夜空を見上げて | ナノ

≪柔らかく溶け込んでいく≫



真田明彦の視線に、一人の女子生徒が映り込む。
にっこりと微笑みながら、時折おしとやかに口元へ手を添えて声を出して笑っている。
幼げな顔立ちは、美鶴のような美しさとは異なり、どこか愛らしさがある。
明るい声色で、すぐにクラスに馴染んでいたのは知っていた。


「なんだぁ、真田。もしかして気になる子いんの?」
「田口か。馬鹿なことを言っていないで宿題をしたらどうだ。授業始まったらプリント回収されるぞ」
「え嘘マジ!?」


慌てる田口に嘆息する。
馬鹿だが、憎めない明るいやつだ。コイツもクラスでのムードメーカーであり、弄られ役といったところだろうか。
気さくなのが気持ちいいやつだというのが、明彦の印象だった。


「な、篠原チャンっしょ?」
「どうしてそう思う」
「お前の視線見てたら分かるってーの。気を付けとけよ、あの真田明彦が特定の女子が気になるなんて、激震走って戦争の始まりだぜ?」


なぜ激震が走る。どうして戦争だ? 俺と戦いたい奴が溢れるってことか? だったら――悪い話ではない。
と、明彦は思考を元に戻す。


「気にならないと言ったら嘘になるな」
「マジで!?!?」
「おい、うるさいぞ……」


田口の巨大な声にクラスが一瞬静まり返る。
途端、どっと笑い声が溢れて田口へうるさいなどと忠告が飛んだ。智草も笑っている。

勉学の件で会話をしたのが初めてだったが、その時はさほど気にもしていない、ただの頭の良いクラスメイトだったはずだ。
それがこうして彼女が気になりだしたのは、以前の件がきっかけに他ならない。
あの桐条美鶴に対して気さくに話しかける人間――なによりも、美鶴自身が気を許している存在。


「まあ、篠原チャンて可愛いもんなぁ。明るいし、気さくだし。かと言って守られるだけって感じじゃないんだよなー。この間なんて、ぶつかってきた先輩相手に啖呵切ってたんだぜ? いやぁ、すげぇわ」


啖呵――その言葉に、ふと先日の出来事が過ぎる。
生徒会が早く終わった美鶴と共に帰寮している途中で、智草の背中を見つけたのだ。
その瞬間に、明るくなった美鶴の表情は忘れられない。
そして、スイッチが切り替わるかのように険しくなった瞬間も。

智草と対峙しているのは黒服の男で、一発で桐条の人間だと理解した。
怒りの形相で駆け出そうとする美鶴を静止して様子を窺っていれば、どうやら美鶴の交友関係にケチをつけているらしい。
しかも、一度や二度の対面ではないようだ。


『また美鶴を孤独にするつもりですか』


芯の通った言葉は、美鶴の性格を良く理解していた。
なるほど、これは美鶴も骨抜きになるわけだ。

自責してしおれる姿は滅多に見られない。
父親やシャドウ関連以外では初めてだった。
しかも驚いたのはそれだけではない――あの美鶴の頬を挟み、ぐにゃりと歪ませたのだ。
そんな芸当、到底誰もできないだろう。

いかに智草が美鶴を大切に思っているのかが良く理解できた。
そんな彼女を、美鶴もまた――


「おーい、真田。そろそろ視線逸らしとかねーと、マジで篠原チャン殺されちゃうって」
「俺が視線で殺すとでも言いたいのか」
「…ほんっとムカつくわー! あー、人気者ムカつくわー!!」
「おい、やめろ……!」


田口が絡んでくる。
「そろそろ宿題に手を付けないと、どうせ人のを映すんだとしても間に合わないぞ」と言ってやりたい。

ふと、智草と目が合う。
ゆるりと視線を細められ、何故か咄嗟に瞳を逸らしてしまった。


――まさかその彼女が、自分の幼馴染とも仲が良いと知り、雷が落ちる。


「し、シンちゃん……だと?」
「うるせーよ復唱すんじゃねェ」


不機嫌そうに顔を歪める男の隣で、くすくす笑う智草。
明彦は愕然とした。


「驚いたぁ、シンちゃんの幼馴染って真田くんだったんだ!」
「言ったのか……?」
「別に、聞かれたらマズイ話でもねェだろ」


それはそうなんだが……。
真次郎が、自分の話をしているということに驚いているのだ。


「その……篠原はシンジとはどういう……」
「どうって……? あ、なんで仲良いのかって?」


察しが良くて助かった。


「んー、多分アレが大きいかも。神社の近くでシンちゃんが子猫に――」
「あー!! そういえばお前甘いモン食いたいって言ってたよな!? そーいや偶々ポッケにあったわ、チョコ。オラ、しょうがねェからやる!」
「……みたいな感じで仲良くなったの!」
「そ、そうか……」


シンジ、それは無理があるぞ……。
明彦は美味しそうにチョコを摘まむ智草をちらりと見る。

美鶴に引き続き真次郎まで手中に収めているその存在に――どこか畏怖さえ覚えた。
これで自分たちと同じ影時間に対応が出来て、ペルソナ使いであれば話は別だが一般人なのだ。
事情も何も知らないからこそなのか……それとも、彼女に人の心を開く力があるのか。


「あれ? 真田くんも食べたいの?」
「いや……」
「教室でもよく見てたけど、私に聞きたいことでもある?」
「みっ見てない!!」
「あれ、そうなの?」


気付かれていたらしい。明彦は慌てて視線を逸らす。
真次郎からの訝し気な視線に「なんだよ」とだけ短く返す。


「ちょっと自意識過剰だったかな? ごめんごめん。美鶴を取るなって睨みを利かせているのかと思っちゃった」
「なんで俺が美鶴のことで睨むんだ。意味が分からん」
「知らないの? 美鶴と真田くんが、付き合ってるんじゃないかって噂流れてるけど」
「付き合うって……何にだ? 確かに寮は一緒だが」


真次郎の大きなため息に、智草は苦笑した。


「違うみたいだね……。まあ、気にしないで」
「ん?ああ」


それから短い会話をして、明彦はロードワークを再開する。
走りながら、ますます智草への印象が変化していった。

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