act.60




『おー、おはよ』
「おはよ…ございます」

ベッドの上で体育座りをしながら、どくどくと不穏な音を立てる心音と呼応するように肩を強張らせる。

『昨日はごめんな、気にすんなよ?中村クン』

――やっぱり。
先輩は曖昧に謝って、なかったことにさせる気だ。

俺だって先輩と喧嘩なんてしたくないし、このままわかりましたって聞き分けの良い子を演じてこの場を納めれば、一見恙無くこの件は終わるだろうってことくらい判る。

…でも。

「あの…。せ、せんぱい…」

もうすでに折れそうな意気地の無い精神に気合いを入れて、できるだけ神妙な声で先輩を呼ぶ。

『……うん』

先輩はとても聡い人だ。
一瞬で真面目なトーンに切り替わって、俺が次に言うであろう言葉を静かに待ってくれる。

聞こう。
昨日は言ってもらえなかったけれど、今日はきちんと教えてくれる気がするから。

先輩が抱えているものがもし、俺にとって最悪の結末をもたらすものだったとしても…それを隠されたまま付き合ってたって意味がない。

一時的だけれども今は立派な遠距離恋愛企画中だ。だからこそ、声でしか先輩の温もりを感じられないからこそ、言いたいことはお互いにきっちり言った方がいいんだ。

もしかしたらこれが最後の会話になるかも知れない…と最悪のパターンをよくよく頭に刻み込み心の保険をかけながら、俺はゆっくりと口を開いた。



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