ませた悪戯の続き


生まれ育った大好きなカカリコ村に、わたしはずっとずっと住んでいた。
家族が居て、友達も居て。
………ずっと好きだった人も居たから。
きっとこの村で一生を過ごすのだろうと、漠然と考えていた。




それは七年前の事。

カカリコ村から城下町へと引越しを決めたのは、両親の仕事の都合だった。両親の都合に自分の人生を付き合わせなければいけない程わたしはもう、子どもじゃなかった。

一生をこの村で過ごすのだろうと思っていたはずなのに。わたしは、大好きなカカリコ村を離れようと決意した。両親の都合を押しのけてでも自分だけカカリコ村に残ろうと、微塵も思わなかった理由。

ずっと好きだった人が、結婚してしまって。

本当はずっとずっと好きだたって言いたかったのに、引っ越すその当日に彼が別の人と結婚してしまった事実を知ってしまった。

彼とは意外と仲良くしていたから、少しはわたしの事を気にかけてくれているかなってちょっとでも自惚れていた為大ダメージを負ってしまったのだった。



本当はその恋が叶ったのなら、わたしだけでも城下町に引越しせずにこのカカリコ村に残ろうと思ったけれど。

それは叶わなくて、
もうただの友達としても彼と接していける自信が無くなって、

逃げるように村から出て行ったんだ。









「あれから七年か………」

ぽつりと呟いたわたしが今いる場所は、七年前から城下町で働き始めた道具屋。同じ道具屋なんだけど「場所」が違う。
七年前に働きだしたのは「城下町」の道具屋で、わたしが今働いているのは「カカリコ村」の道具屋だ。
何でも西の砂漠から現れた首領はハイラル王に仕えていたのだが、突然反逆を犯したらしい。それから城下町は壊滅され、生き残った城下町の人間はこの村へと逃げてくるしかできなかった。わたしもその一人。両親に手を引かれ、逃げてたどり着いたのは懐かしいこのカカリコ村だったって訳。


「もう、戻りたくなかったのになぁ」

大きな独り言を漏らせる程この道具屋は相変わらず繁盛していない。途中途中、旅人が訪れてくるものの、村人の生活に必要なものを揃えていないから繁盛しないのは当然の事だった。
店長に「もっと生活に必要なものとかそろえたらいいんじゃない?」と言ってみたんだけれど、頑固な店長は「これが俺の商売だ!」と顔に似合わずかっこいい台詞を言っていた。言葉はかっこいいけれど結果が全然かっこよくないんだと、一体いつになったら店長は気付くのやら。
あれから仕入れしてくる商品は少し変わってきたものの、店長の商売路線は全く変わっていない。矢とか。盾とか。そもそもこの道具屋自体がこの村の住民に必要あるのか不明な所だ。たまに護身用とか言って、少しボケた老人の方や女性の方が買いにくるものの、果たして活用できるのやら。矢とか。普通の人じゃ扱えないだろうに。しかもこの店には弓が無いってのに矢だけ購入してどうやって使うのだろう。

「やぁ、なまえ」

カランと扉が開く音が聞こえて、わたしは入り口に立っている人物に目をやる。見なくても声だけで訪れた人間が誰かなんてわかりきっている。あー嫌、本当、嫌。だからこの村に戻りたくなかったのよ、何もかもガノンドロフとかいう奴のせいね。


平和な店内に入ってきたのは、わたしが一番この村で会いたくなかった人。

昔わたしが好きだった人だ。

「………あら、この店に貴方に必要なものなんてあるのかしら?」
「あはは、七年前と変わらないなぁ。ひねくれ者め」

わたしがこの村に帰ってきてから、ここで働いているのを聞きつけてはたまに遊びに来てくれる。昔だったら会いに来てくれるなんてとっても嬉しいけど、今となっては顔を見るのも苦痛となっている。

こうして大分昔と変わらぬ態度で彼はわたしにちょっかいをかけにやってくる行動に、言い返すだけのやり取りが自然と出来るようになったのだけれど。

やっぱり最初は、再会してあの時の気持ちが蘇ってしまって。
暫くは「やっぱりまだ、この人の事が好き…」って気持ちも、正直湧きあがってしまった。
そう思ってもむなしいだけ、と何度も何度も思い直して、やっと本当に彼に対しての気持ちが吹っ切れたと感じたのはつい最近の事だったと思う。

早く帰ってほしい。他の女に油を売っていないで早く嫁のところに行けばいい。無言で相手を睨みつけるけれど、全然効果は無いようで彼は店内に並んでいる商品を吟味していた。だから貴方が買うようなものなんて無いって言っているでしょうが。


なんて心の中で悪態をついていると。

「こんにちは」
「あ、いらっしゃい」

彼の横をするりと抜けて、旅人が扉からやって来た。この青年はこの店唯一の常連客。何でも広大なこの地を旅しているらしい。その旅の理由はわからないけれど。いつも何に使っているのかわからないが、矢やバクダンを大量に買ってくれる。わたしの給料は彼のおかげといっても過言ではない。


綺麗な金髪の剣士さん。
わたしはちょっと、彼が買い物に来るのが毎回楽しみだったりする。
いつも買った後お礼を言う時の笑顔が結構可愛いからだ。

わたしの仕事の邪魔をしに来た彼も、来客が来た手前邪魔は出来ないな、と一応の礼儀を示してそっとわたしの傍を離れる。からかい足りないのか彼は扉の前でまだわたしを見ながらニタニタしていたが。

「さぁ、商売するんだから邪魔しないでよ」

そのニタニタした顔を見てると腹ただしい。わたしをからかうというよりも、幸せと言われているようでこんな所で油を売っている場合じゃなかろうよ、とわたしはもう、彼と視線を交わす事ばしなかった。

「はいはい、また遊びにくるよ」
「(もう来るなそんな幸せそうな顔して)」

けらけら笑いながら立ち去る彼に、しっしっと手で払いのけるわたしはきっと酷い顔をしていただろう。ちなみに、最近彼と奥さんの間に赤ちゃんが生まれたらしい。知りたくなかった話だが、昔のように先日彼の叔母が教えてくれた。本当に余計な事を毎度して下さる。

「さてと、今日もいつものでいいのかな?」

過ぎ去った男の事よりもきちんと仕事をしなければ、とわたしは気を取り直して青年に顔を向けた。目の前にいる彼は、最近いつも決まって矢を買っていく。一体そんなに沢山何に使っているの?と一度聞いた事があるけどはぐらかされてしまった。気になって買った後にこっそりと後をつけた事があって、村の外に行くと馬に乗って颯爽と過ぎ去ってしまい、結局何なんだかわからない仕舞い。


今日こそ聞きたいなぁ。

そんな期待を込めた視線をちらっと向けたけれど、彼は黙ったままわたしを見ていた。

返事が返ってこないが、いつもと同じように三十本の束になっている矢を用意しようとごそごそ。今日は三つ、サービスしてあげよう。どうせ売れないもん、少しあげても店長にはバレないでしょ。と、束になっている矢にわたしはおまけの三本をねじ込んで準備をする。


「今日は矢はいいよ」

しかし黙っていたままだった彼は苦笑いをしながら首を振る。意気揚々と矢を用意して、カウンターに準備したのに準備をしきってからいらないと言われた。
せっかくサービスしたのに。……そもそももっと早く聞きたかったなぁ、と自分でもわかりやすいほど落ち込んだ瞬間、矢を束ねていた紐が不吉にもぶつっと切れてバラバラと床に落ちた。しかも全部、彼の方向へと。
おまけを無理矢理ねじ込んでしまった為に紐が耐え切れなかったようだ。

「あ、そうなの?早とちりしてごめんね?しかもまき散らかしちゃって」
「俺も拾うの手伝うよ」

わたしは慌ててカウンターから飛び出して落ちてしまった矢を拾う。彼は矢がカウンターから落ちてすぐに拾い始めてくれていた。しかも拾うスピードが早い早い。
反応は素早いし人が困っているのに瞬時に対処するなんて何て出来ている人間だろう、彼を育てた親の顔が見てみたい。そう素直に思ってしまった。


「それで?今日は何を買いにきたの?」

一緒にしゃがんでいる事によって、いつもよりも青年と距離が近い。マジマジと見てみると結構綺麗な顔してるのね、君。瞳は王子様みたいに綺麗な青い瞳…わたしの瞳とは全然違う、綺麗で吸い込まれそうだ。


無意識にじっと見てしまったわたしに、彼はふっと微笑んでくる。


……あれ?

わたし…………この子、見た事がある気がする。



「なまえさんのお勧めのものが欲しいな」


服装といい、顔つきといい……瞳の色も一緒。



わたしの記憶の中の誰かと、重なった。




「ねぇ、ちょっとちょっと」

この至近距離で手招きする意味はないんじゃないかと思うよりも、聞き覚えのあるフレーズにぴくりとわたしは反応をしてしまう。


何か、引っかかる。

声は大人びていて記憶と一致しないけれど。悪戯そうに笑う顔、絶対どこかで見た。

にっと笑った「あの子」は、わたしの頬を包み込む。わたしよりもぐっと大きな掌で。

真っ直ぐ向けられた視線から離せない。
じっと見る瞳は真剣そのもので、それ以上に何かを思い出そうとわたしが必死なの。

だから彼の視線から、どうしても離せない。


「……………え?」



ちょっとちょっとちょっと

彼の顔が近づいてくるんですけど???



「(ストップ少年近い近い!この子わたしに何しようとしてるの)」

わたしは目を見開いて、迫り来るのをやめろと訴えるように見る。彼の顔に大きく、穴が開いちゃうぐらいに。

きちんと「離れて」と言葉にしたかったけれど、予想外の展開にわたしの口はあんぐりと開きっぱなしだった為出来なかった。
近づく相手の顔を見つめていると、ふいっとわたしの視界から彼の顔が反れた。視界から彼の顔が反れてほっとしたのもつかの間、わたしの肩にずしりと重みが増す。また思わぬ行動にわたしは声が出せずただただ、されるがままになってしまった。

何、君。何勝手に人の肩に顔乗っけてるの。
いくら常連さんでもこんな勝手な事許さないんだけれど。

心の中ではこう簡単に訴えられるのに、何故言葉に出来ないのか。




それはわたしの中の記憶にある、あの時の男の子と重なる。

お使いにやってきて、突然わたしの唇を奪った悪戯っ子。




「待っててくれた?」

耳もとで囁く声にびくりと体が跳ね上がる。

跳ね上がった衝撃に、脳が麻痺したように痺れた感じがした。




………ああ、思い出した。

つい最近まで、懐かしく思っていた男の子。



わたしにとって、一生忘れられなくなってしまった男の子。


………ずっと好きだった人よりも、インパクトが強烈すぎて印象に残った男の子。
おかげでさっきまでいたアイツ以上にわたしがずっと気になってしまっていた男の子だ。


「君、あの時の!んっ」

わたしが全ての言葉を言い切る前に、口が塞がれた。

あの時と違う、深い深いキス。

顔が離れてすぐ、瞳を合わせると、あの時と同じように楽しそうに笑っていた。あどけない笑顔はあの頃の君と全然変わっていない。



「今なら言えるよ、君が好きだって」










わたしがこの村に来てからずっと彼を引きずる事がなくなったのはたまに思い出していた君の悪戯の所為だったのかもね。

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