そして、飛躍していく | ナノ

そして、飛躍していく

広大なキャンパス。
左右に植えられた緑林が暑い日差しも緩和して心地が良い。目的地であるカフェテリアへと到着して左右を見渡すと、見知った顔がこちらに手を振っていた。注文を済ませて席へ着く。

「お待たせ、三井。早いわね」
「4限なかったからな」
「こっちはフルコースよ」

待たない間にもグラスが届けられた。中に入っている抹茶ミルクに口を付けて、ようやく落ち着ける気がした。カバンに入っていたファイルを取り出して、ちらりと三井に見せる。

「じゃん! 935点! 表彰状も届いたのよ!」
「おお、凄ぇ! お前本当に日本人か!?」
「日本人だから尚更頑張っているんじゃない」

ファイルをカバンにしまいながらナマエは嬉しそうに微笑んだ。英語の力を試すために試験を受け続けてようやく、自分の目標ラインへと達しつつあるのだ。もう少し高めたい気持ちを抑えながらも、これなら世界へ通じるかもしれない。

「てっきり誘ったから、同じ大学来たもんだと思ってたんだけどなぁ。今やバリバリ楽しんでんじゃねーか」
「三井の言葉もきちんと届いてたわよ」
「嘘つけ」
「本当よ」

ナマエは今、三井と共に同じ大学へ進学をしていた。こうして肩を並べて早いもので既に3年も経過している。

「ここが国際分野に長けているって教えてくれなかったら、もっと悩んでいたと思う」
「決め手は違うだろ? ん?」
「……」
「お前、素直だよな」

呆れたような瞳でこちらを見てくる三井に、ナマエははにかむ。結局彼女の中心にはあの男がいるのだろうとつくづく感じさせた。不思議と長い縁で、こうして付き合ってきて大学生活も学科は違えど同じ時間を共有することが多い。三井が続けるバスケ部の練習試合にもよく顔をだすことがあった。そのせいか周りからは三井とナマエが付き合っているのだともてはやされた。が、三井からしてみれば勘弁してくれだ。

「で、アイツと連絡は取ってんのか?」
「……手紙が、…2年前に届いたっきりかしら」
「相変わらずだなぁ。そんなんで、良く関係続くよな」
「私もちょっと驚いているのよ」

この場所にいない男のために、牽制しているようなものなのに。

「……不安になることだって、あるけれどね」
「目赤いからバレバレだったぞ」
「バレバレ!?」

慌ててポーチから鏡を取り出して目元を確認するナマエ。過去形で言っただろと笑う三井に、ぐっと睨みを利かせてナマエは誤魔化すように小さく咳き込んだ。そして気まずく視線を逸らして、不意にカバンの中から端末を取り出す。大学生活を迎えて落ち着いてから買った端末に何気なく目を落として、ぎょっと目を丸めた。

「……嘘」
「あん? どうした。遂に浮気報道でも流れたか」
「ばか、違うわよ! これ、見てちょうだい!」
「ったく、なんだよ……どれどれ」

思わず立ちあがって三井に画面を見せつける。そこには、流川楓の帰国を報せるテロップが大々的に表示されていた。三井もまた同じように目を見開いて、詳細を確かめようと画面を近づける。
その瞬間に、食いついていた端末があらぬ方向から取り上げられた。釣られるようにして見上げると

「あ?」
「あら」

大きな影に三井とナマエは更に瞠目する。そこには、眉間に皺を寄せた話の中心人物がいたのだ。

「……2人で、何してんすか」
「流川!? お前なんでいんだよ!?」
「だって、帰国は明日だって!」
「うるせー奴らに出迎えられんのはごめんだから、嘘ついた」

暫く見ないうちに、更に大きくなったのではないだろうか。伸びてきた腕も逞しくなって、肌も少しだけ焼けている気がする。じんわりと、じんわりと涙腺が緩んできて、ナマエは堪えながら流川を見上げた。

「流川」
「うす」
「……おかえりなさい」
「……ただいま」

少しも笑顔を浮かべない流川があまりにも変わっていなくて、ナマエは笑みを深めた。流川はそんなナマエをじっと見つめ、見つめ、見つめ、ようやく視線を隣へと落とす。一息ついて落ち着いた三井が頬杖をついていた。何故かにやりと口角を上げている三井を無表情で向き合い、何も告げることなく視線を逸らす。おい、という声を無視して、ナマエの手首を掴み歩き出した。

「え、ちょっと待って流川! 私この後も授業が……!」
「サボれ」
「おーい流川、ちょっとは俺に感謝しとけよー」

颯爽と現れた男に、見事にナマエは連れ去られるのである。周囲の注目を浴びながら、ナマエは午後の講義を休むと同じカリキュラムに参加するメンバーに連絡を飛ばした。


 * * * 


ナマエが目を覚ました時には、流川の腕の中にいた。掛けられた毛布が肌を擽る。瞼を閉じて規則正しい寝息を立てる流川は、本物だった。ナマエが頬を撫でれば、ぴくりと身体が反応しただけで、その瞼が開かれることはない。

「……ふふ、ほんものだ」
「たりめーだろ」
「あら、起きてたの?」
「今起きた……くぁあ……」

と思えば瞼が開いた。鋭い瞳は変わっていない。精悍な顔つきになったなぁとナマエはそのまま頬を撫でる。時折目を細める所が、まるで猫のように映った。

「かっこよくなったわね」
「む? よく分かんねー」
「向こうでの活躍、こっちでも放送されてたの。今更かもしれないけれど、入団にスタメンおめでとう」
「……さんきゅ」

少しだけ綻んだ表情に、どれだけ本人が嬉しいのかが伝わってきてナマエまで笑みが零れる。流川は、夢を確かに手にしている。しかもそれだけで満足していないんだと、この短時間で伝わってくるのだから凄い男である。

「今はどこに住んでいるの?」
「ボストン。日本に留学してた人がオーナーのアパート借りてる」
「そっか。ご飯もしっかり食べてる?」
「日本のレストランもあるから、よくそこ行ってる。向こうは味が結構濃いぜ」
「アメリカは、楽しい?」
「ああ」

そっか。とまた呟くと、次は流川の手が伸びてきた。頭に重みが来たと思えば、そのまま頬を伝い、指先が唇に触れる。途端、ナマエの脳内に先程までの行為がフラッシュバックして、ほんのりと頬が赤く染まった。

「ナマエ」
「……うん」

名前を呼ばれるだけで胸がくすぐったくなった。そんなナマエへ流川は口付けて、唇を重ねたままナマエを見上げる。瞳が、未だ劣情を宿していてナマエは視線を逸らした

「流川は、」
「また戻ってんぞ」
「あ……やだ、癖になっちゃって」
「また言わせるか」
「わわわ、こら、どこ触ってるの!」

肌を擽る手を叩き、ナマエは唇を尖らせる。ずっと苗字で呼び続けていたせいで、いざ名前を呼ぶのがどこか恥ずかしい。情事の時にはそれどころではなく、言われるがままに出来ていたが、冷静になればやはり、恥ずかしかった。

「えっと……楓は、いつまでこっちにいるの」
「ちっ」
「舌打ちしない」
「1週間」

1週間か。あっという間である。少しでも長くいたいなとナマエは、流川の指を弄りながら考えていた。せっかくならどこか出掛けたいが、疲れているであろう身体には酷であろうか。それに、自分の授業は大丈夫だっただろうかと、いろいろ考えてしまう。打ち消すように、また口付けが降りてきた。

「ここ泊まるから」
「それはいいけど……実家帰らなくていいの?」
「明日顔出すし、いいだろ」

流川の親には申し訳ないが、少し、というよりだいぶ嬉しい。ナマエは口元を緩ませながら、弄っていた指を引き寄せて頬に寄せた。流川の目が細まる。

「寂しかった?」
「……アナタ、そういうこと聞く人だったかしら」
「いつもよりスゲー甘えてくるから。さっきも、積極的だった」
「っもう! ……だって、一度も帰ってこなかったからじゃない」
「……悪い」
「ううん。旅立つ時に行ってたから、覚悟してた」

向こうで成果を上げるまでは帰ってこない。それが、流川が渡米を確定させたときに告げてきた言葉だった。何度不安に駆られ、何度心配したかは覚えていない。ただ、目の前に好きな人がいる喜びをナマエはひたすらに噛み締めていた。

「ナマエは、準備できたか」
「少しずつね。後1年で卒業よ」
「長ぇ」
「今度は、楓が待つ番ね」

小さな舌打ちが聞こえてナマエはくすくすと静かに笑う。あれだけ進路や将来に迷っていたナマエだが、大学生活や流川の渡米を通じてようやく見えてきた。希望する進路に受かるかは残りの努力にかかっている。

「……待っててくれる?」
「誰に言ってんだ、どあほう」

ゆっくりと、再び口付けを交わして額を合わせ合う。例えようのない幸福感に包まれながら、ナマエは流川の首元へと腕を回した。

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