痛んだ。 「ほんまやで?―――人間の言葉は届かんけど、今の拓斗クンは人間とはちょっと違うから、拓斗クンの言葉、俺にちゃーんと届いとる。その悲しそうな泣き声も、全部俺ん胸に響いとる。せやから……、そんなに泣かれてまうと、胸が痛うてかなわんわぁ……」 きゅ、と優しく抱きしめて、ぼろぼろと泣いている拓斗の額に触れるだけのキスを落とした。 瞬間に拓斗の手が飛ぶ。バチンッと小気味の良い音がした。 痛ッ、と小さく蓮が呻いた。さすがにこれには不意を突かれた。 「っ、もう騙されねぇっつったろーが……!」 ドンッと拓斗の腕が蓮の身体を押し、2人の間に距離が出来る。 ひくっ、としゃっくりをしながらボロボロと涙を流す拓斗は酷く痛々しくて見ていられないが、蓮は伸ばしかけた手をギュッと握って引っこめた。 どうしていいのか、分からない。 「だからお前は肝心なところでヘタレだっつーんだよ」 唐突に、第三者の気配が降って湧いてくる。 「!!賀久(がく)先輩!どないしてここに!」 「うっせえ、阿呆」 「!?」 ふと拓斗に影が落ち、ぎゅっと後ろから抱きしめられる。 低く、落ち着いた声が耳元で響いた。 「悪いな、坊主。馬鹿で阿呆で顔だけが取り柄のどうしようもない俺の後輩がとんでもないミスを犯しちまったようで」 「………っ、…」 誰だか分からないが、とても落ち着いた心地をさせる声だ。吃驚したこともあり、いつの間にか涙が引っこんでいた。 ぽんぽん、と優しく頭を叩かれ、体を掴まれたと思ったらそのままくるりと反転させられて男と向き合う形になる。 男は、拓斗よりも20センチは高いだろう高身長に、精悍な顔立ちをしたワイルドな青年だった。歳は20後半くらいだろうか、蓮と同じように漆黒の燕尾服を着ている。大きな屋敷に仕える執事だと言われれば信じてしまうような、それでいてホストだと言われたら納得してしまうような、そんな雰囲気を醸し出している。 「あーあー、こんな可愛い子泣かせちまって。蓮、てめぇ減給決定だからな。覚悟しとけ。つーか、減給で済まねぇかもしれねぇぜ?」 「あー……、はい、そこんとこは分かってます。完璧俺のミスやさかい。―――せやけど賀久先輩、ほんま拓斗クンのことどないしたらええんやろか」 「どうもこうも、魄が地に還っちまってんだから仕方ねぇだろ。なあ、坊主?」 「?」 よしよし、と子供のように頭を撫でられ、拓斗は疑問符を飛ばした。なあ?と言われてもわけが分からない 「拓斗、つったっけ?とりあえずこれ以上悪いようにはしない。それは俺が約束する。そこの馬鹿のことは信じられないだろうけど、俺のことは信じとけ。お前のことは俺が保障する」 「ええ?!賀久先輩それ酷いんちゃいます!?」 「うっせぇ、黙れ!」 ぐわっと蓮に噛みつくように言った賀久が息を整えてから拓斗に向き直った。未だ拓斗は疑問符を飛ばしながら不安そうな顔で賀久を見つめている。 「まずな、簡単に説明すると、お前を元の生活に戻してやることはできない」 「!……っ、…」 拓斗はギュッと下唇を噛んだ。 なんとなく分かっていたことだが、改めて突き付けられると胸が騒ぐ。涙があふれそうになるのを堪えるだけで精いっぱいだ。 「ああ、ほら、唇噛むな。傷つくだろ」 「拓斗クンのソレはもう癖みたいやねぇ。泣きたいときに我慢する、可愛い癖やわ」 ふふ、と笑う蓮の声が勘に触り、拓斗はギッと蓮を睨みつける。 拓斗に睨まれて堪忍と苦笑いを漏らす蓮を無視し、さらに固く噛むのをやめさせるように、賀久の指が拓斗の唇をなぞった。 「アイツの存在は無視しとけ。 ―――いいか、よく聞いとけよ。お前を元の地上に戻してはやれない。しかしお前の名前はまだ鬼籍帳に書かれていなかった。つまりお前の魂はこのまま死後の国に行ったり転生の門をくぐらなくていい。まあ、このまま死んじまうのも癪だろ?そこで俺から提案だ」 『お前、俺らと死神業やってみないか?』 |