しばらくして拓斗の涙が落ち着いた。
 丁度良いタイミングで男がそっと拓斗の体を腕から解放する。
 にっこりと微笑んでいる男とは対照に、拓斗は全身から火が出るのではないかと思うほど、羞恥で顔を真っ赤にしていた。


(お、俺こそなんなんだよ……!普通に男の胸で泣くとか、しかもそれに違和感ないとか!ぜってぇこの学園の悪影響受けてる………!!)

「………わ、悪い」

「ええよ。泣いてスッキリしたやろ?」

(!……そういえば…、)


 ハッと顔を上げる。
 言われてみれば、今まで胸の中でもやもやしていたものが薄れていた。心なしか体が軽くなった気もする。


(もしかして、コイツ―――、)


 ジッと男を見つめる。男は、拓斗と初めて顔を合わせたときと同じく、にっこりと笑っていた。
 それが少しだけ意地悪そうな笑みを見せる。


「まぁ、俺ん服は涙と鼻水でびしょびしょになってしもたけどな」

「え!?わ、悪かった……!!」


 涙は良いとして、鼻水。汚いし、恥ずかしいし、最悪だ。
 自己嫌悪に陥る拓斗を男は再び腕の中に閉じ込めた。ぎゅっと優しく包容される。


「!?」

「まぁ、拓斗クンがスッキリしたんなら、それでええ」

「………、…なんで……?初対面、でしょ、俺ら」


 初対面なのに、そんな優しい言葉をかけてもらう理由が分からない。
 しかも今の拓斗はほぼ全校生徒から嫌われている存在だ。
 分からない。分からない。
 混乱する拓斗を他所に、男はふっと優しく微笑んだ。


「そうや、初対面やで。―――でも、俺は拓斗クンことよお知っとるよ?」

「え、」


 ぽんぽん、と優しく頭を叩かれる。


「イジメられて辛かったんに、今まで一度も泣かん強くて偉い子や」

「それは、」

「あの子のこと好きやし、傍にいてほし思うけど、それを言わんであの子が楽しい思てるならそれでええって思てる優しい子や」

「そんなの!ただの、(……俺が、良い子ちゃんでいたいだけ、だし)」

「うん、分かっとるよ。どろどろした気持ちもある。けど、俺が言うたのも本心やろ?」

「……………」


 な?と優しい声をかけられて、再び涙が頬を伝った。
 それほど自覚していなかったのだが、イジメの日々でひび割れかけていた心には染み込むような優しさの効果は抜群で、あっけなく拓斗を陥落させた。
 僅か数分前までは顔も知らない仲であったことも忘れ、縋りつくようにギュッと男の服を握りしめて俯く。


「なんで、っ、あんた、そんな……、優し、」

「そうや、優しいやろ、俺。せやから、なーんも心配することあらへん。優しい俺に任せとけば大丈夫や。―――ええ子やから、俺に付いて来ぃ」


 ぽんぽんと優しい調子で背中を叩かれる。
 男の言っている意味がいまいち分からなかったが、その優しい口調に、拓斗は小さく頷くことしかできなかった。
 大丈夫。そう言っているのだから、きっと大丈夫なのだろう。何が大丈夫なのか分からなかったが、酷く安心した。
 力を抜いて体を預けてきた拓斗に、男がふふ、と笑う。


「ほな、逝こか」


 耳元で囁かれた優しすぎる声に、脳内が蕩けそうになった。






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