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 ふいに開け放たれた窓から冷たく強い風が吹き込んできた。カーテンタッセルで留められていなかった淡いオレンジ色のカーテンがバサバサとはためく。
 『秋の3月』の風は一気に冷たさが増したように感じられる。フィルは反射的に肩をすくめた。
 塔の内部は魔法による空気・温度・湿度の調整がされているので、窓を開けるのは換気になるどころか逆に完璧に調整されているものを乱すだけなのだが、外の空気を吸うことは気分転換になるのでたまにこうして開けている―――が、やはり寒い。
 給仕をしていたレオンがすぐに窓を閉め、カーテンを引いた。
 いくら調整魔法が作動していると言っても、冷えてしまった部屋の温度が戻るまでは少し時間がかかる。レオンはソファーに座るフィルの肩にそっとブランケットをかけて小さな体を包み込んだ。途端にほんのりとした暖かさに包まれたフィルの肩から力が抜けた。


「フィルベルト坊っちゃん、寒くありませんか?」

「うん、大丈夫。ありがとう」

「いいえ。
 ―――旦那様もご利用でしょうか?」

「いや、私はいいよ」

「かしこまりました」


 主の言葉に返事をしたレオンは、もう一人に向き直った。
 現在、この『神の塔』の一角にあるラジェットたちの部屋には4人が存在していた。ラジェットたち部屋の使用者と、お客人が1人。藍鼠色の髪をした麗人。軍医を務めるゼフィラ・ブランデルである。
 ゼフィラは長い脚を組んで何事にも興味がないような冷たい表情をしたままでレオンの視線を受けた。


「ブランデル、君は?」

「俺も結構」


 そっけない返答だが機嫌が悪いわけではない。むしろ、今日は機嫌が良い方である。それが分かっているからレオンは気分を悪くせず頷くだけで給仕に戻った。
 ラジェットとフィルの前にはすでに湯気の立ち昇る紅茶が置かれていた。テーブルをはさんだ向かいに座るゼフィラのティーカップにも紅茶を注いだレオンは、それぞれの前にゼリーが載った皿を置いた。


「今日の菓子はこの地方でとれた熟リンゴを使ったゼリーでございます」


 一礼したレオンはラジェットの斜め後ろで控えた。
 シックなテーブルの上に置かれた皿の上に載るゼリーは赤みのある茶色をしていて、スプーンで突くとぷるんと揺れた。それを一口取って口に運ぶと、途端に口内に甘みが広がる。


「さすがだね、レオン。君のお菓子を作る腕はプロに引けを取らない」

「恐れ入ります、旦那様」


 レオンが誇らしげに笑みを湛えながら一礼した。ラジェットは視界の端でそれをとらえつつ、紅茶に手を伸ばした。ゼリーの仄かな甘さを考慮したのか、今日の紅茶は砂糖ではなくハチミツが入っていて、いつものよりも甘くまろやかに感じられる。


「紅茶を淹れる腕も文句なしだ」

「光栄でございます」


 ラジェットが微笑みながら視線をずらすと、ゼフィラは無言のままスプーンを動かしていた。しかし、先ほどのそっけない態度から一辺して、顔には僅かに笑みが載っている。どうやら、レオンの菓子を作る腕は彼の舌を十分に満足させたらしい。
 ラジェットは笑みを深くしながら、今度は隣に座る息子に視線を動かした。フィルもゼフィラと同様、顔に笑みが浮かんでいる。
 本来、茶会は和やかに談笑しながらゆっくりとするものだが、こうして静かにする茶会も悪くない。
 心地よい空間でするアフタヌーン・ティーにラジェットは幸せを噛み締めた。







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