Protect you. | ナノ

01


 彼は、人との縁を大切にする人だった。


 ――聞いてくれよナマエ! 今日、めっちゃ可愛い子にあってさぁ〜!
 ――この間の任務で、同じ田舎仲間発見したんだって! 今度お前コッチ来いよ! 田舎トークしようぜ!


 どんな状況でも笑顔を絶やすことなく、子犬のようにきゃんきゃんと動き回る姿は、同い年なのに年下みたいで眩しかった。それでも剣術の腕は確かで負けた時には殺意を持って睨んだのに、当日の夕暮れには背中を預けて戦う頼もしい仲間になっていたわね。


 ――よっ、久しぶり!
 ――なあ頼む! 三日……いや一日だけでも泊まらせてくれねっ?


 どうして、あの日詳しく問い詰めなかったのだろう。
 どうして、すぐ追いかけられなかったのだろう。

 目の前に広がる荒野。削られた岩肌。乾燥しきっていない数多の血液。飛沫なんて可愛い光景じゃない。べっとりと、大量に。鼻が折れ曲がりそうだった。雨で湿度が上がったせいか殊更強烈な異臭を発揮するその場所は、まさしく戦場。
 そこに、求めていた姿はなかった。


 ――早くお前に会わせてえよ。俺の好きな女の子と、親友。絶対ナマエと息合うぜ? 間違いないね!

 
 アナタは今どこにいるのよ――ザックス……。




「もしもーし。ちょっと、お寝坊かも!」


 誰かに、呼ばれている。無視してはいけない馴染みある声。


「ナマエ〜! 今日七番街スラム、行くんでしょ?」
「…ん…えありす……?」
「あ、起きた?」


 重い瞼を開けると、美麗な顔立ちが視界を覆う。神秘的なエメラルドの宝石がキラキラと輝いていて、手を伸ばす。綺麗と呟けば「もう! まだ寝ぼけてる」とくすくす笑う姿に吊られてながら、体を起こす。いつもより深く眠っていたらしい。


「ごめん、寝過ぎたわ」
「昨日も遅くまでお仕事、してたんでしょ?」
「仕事にしてるつもりはないのだけどね」
「みんなナマエを頼りにしてる、ってこと」
「ありがたい話だわ」


 ベッドサイドに立てかけていた刀剣を手に取る。刃は鞘に隠れている長年の相棒を腰へ提げた。同様にサイドボードに置いていた二丁の拳銃も汚れがないか確認した後、腰のホルスターへとセットする。手入れは昨夜のうちに終わらせているので、後は今日の出番が少ないことを祈るのみだ。


「早くご飯、食べよ!」


 エアリスについて行って階段を下ると、エルミナが「ようやく起きたのかい」と呆れたように腕を組んでいた。椅子を引いて定位置に座り、皆で食卓を囲む。


「わたし、八番街までお花売りに行ってくるね」
「せめて私が戻ってからにしてちょうだい」
「もう! ナマエ、心配しすぎ」
「し過ぎて損することはないでしょう」
「石橋、叩きすぎて進めないよ?」


 ぷうと頬を膨らませる。空気を含んだ柔らかい肌を指で押すと、もうと可愛らしく怒られた。一足先にご飯を食べ終え、今日も美味しかったと感想を告げて席を立つ。


「もう行くわ。何かあったらすぐ連絡すること。いい?」
「はーい!」
「……渡した端末はどこへやったのかしら」
「え? ……えっとー……部屋、かも」
「エアリス……」


 首を左右に振る。エアリスはしっかり者に見えて抜けている所があるから、やっぱり心配で仕方がない。ただでさえ古代種の生き残りとかで、タークスからストーカーに遭っているというのに。


「非常事態にはすぐさま連絡! 分かった?」
「うん。ナマエも無茶、ダメだからね」
「遅くならないようにするわ」

 
 木製の扉を開いて朝陽を拝む。鼻を通過する空気はスラムの中でも澄んでいる方だ。恐らく、周りに咲く花々たちのお陰。
 エアリスから教えてもらった七番街までの近道は、かなり重宝している。モンスターこそいるけれど大した敵じゃないし、むしろ人が少ないお陰ですいすい通れるから楽だった。暫く歩き続けると、同じスラム街でも五番街とは異なる風景が歓迎してくれる。


「ナマエさん! 後でウチに寄ってくれないかな?」
「分かったわ」
「ナマエちゃん久しぶりねぇ、元気だったかしら」
「お久しぶりです。相変わらずこの通りですよ」


 本日はお目当ての扉を開くと、奥のカウンターにいた店主が振り返る。長い艶やかな黒髪が揺れて、丸い女性らしい瞳が弧を描いた。


「ナマエ! 待っていたの!」
「おはよう、ティファ。調子は如何かしら?」
「上々ってところ! もうすぐジェシー来るから、ここ座って。朝食は食べた?」
「ええ」


 カウンターに腰を掛けると、ティファが水を出してくれる。最初はぬるめにしてくれるのが優しいところ。いきなり冷たいものを流し込むのは、胃に悪いもの。


「実はね、ナマエに紹介したい人がいるの。また明日、会えないかな?」
「構わないけれど、どなた? もしかして、ティファの恋人かしら」
「ちがうちがう! 同郷の知り合いなの」
「ニブルヘイムの?」
「うん……」


 ティファから、ニブルヘイムは焼け焦げたという話を聞いていたけど、生き残りの知り合いがいたならティファにとっても心強いだろう。少なくとも、多少メンタルを支えてくれる人間であってほしい。こんなに彼女は頑張っているのだから、少しは報われないと。


「分かった。時間は今日と同じでいいかしら」
「ありがとう。お願いね」


 小さく頷くと、勢いよくセブンスセブンの扉が開かれる。一つに結った髪を揺らして、ジェシーが手を振った。


「おっはよーナマエ! 待たせちゃった?」
「今着いたところよ」
「わ、それ男が言うセリフ!」


 隣のカウンター席に座ったジェシーは歯を見せて活気ある笑顔を浮かべる。


「今日頼みたいのはね、明日交換するのに必要なJSフィルターの作成なんだ」
「明日? 随分在庫が厳しいじゃない」
「材料揃えるのにちょっと、ね」


 気まずそうに頬を掻く仕草に、材料の問題ではないのだと察する。真相を突き止める必要もないため快く承諾をすると、ジェシーはやったと両手を万歳した。


「じゃ、行こ行こ! ビッグスとウェッジも待ってるの!」
「二人も手伝ってくれるの? ビッグスはともかくウェッジは器用そうに見えないけれど」
「あはは、違うって。二人ともナマエに会いたいってだけ」
「あら光栄。ティファ、また帰りに寄るわね」
「うん。遅くなりそうなら昼食届けに行くね」
「助かるわ」


 ジェシーと共に武器屋を通過して階段を上ると、フェンスの奥に二人が座っていた。楽しそうな空気の中へ飛び行ったジェシーによって、視線が集中する。小箱に腰を掛けていた二人がわざわざ立ち上がって歓迎してくれた。


「よ、ナマエ。今日もご苦労さん」
「お久しぶりッス! この間はお世話になりました!」
「二人が平和そうでなによりだわ」


 早速ジェシーと一緒になってフィルターの作成に入る。作成といっても、材料さえ揃えば組み合わせるだけで難易度は高くない。ただ、使用者がこんなスラムだからこそ多くて、数が必要なのよね。


「なんだか落ち着きがないわね。特にウェッジ」
「うえ!? そ、そうスか!?」
「……ふふ。昼食ならティファが届けてくれるらしいから間食は厳禁よ?」
「らっ、ラジャー!」


 ビッグスに小突かれている様子に口元が緩む。いつも通りを装っているつもりでも、ビッグスだって落ち着きがない。近いうちに何かしら控えているのだと予測はついた。


「ナマエって、今日はずっと七番街にいるの?」
「どうかしら。アイテム屋さんには寄ってほしいって声を掛けられているわ」
「あいつかよ……。アレ、絶対にナマエを狙ってるぜ。デートのお誘いかもな?」
「冗談は止してビッグス。きっと物資の搬入を手伝ってほしいのよ。前もそうだったもの」


 ビッグスとジェシーが顔を見合わせて、肩を竦め合った。どうやら二人の間で何かが通じ合ったらしい。おあいにく理解はしてあげられないのだけれど。
 フィルターの作成は喋りながらでも順調で、むしろテンポよく話しているから飽きることもなくテキパキと熟すことが出来た。仕上がりの梱包は暇そうな男性陣に頼んで予想よりも早く終える。ティファが来るよりも、こっちから顔を出した方が早いくらいだった。


「お? おお!? ナマエじゃねえか!」
「あらバレット。おはよう」
「おはようにはちぃと時間が遅いけどな!」


 大人二人分はありそうな巨大な体躯。隆々とした筋肉に、片腕が銃へ置換されているバレットは、いつ見ても迫力満点。サングラスをかけているせいで威圧感もアップしていて、愛娘へ向ける表情をもっと出せばよいのにといつも思う。


「丁度良かったぜ。これからモンスター退治に洒落込むんだ。来るだろ!?」
「声デッカ……」
「ご一緒しようかしら。ランチ前の肩慣らしになればいいけれど」


 立ちあがって首を回す。ひたすら下を向いて作業をしていたし、凝り固まった筋肉をほぐす準備運動として最適かもしれない。


「っても、今日は持ち合わせが少なくってよ。モンスターから奪ったアイテムと金が報酬ってのはどうだ?」
「報酬だったら要らないわよ。全部バレットが役立ててちょうだい」
「は――……ったく、この余裕ってのも見習ってほしいもんだぜ、あいつにもよお!」

 
 あいつ? と首を傾げるとバレットは慌てて髪を掻きながら、「なんでもねぇ。さ、行くぜぇ! 今夜のために体あっためねえとなぁ!!」と鼓膜を震わせながら大闊歩する。ジェシーは出来上がったフィルターをセブンスヘブンまで届けに行くらしい。ビッグスとウェッジは私たちに同行してくれることになった。


「ま、俺らの力なんて要らないだろうけどな」
「あら。謙遜しないで。二人の援護射撃期待してるわ」
「が、頑張るッスよー! 腹を空かせた後は、最高に美味しいランチが待ってるッスから!!」
「そうそう、その意気よ」

 


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