act.59




実をいえば俺は誰かと付き合うという経験がない。
中学の頃、クラスの女子に手紙で告白されたことがあって、興味本位と可愛い子だったから翌日にいいよって返事をした。
でもなんだか落ち着かなくて、むしろ何を話したらいいのかさえわからなくなって…結局その子とは何度か一緒に下校したくらいで、何をするわけでもなくただ気まずくなって正式に別れの言葉もないままに卒業した。
そんなのは付き合ったうちに入らないことくらい自分でもわかってる。

「…部屋の片付けはしたの?愛魅と礼央来週来るんだからね?礼央はあゆむの部屋で寝るのよ?わかってる?」
「ん……わかってるよ」

リビングで朝食のトーストをかじっていると、母親が紅茶をコトンとテーブルに置きながらじっとりとした視線を向けてきた。
セイロンティーに口を付けて、まだ半分以上残っているトーストを見つめる。

全然食欲ないや…。これも全部、食べられそうにない。

「ごちそうさまでした」
「あら、もういいの?具合悪い?」

頭を横に振って、ちょっと夏バテかも知れないと嘘を付いた。心配そうに首を傾げる母親にチクリと胸が痛んだが、大丈夫だからと笑って部屋に戻る。



「……あ」

いつもなら朝食の時でも必ずポケットに忍ばせていた携帯を、今日は机に置きっぱなしだったことに気付いた。
木製の机の上で、黒い携帯のランプがチカチカと点滅している。この色は先輩からのメールだ。

「…き…緊張するな……」

普段あまり独り言なんて言わないのに、今日ばっかりはつい口から本音がぽろりと零れ落ちる。

おそるおそる携帯を開いて届いたメールを確認すれば、



from:水沢コウ
  本文:はよ!
     今日俺オフだから、時間あるとき電話ちょーだい



ふ、普段通りのメールだ。咄嗟にそう思った。ドクドクと心臓が不穏な音を立て始める。
喧嘩…をしたわけではないけど、なんだか気まずいこの空気を壊すでも突くでもなく普段と変わらないこの文面からは、先輩の考えてることが全く透けてこない。だから逆にすごく怖い。

電話、しなきゃ……



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