Protect you. | ナノ

13


 古留根尾、と豪華絢爛に描かれた屋敷の門を開く。奥には門番が三人。うち一人と目が合うとぎょっと帽子のつばの下で動揺を浮かべた。


「な、なんであんたがここにいる――!?」
「知り合いっすか? レズリーさん」
「やっ……ま、まあ、そうだ」
「うっわーこんな美人とどこで知り合ったんすか! こりゃコルネオさんも喜びますよ!」
「今回のオーディションは接戦間違いなしっすね!」
「彼女は、違う。その――いいから、少し下がっていろ」


 左右にいる男は私のことを知らないらしい。レズリーが無理やりながらにも二人を遠ざけてくれた。これで話しやすいわね。腰に手を当ててレズリーと向き合う。


「事情があって来たの。早速だけどレズリー、オーディションに参加予定のティファは私の友人よ。解放を求めるわ」
「無理だ……。あんたなら良く分かってるだろ」
「じゃあ推薦状を貰ったていで、中へ入れてくれないかしら」
「それこそ無理な相談だ」


 レズリーはつばを下げて重々しく息を吐いた。


「だいたい、なんで来たんだ……。これじゃ、あんたを逃がした意味がなくなる」
「逃がした? どういう意味だ」


 左右から鋭利な威圧が襲い掛かる。肩を竦めて誤魔化して「今はティファ、でしょ?」と返す。レズリーに再度依頼をすると、大きくため息を吐かれた。そりゃ申し訳ないって思ってはいるけど……。


「推薦状があれば、オーディションに参加できる?」
「ああ」
「エアリス」
「ティファを助けないと。どうやったら貰えるの?」
「代理人に貰うんだ。コルネオさんの好みを熟知した三人がいる」


 チョコボ小屋のサム。手揉み屋のマダム・マム。ミツバチの館のアニヤン・クーニャン。この三人のいずれかから推薦状を貰えばオーディションに参加が出来る。


「全員ひとクセもふたクセもある連中だ。推薦状は恐らく簡単じゃあない」
「……分かった。あまり迷惑掛けられないものね。推薦状持って出直すわ」
「っおい、ナマエは駄目だ!」
「あら、気付かれなければいい話よ。そうでしょ?」
「……知らないからな……」
「ええ」


 コルネオの屋敷を出ると、外を見張っていた男たちから好奇の眼差しを向けられる。軽くウインクでも飛ばしてサービスしてあげたらクラウドに腕を引っ張られた。地味に力が強い。しかも橋の上ではジョニーが待ち構えていて、ティファを助けるためと走り去ってしまう。まあジョニーには100%無理だろうから、放っておいても問題ないわね。


「ナマエ聞かせろ。コルネオと何かあったんだろ」
「私も知らない! 忠告とか、逃がしたとか……危ないことしたでしょ!」
「危ないって言うか……うーん……」
「話すまで腕はこのままだ」


 それだと歩きづらいし、咄嗟の時動けないのだけれど……。


「簡単に言うと、ちょっと揉め事を起こしてコルネオの下へ運ばれそうになったの。そこを皆に助けてもらったのよ。こっそーり、ね」
「簡単すぎだ」
「今は時間が惜しいわ」
「あんた、帰った方が良いんじゃないのか。コルネオの部下にまで気遣われてる」
「帰るわけないでしょ? そんなことより、ティファの方が大事。行くわよ」
「あ、おい!」


 クラウドの手を離して、先に歩む。正直サムはアテにならない。あの状況から見るに私もエアリスも推薦してくれるとは考えられない。ならアニヤンかマムだけど――


「……アニヤンにさえ会えればもしかしたら……。ああ、マムも助けてくれるかしら。でもマムに会ったら絶対に怒鳴られる……けどそんなこと言ってられないわよね。……まずはアニヤン。うん、ダメだったらマムにしましょう。そうしましょ」
「ねえ、ナマエ」
「エアリス。今回はクラウドの傍に居て絶対に離れないでちょうだい。私が推薦状取って参加するから心配しなくてもいいわよ」
「ナマエ。ダメ。一人、危ないこと、もう止めて」


 手を、両手で包まれる。エアリスの眉が下がって、瞳が揺らいでいた。こんな表情なかなかしないのに、どうして。口に出していた単語がぽろぽろと宙へ消えていく。


「ナマエのこと、心配する人もうたくさんいる。自分を犠牲にしたら、他の人、悲しむ」
「エアリス……」


 その顔をさせたのが自分だと気付いた頃には、胸が締め付けられた。エアリスだって、自分を犠牲にしているくせに私のことばっかり気に掛けて……その優しさが酷く嬉しくて、でも同時に辛い。エアリスの心を支えられていないと突きつけられている気がする。まだ、私にはその権利がないのかと考えて自己嫌悪に陥ってしまう。私じゃ、ザックスの代わりにはなれないんだ。


「守りたい気持ち、わたしも一緒。だから、ね?」
「……あてがあるの。今から向かうわよ」
「ナマエ……」


 蜂蜜の館へ赴いたものの、結果としてアニヤンに会えなかった。私の名前を伝えてもらおうとしたら「今は席を外しておりまして」と断られる。私のことを知っていたのか、はっと目を丸めるものの平常心で対応してくれたのは助かった。レズリーの動揺具合は怪しまれるし。


「あれ、なんかあの女の人、なぁんか見覚えあるぞ?」
「え〜? ちょっと、浮気ぃ?」
「いやいやそうじゃなくって!」
「はぁ?」
「やっぱり覚えあるって! ほら、確か――」


 外がざわつく。


「なあ、あんたのこと言われてないか?」
「なんのことだかさっぱりね。さ、ついてきてちょうだい」


 足早にマムの手揉み屋へ向かう。人の波に紛れていればバレないと思っていたけれど、意外と見ている人は見ているらしい。

 手揉み屋の扉を開けようと手を掛けた途端、自動ドアじゃないはずなのに勝手に荒々しく開かれてマムの怒鳴り声にジョニーが追い出された。この怒声が自分へ向くと思うと気が重いけれど、ティファのため。
 息を深く吐き出す。足音に気付いた着物を着崩した女性がくるりと振り返り、私を視界に入れるや否や手にしていた扇子を突き立てた。


「あんたナマエかい!? バッカ! 何しに来たんだいとっととケツ向けて帰んな!!」
「まっマム、シーッ! バレるでしょ!?」
「バレるも何もあたしがどんだけ苦労してあんた逃がしたと思ってんだい!! だいたいねぇ、人が出した手紙にろくな返事も寄越さない不幸モンと話すことなんてありゃしないんだよ! 分かったら見つかる前に布団に丸まって寝てな!!」


 ああ、やっぱり怒ってる――!


「そ、その頃は拠点何ヵ所かあったから、手紙すら届いて――」
「言い訳なんていらないんだよ!!」


 両手をあげて私が悪かったとアピールをすると、マムから深い、深くも重々しい溜め息が零れ落ちる。畳まれた扇子でぺちんと額を叩かれた。


「……ほんと、心配したんだよ」
「……ありがとう……」


 で? とマムが再び扇子を広げる。呆気に取られているクラウドとエアリスに中へ入るよう指示を出して、店の戸を閉めた。


「ナマエが連れてきたってことは、客じゃないんだね」
「知り合いがコルネオのオーディションを受けることになったの。どうしても助けたい。だから、マムの推薦状が欲しいのよ」
「はぁ? あんたが受けるのかい」
「あの、わたしも受けます!」
「エアリスはダメよ!!」


 ぎょっとした。エアリスは拳を握って真摯な眼差しをマムへ向けている。どうやら本気らしい。


「もう決めたから!」
「こら、エアリス! 言うこと聞きなさい!」
「わたしのお母さん、ナマエじゃありませーん」
「エアリス……!」
「へぇ…………ふぅん?」


 マムの視線がエアリスの全身を舐め回すように観察する。先程のマムの勢いに圧されているせいか、途端覇気が消えていく。それはクラウドも同じようで、口を閉ざしたままだった。


「ウチは手揉み屋やってんのさ。手が疲れてりゃろくな金勘定もできやしない。それを揉んで、揉んで解してやんの。いくらナマエの頼みとは言ったってねぇ」
「そこをなんとか! ほら、困ったことがあったら力になるし」
「十分力になってもらったよ。……そうだねぇ、あんた、名前は?」
「クラウド・ストライフ」


 何故か、マムの視線がクラウドへ向かう。短く応えた名前。ファミリーネームを知らなかったから新鮮に聞こえた。手を出すよう要求され、マムの指先がグローブ越しにツボを圧していく。そういえば、あのグローブの素肌を見たことない。当然といえば、当然だけれど――どんな手、しているのだろう。


「戦う男の力強い……それでいて、しなやかな手。いいわ、クラウド。あんたが誠意を見せなさい。話はそれから」
「マム! お願いだから、クラウドには優しくお願いするわ」
「なんだい、あんたの男かい?」
「ち、違うわよ! …この後動けなくなったら、困るの」
「? 心配いらない。待ってろ」


 クラウドの腕前に気が付いちゃった? マムは楽し気に口角を上げて艶やかに笑って見せる。揉みのコースは当然惜しむことなく極上。それが殊更マムの機嫌を良くした。奥の部屋へと案内されたクラウドを見送って、小さく息を吐き出す。


「ねえ、ナマエ」
「ん? どうしたのエアリス」


 二人きりで待っている間、エアリスは胸の前で手を組んでいた。気まずそうに逸らされた視線に首を傾げると、可愛らしい唇がゆっくりと開かれる。


「わたし、ナマエのこと、大好き」
「突然なあに? 私も大好きよ」
「うん……。好きな人が、傷付いたり、無理してる姿、見たくない、よね?」
「そうね。私もみたくないわ」
「……ナマエの気持ち、わたしも同じ。……伝わる?」


 不安げに揺らめく表情に、肩の力が抜ける。エアリスの純粋な心配は確かに伝わっていた。あれだけ手を握り締められて訴えかけられたら、当然だ。


「ザックスの代わりじゃないんだよ」
「え――……」
「ナマエは、ナマエ。わたしの大好きな親友。だから、あの人のためにって重荷、背負わないで。一緒に、わたし、ナマエと一緒に時間を過ごしていきたい。ナマエが、わたしを救ってくれているの」


 真摯な眼差しに言葉が出てこない。視線を彷徨わせていると、再び手を掴まれた。たくさん人を傷つけて、大切な旧友を守る事さえできなかった掌を、エアリスは赦してくれている。自己嫌悪していた自分が、バカらしくなって瞼を閉じた。ゆっくりと口元から笑いに震えた空気が吐き出されると、エアリスから安堵の空気が伝わってくる。


「分かったわ。……ごめんなさい」
「ううん、嬉しい! これで、仲直り?」
「喧嘩してないわよ」
「でも、心、また近付いた」


 嬉しそうに目尻を垂れる姿に、エアリスの頭を撫でる。こういったスキンシップがまるで昔のことのように思える。数日間でいろんなことが起こり過ぎた。私の気も、張り詰めていたのかもしれない。


「あなたはザックスの大事な恋人以上に、私の大切な存在でもあるの。守りたいのよ」
「わたしも、ナマエを守りたいから」
「ふふ、ありがとう。気持ちだけ、受け取っておくわ」
「む……! これはまだ、伝わらない?」


 十分伝わっているわ、と微笑めば不満そうに口を尖らせる。膨らんだ愛らしい頬を突くと、ぷはっと年相応の笑顔が咲き誇る。この笑顔、これを私は守りたい。危険な目に遭っても、傍で。


「ねえ、オーディション考え直すつもりは」
「ないっ!」
「……はぁ」


 頭を振る。どれだけ止めてと懇願してもエアリスが一度決めたことを曲げる娘じゃないのは良く知っている。であれば、別の方法でなんとかエアリスに危害が及ばないように努めるしかない。どうしたものか、なんて考えていると、奥から音が聞こえた。どうやら施術が終わったらしい。


「あ、クラウドお疲れ! ……クラウド?」
「…………うん?」
「……? どうかしたの?」
「……いや……」


 奥の部屋から出てきたクラウドは、足元が少々覚束ない様子だった。エアリスが何度声を掛けても、上の空。瞳はとろんと蕩けていて何処か遠くを見つめている――マムの手腕にしっかりと落ちたらしい。クラウドまでも落としたことに敬意を表するべきか、はたまた落ちたクラウドに非難の目を向けるべきか。
 するりと壁を撫でながら寄り掛かったクラウドは、艶のある吐息を吐き出した。エアリスがマムと話をしている間に、そっと近付く。


「ねえ、頭、正常に回ってる?」
「……ナマエ」
「っな、なに……」


 熱い、熱に浮かされた吐息でナマエを呼ばれて、ぞくりとした。悪い意味じゃない。むしろねっとりとした艶やかな声色に、体の奥が震えたのだ。


「……あんた…可愛いな」
「はっ!?」


 突拍子のない発言に情けない声が飛び出る。エアリスとマムの視線が向いて慌てて首を横に振った。二人は再び話に集中してくれて、ほっと一息つく。まさか、クラウドの口からか……可愛いなんて、出るとは思わなかった。しかも、わ、私?


「…俺より、…あんたの眼の方が、綺麗だ…」
「ちょ、ちょっと大丈夫? やられるにしたって限度があるわよ」
「……いやか?」
「いや、じゃ……ない、けど……」


 顔がぼうっと燃え上がっているんじゃないかってほど、熱い。クラウドが口を開くたびに漏れる吐息が、女を刺激する。蕩けた艶やかなターコイズブルーに、こっちまで溶けてしまいそう……。


「……あんたのそういう顔、…もっと見たい…」
「…ぁ…ぅ……」


 伸ばされた手が、頬に触れる。どくんと跳ね上がった心臓は飛び出しそうな勢いで拍動を高鳴らす。唇が震えて、言葉が紡げない。どうすればよいのか分からず、かといって艶美な眼差しから背けることすら叶わない。

 頭が、痺れる。


「そこまでしろとは許可してないよ!」
「うあ!? ……った、なんだ?」
「……クラウド?」
「ん? どうした」
「……ええっと……」


 マムの扇子がクラウドの額に当たったと同時に、クラウドの瞳に光が戻る。いや、なかったわけじゃないんだけど――艶が、消えたというか……。マム、何したの?


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