ハイラル唯一の都会城下町。

今の家に引っ越してきて、もう10日を過ぎようとしていた。



わたしは最近、かなりついていない。悪運に見舞われている事が続いている。
と言うのもこの町に越して来る前日、わたしがずっと住んでいたカカリコ村にいる好きな人に勇気を出して告白をしようとしていた。

いや違う、本当ならもっと早く言ってしまいたかった。


でもわたしには、言えなかったの。
勇気がこれっぽっちも無いタイプの人間なのだから。
しかも好きな人とは友達だったから、振られて友達の関係が終わっちゃうのかもしれない。そう考えるとずっと言えないままこんな事になってしまった。

まぁ、傍を離れちゃうから最後に気持ちを告白したいなんて、有りがちな話だけど。






「あー……ドキドキする……あ、」

好きな人の家の前で帰る所を待ち伏せしていたら、これまた有りがちなパターンで彼は遠くから女連れで帰宅。

一緒に彼の家に入って行ったから、ああ彼女いたんだってショックだった。
更に追い打ちをかけるように近所にいる噂話大好きなおばさんに「あのお家新婚さんなのよー」と自慢げに話された。

何でそんなに貴女が得意げに話をするのだろう、と思ったのだが、正直そんな事はどうでもいい。


「お嫁さん……あの人が、お嫁さん…」


結婚、していた。


知らなかった。友達だったのに。
誰も教えてくれなかった。周りの友達はわたしが彼を好きだって知っていたから。

つい昨日籍を入れたんだって。これからでしょ、楽しい時間は。まだまだわたし達は若いと思うのにもう、彼は人生の伴侶を見つけてしまった。

いいや結婚してしまった事よりも、何で今なの。辛い。

何でこんな、最悪のタイミングで知らされるのだろうと混乱するわたしを他所、におばさんからベラベラとラブラブな彼と知らない彼女との新婚夫婦の話を沢山聞かされて、希望はもはや壊滅。

まだ彼氏彼女の段階だったら、別れるかもしれないって思えるけれど。
いや未練たらしいけど。永遠の愛を誓った同士、夫婦となるともうお手上げよ。


本当の予定なら

わたしも自立できる年齢だし、告白が上手くいったら城下町に引越しをせずに村に残ろうとか思ったのよ。



親の都合で彼と離れるが辛かった。



しかし相手に奧さんが出来てしまった。叶わなかった恋の苦い思い出が出来てしまったこの村にはもう居たくない、という気持ちを抱えてすっきりしないまま。わたしはこの城下町へと引っ越してきたという訳だ。














「今日も暇ね…」

城下町に来ても働かなければ生きていけない。幸いにも、この町には働き口が沢山ある。しかし国一番栄えている城下町に沢山職はあるものの、何も取り柄もないわたしは最近、よくわからない道具屋さんで物売りのバイトを始めた。

よくわからない道具屋にどうして就職をしたんだと言われれば、物を売るだけならわたしでも出来ると思ったから。ハートだの、何の役に立つのかわからない棒だのを売る毎日。

正直、売り手のわたしでさえその活用方法がわからない。
町の人もわたしと同じようでアイテムの用途がわからないらしく、買いにくるのはもっぱら城の兵士だ。兵士とは顔馴染みが数人いるし、仲良くなった人も居る。
ほぼ一方的のアプローチをされて、だけれど。

オシャレしても埋もれてしまう(かなり浮くよ、こんな色気ない商品に囲まれてたら)このお店。普段着より一割ほどマシな服で売り子をすれば、数人の兵士に口説かれたこともある。どれだけ女気ないんだ、ハイラル城に努める男達は。こんな軟派な人ばっかりで町の秩序を守ってくれるのかと不安になる事は日常茶飯事だ。


「(少しぐらいサボってもいいかしら)」

ちょっとぐらいお昼寝してもいいかな、なーんて。浮ついた思考を巡らせ顔を下げた時だった。


「おねーさん、これ頂戴」

今日も暇でお客さんが来ないし、昼寝しようと思ったら思ってもいない来客がやってきたようだった。
わたしは突然の来客の声に、寝ようとした体をを持ち上げる。

「いらっしゃい…………あれ?」

ぱっと顔を上げたら、誰もいない?思わずわたしは左右を見まわした。
おかしい確かに声がしたはずだ。しかもわたしの聞き間違いじゃなければ兵士にどうやっても似つかわない可愛らしい声だったような。

それはまるで子どものようだった。

…子ども?そう思ったわたしは視線を落とす。

「あら……随分可愛いお客様ね?」

視線を落とすと綺麗な青い瞳をした男の子がいた。わたしがカウンターから身を起こさないと見えないお客さん。
瞳もそうだけれど、顔も綺麗。ボウヤ、将来有望ね。

それにしてもこんな場所に似つかわしくないお客様。しかし持ち物は兵士と変わらない武器そのものであった。背負う剣と盾は子どもが持つサイズそのものなのだけれど、あれは本物なのだろうか…さすがにおもちゃだと思いたい。

「ここは貴方のような可愛い子が使うようなものは無いよ?それとも頼まれもの?」

まだ子どものようだが、こんな場所にお使いにでもきたのだろうか。
こんな城の兵士御用達の店に何故。お使いにしては随分物騒な所へ行かせるのね。親の顔が見てみたいわ。と、わたしは見ず知らずのこの子どもの親に対して不信感を募らせていると。

「なまえさんのお勧めのものが欲しいな」

足りていない背を伸ばしながら、両手でカウンターに肘をつけると、ふんふん鼻歌を歌いだす男の子。極めつけに殺人的に満面の笑みときた。

「(くっっ、かわい……いや、待って?)」

満面の笑みにくらりとしてしまいそうになるが、ほだされている場合じゃなかった。

今、この子わたしの名前を言った。

何故この子はわたしの名前知ってるの?
わたしはこの子に会ったことはないはずだ。この町は人も多いし、全員が全員覚えていると聞かれれば、答えはノー。
それにこの子はその辺の子どもとは雰囲気が違いすぎる。一度でも見かけていれば、忘れない自信があるもの。身にまとうその服装は、わたしも決して人の事言えないけど……田舎の子という言葉がぴったりで。
もしかしてカカリコ村からわざわざ城下町にお使いにでも来たのだろうか。


わたしが謎に思っていると、男の子は悪戯を思いついたようににいっ、と笑う。

君、案外大きな口をしているのね。わたしもつられて笑ってしまった。

「ね、ちょっとちょっと」
「なぁに?」

ちょいちょい手招きをする男の子は、クスクスと笑っている。
わたしは、誘われるがまま男の子の傍へと顔を近づける。男の子に近づくにつれて、その口から発せられるクスクス笑う声が大きくなっていく。

この子は一体、わたしに何をしようとしているのかしら?店も暇だし、店長もいないしこの悪戯っ子の遊びに乗ってあげようじゃないか。何をそんなに楽しそうに笑っているんだろうか、どれ。遊びに付き合ってあげようか。

そう、思ったわたしは大分浅はかだったと思う。



「……………ぇ?」

顔を近づけるとすぐ、小さな掌でわたしの大きな両頬を包み込むと、可愛らしい男の子の唇がわたしの唇に触れた。あまりにも軽い、ついばむような感覚に最初何が起きたかわからなかった。

が、我に返って目を向けるとへへっと照れ笑いをして男の子がわたしの顔から離れる。




今何した?
この子、今わたしに何したの。


何故。何故わたしにキスしたんだこの子は。


「今何で……」

わたしよりも一回りも小さい子どもにされたのに、わたしの頬は初めてキスされた少女のような反応をさせてしまった。自分でも熱が上がるのがわかる。

触らなくてもわかるぐらい、顔が熱い。

だってわたしよりも小さくても、この子は男の子よ。しかも見知らぬ他人。それに今初めて出会ったばっかりで、それもものの数分の出会いの中で。

子どもが母親にする話とは訳が違うわ。



ふわっと名残惜しそうに小さな手がわたしの頬から離れると、男の子の体はわたしから離れて後方へと下がっていく。


「僕、待ってるから!」

と、満足そうにそう言うと、男の子は早々と店を飛び出した。



「待っているからって………どこに?」

あの子は一体何が言いたいのか、あんな行動をとったのか。

子どもの心理って理解不能だわ。




わたしは最近、本当についていない。

失恋はするわ、変な兵士達にナンパされるわ。



知らない子どもにすら、からかわれるなんて。

しかもキスまでされるとは。

わたし、多分一生男運が無い気がする。







何故名前を知っていたのか不思議に思っていたけれど。

自分がしっかりネームプレートを胸にしていた事を思い出したのは、あの男の子がキスをしてきた日の三年後だった。


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