強引な悪戯の続き


七年の時を越えた先は、想像を絶するものだった。ゼルダ姫の言っていた通り、砂漠の首領ガノンドロフは自分の欲望の為に世界に猛威を振るった。忠誠を誓っていたハイラル王を暗殺した後、反逆を起こし城下町は壊滅。魔力を操り、魔物をはべらせ悪趣味な城まで創り上げてしまった。


それから数日立つ。そんな今日。

「あ、矢が足りなくなってきた」
『んもう、足りないじゃなくて「無くなった」でショ?』

ハイラル平原でエポナに跨りながら、矢を取り出そうとしたが手は空を掴むだけ。矢筒をひっくり返してみても、小さな塵がぽろぽろと地面に落ちるだけだ。そんなに乱射したっけな。うーん、馬上で敵に会ってしまったら矢がないと応戦できないじゃないか。

「どうしようかな・・・あ」

困ったように顔を見上げると、目の前はカカリコ村の入り口。ほ、助かった。村には道具屋がある。いつもなら何故かその辺に矢が落ちている時もあるけれど、あいにくその辺にはそれらしいものがない。お金も少し余裕があるし、調達してこようかな。ちょっと待っててと、エポナの首を撫でると、エポナはわかったと言う様に首を上下に振る。買い物だけならナビィもエポナと一緒に待ってるって言って、鞍の上にちょこんと座っていた。

『寄り道しないでヨ』
「わかってるさ」

ナビィが怒り出さないうちにさっさと矢を買いに行かなきゃ。寄り道もせずにバタバタと慌しい走りで、道具屋へ向かって村を猛ダッシュ。村人は急いでいる僕を見て、あからさまにこちらの動きを顔で追っている。がちゃがちゃと揺らす剣と盾。旅人である僕がそんなに珍しいのだろう。最近になってからは、そんなに物珍しいようには見られなくなったけれど。階段を駆け上がり、がちゃりと道具屋の扉を開く。




「あ、いらっしゃいませ」

ぱたんと扉を閉じた瞬間聞こえてきたのは女の人の声だった。

あれ、この店いつもおじさんが立ってなかったっけ?バクダンとか矢とか、女の人に似つかわしくないものを扱う店にしては、とてつもなく似合っていない店員さん。にこっと微笑む顔は何て言っていいのかな、可愛らしい。ふわっとした匂いが殺伐とした店内に篭っているのはこの人の匂いかな。

甘い、花のような匂いだ。

「矢を欲しいんだけど」
「ありがとう、何本欲しいのかな?」
「んーと、三十本のセットのやつ」
「矢三十本ね!待ってね、今用意するから」

棚に用意されていた矢を持ってきて、はい、どうぞと彼女に手渡される。矢筒に矢を入れて、矢の代償分のルピーを彼女に手渡す。指先に触れた彼女の掌は子どものように柔らかい。触れた瞬間、痺れるような感覚が襲ってしまった。大人の女性に触れた為に、緊張してしまったのだろうか。それとも、違う気持ちが生まれてしまったのだろうか。

「あの、ここにいつも立っていたおじさんはどこにいるの?」

話しかけるきっかけが欲しいのもあったけれど。何でおじさんじゃなくて君が店番をしているのかが気になった。ああ、ナビィに遅いって怒られるかな。けどもっと彼女と話してみたくなったんだ。

「ああ、店長なら商品の調達にいっちゃったの。わたしはここでバイトしているのよ。昔は城下町の道具屋で少しだけ働いていたんだけど、あんな状態でしょう?だから、こっちに移ってきたの」

悲しそうな顔をして、話す彼女。

少しだけ働いていた。という事は彼女が働いてからすぐに、反逆が起こったんだ。そうなんだ、彼女も戦争の被害者だったんだ。けど子どもの時であったとしても、城下町で何度か買い物をした事があったが彼女が店番をしていた時を見た事がない。

「城下町にいた時は、兵士さんが買い物に来てくれていたけれど今は殆ど買い物に来る人がいないの。だから久しぶりにまともなお客さんが来て嬉しいな。ぜひまた来てね」
「うん、また来るよ」

お上品に話ながら手を顔の横で振られて、つられてこちらも手を振る。彼女は一瞬きょとんとして、子どものように両手で振り返す。頬をぽっと赤く染めて、淡い洋服の色に馴染んでいる。

動作と顔の色から、まるで彼女は少女のように幼く感じた。

あんな行動を起こした彼女。僕が振り返した事が意外だったのか、嬉しかったのかわからないけど。

・・・後者だといい。

自惚れているねって、ナビィ辺りに言われてもいい。だって、初めて見た彼女に一目惚れしてしまったのだから。

違う気持ちなんかじゃなくて、完全に僕は彼女に惚れ込んでしまったのだ。




「あら、いらっしゃい」
「今日もいつものお願いね」
「また矢?一体何に使っているのかわからないけど、大変な旅をしているのね」
「はは、まぁね」

決まって矢が無くなると、この店へと買出しに来るのが日課になりつつある。最初ナビィに「お金ださなくても、その辺に落ちてるでしょ?」と言われたが、僕が度々彼女の、なまえさんのお店に通いつめる僕に慣れたようだ。矢が無くなると「なまえのお店に行きたいんでしょ?」と言われるようになった。理解力のあるナビィは僕の気持ちを察知して、応援してくれている。心強い相棒だ。



「はい、少しは貴重に使ってね」

・・・今日は矢が二本多い。

最近気付いたんだ。

口にしてくれていないけれど、矢が初めて買った時と比べて数本が多い事。それって少しは僕の事意識してくれているって思っていいのかな?好意あるって期待、しちゃってもいいのかな?会う度に夢中にさせられしまうんだ。

けど彼女の言動、表情は初めて会った時と全く変わっていない。

結局、ただの常連客としてしか認識されていないのかなって思うと・・・少し悲しいな。


「ね、なまえさん前に城下町にいたって言っていたけれど、ずっと城下町に住んでいたの?」

途端、なまえさんの顔色は変化する。

「・・・いえ、城下町に住む前はこの村に住んでいたの」

もっと仲良くなりたくて、君の事をもっと知りたくて話題を振ってみると、今までに見せたことのないぐらい暗い顔を見せる彼女。

・・・地雷踏んじゃったかな?

自分から振った話題だが、嫌われたくなくて慌てて話題を切り替えそうと思った。けど彼女はふっと自身をあざ笑うかのように可愛らしい口を曲げると、ゆっくりと経緯を話してくれた。

「元々この村に住んでいて、七年前に引っ越したの。親の仕事の都合でね。でも世界は変わり果てて、逃げるように両親とこの村に戻ってきちゃった。・・・わたし本当は、この村に戻りたくなかった。昔好きだった人がいるから」
「・・・好きな人・・・?」
「友達だったの・・・村を出る前に告白しようと思ったんだけど、彼には彼女がいたのよ。ううん、彼女じゃない、お嫁さん。村一番臆病者のくせに、友達の中で誰よりも早く結婚したのよ。わたし知らなくて、苦しかった。だから彼から逃げるように城下町に逃げ出してしまったの」

何よりわたしが一番の臆病者なんだけどね、と付け足すように話す彼女は真面目な顔をしている。

・・・参った。

好きになったと思ったら、すぐ失恋なんて。じくじくと心が痛み、頭が鈍器で殴られたようにズキズキ痛い。けど昔好きだった男の話じゃないか。今でもそんな顔しなくても・・・いいんじゃないのか?

「わたし・・・まだ彼が好きなの。村に帰ってきてから昔の事が甦ってきて・・・結婚していてもやっぱり彼を忘れられない。ふふ、重い女でしょう?」

ふふっと乾いた笑い。自分自身に呆れているように肩をがっくりと落としている彼女。

・・・僕だって肩を落としたいよ。

結婚している相手に敵うはずないだろ?


もう諦めたほうがいいじゃないか。

僕なら、君にこんな顔をさせないのに。



ああ、もっと昔に。

子どもの頃にでも、彼女に会っていれば。

昔の彼女に、僕という人間を植えつけていれば。昔から好きな男よりも、可能性は微量でも。少しでも意識してもらえるチャンスがめぐってきたかもしれないのに!


もっと知ってほしいよ。

もっと前から、僕を見ていて欲しいよ。

「あ、ごめん。重い話して疲れたでしょ?お詫びにお茶でも持ってくるね。」
「ううん、いらないよ。・・・ねぇ、仮にも昔他の男が現れて、少しでも惹かれれば、彼を忘れる事はあったと思う?」

彼女は僕にそう問いかけられて驚いたものの長い沈黙の後、微笑みながらこう言った。

「・・・そうね、わたしよりもしっかり自分の意思を持っていて、臆することなく自分を貫けるような人。そんな人がいたら、よかったかもしれないな。わたしにはないものだもの・・・あ、ちょっと!!」


彼女の言葉を最後まで聞く前に、僕は外へと飛び出していた。慌しく出て行く僕に静止を求める彼女の声を、振り切って。



目指すは時の神殿。


自分のエゴで、時を渡るなんて神様は許してくれないと思う。僕は今告白もできない臆病者。彼女と一緒だ。

それでも今の僕は劣勢だろう?

昔から彼女の傍にいた恋敵になんて敵うはずないよ。そんなの不公平だ。それなら、お互い公平にしようよ?知らない恋敵さん?こんなの公平って言えないと思うけど、今の僕にはこれしか思いつかないや。

昔に戻って、過去を変えて彼女自身、彼女を取り巻いている人間に未来に影響を与える結果になろうとも。

神様。これだけはアナタにも誰にも止められない。

罪をいくら重ねても構わない。

それで彼女が振り向いてくれなくても、後悔しないよ。この気持ちを終わらせたくない。


その為なら、どんな罪でも背負っていける。










行き過ぎ

僕の気持ちを突き動かすには十分すぎる言葉だった。

僕が君よりも自分に正直である証拠を見せた時。

君が好きになってくれ可能性があるのなら、いくらでも過去を変えてみせる。


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