ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで | ナノ

ハマのヤ●ザと女医が同棲するまで

# 番外01

 碧棺左馬刻は、所謂裏の人間だ。警察とも揉め事を起こすことは珍しくなく、決して綺麗な人間でもない。けれど何故か、彼は民間人に慕われていた。

「左馬刻さぁん、この間はありがとうございました!」
「おー」
「左馬刻さん、これウチの妹からッス。あざした!」
「あ? 俺様に渡す余裕あンならてめぇらで食っとけや」

 歩を進めるごとに、店内から人が出てきては声をかけ。駆け寄ってきては頭を下げてお礼を述べ。はたまた崇拝するかの如く捧げ物を贈っては感謝の意を表す人もいる。
 この人、ヤクザなんだよね? と懐疑してしまうほどに、彼は愛されていた。

「お、若さんじゃねぇか。今日はいい魚仕入れてんぜ!」
「マジか。どうすんよ?」
「えっ?」
「あ? 聞いてなかったんか」
「いや、聞いてはいたけれど……」

 突然話を振られて呆けた母音が溢れる。人の流れを観察していたはずが、気が付けば街中の視線を集めていたらしい。左馬刻だけではなく、隣に立つ自分にも集中している。さまざまな羞恥に視線を逸らしてしまえば、お気に召さなかったと勘違いをさせてしまったようで。

「今日の姫サンは気分じゃねェらしい。また来るわ、おっさん」
「ははっ。いつだって新鮮なの取り揃えて待ってるぜ」
「え、あ、ごめんなさい……!」
「いやいや。また来て下せェ、嬢ちゃん」
「だってよ、嬢ちゃん?」
「左馬刻くんは年下でしょ」
「へーへー」

 道なりに沿って目的地へと歩む。所々でやはり声を掛けられ、落ち着いたものではかった。それでも、これが彼の慕われている証明なのだと認識してしまえば、何故か胸が擽ったくなる。

「……つまんねぇか」
「え?」
「さっきから下向いてばっかだろ」

 視線は前を見据えたままだが、暴言を吐く唇は拗ねたように尖っている。どうしてこんな表情までできるのか、これだからこの男には適わない。自然と溢れる微笑みを浮かべながら、首を横へと振った。

「違うの。左馬刻くん、皆に愛されているんだなぁって思って」
「は? 誰が誰にだ。きめぇこと抜かすな」
「ふふ、素直に喜べばいいのに」

 知らなかった。碧棺左馬刻のことを何も。
 出会った頃から、彼が有名人であることも理解していなかった。ディビジョンバトルのことも、彼の抱える世界のことも。暴力的なのに、どこか不器用な優しさを兼ねていて―きっと、奥に秘めされた輝きに惹かれたのだ。

「つーか、なんであいつらに会いに行かねぇとなんねェんだよ」
「お礼しないと。たくさん助けてもらったんだもの」
「呼び出しゃ済むことだろ」
「お礼するのに呼び出す人がいますか」
「ハッ。どーせあいつら暇だかんな。すぐ来るぜ」

 ウサちゃんなんか、ぴょーんってな、と続いた言葉。冗談にしても、こんな発言が耳に入れば銃兎の怒りが目に見える。小さく嘆息して、肩をすくめた。
 藍色が美しい暖簾を潜ると、和服に身を包んだ年配の女性が奥から笑顔を携えて現れる。名前を確認された後、二人は個室へと通された。そこには既に彼らが座していた。

「今日はお招きありがとうございます」
「ふむ。大分体格も戻ってきたな。むしろもっと食べて鍛えると良い」

 彼らに落ち着いて会うのは久しぶりで、心が温まる。一時の付き合いだったが、濃密すぎる時間を過ごした人たちなのだ。
 だからこそ、きちんとした形でお礼をしたかった。

「ここ、私のお気に入りのお店なんです。皆さんに味わってほしくて。本当にこの度はお世話になりました」
「左馬刻から連絡が来たときは何事かと身構えましたが、私たちは当然のことをしたまでですよ」
「その通りだ。小官らと出会えたのも、何かしらの運命というヤツだろう。気に病むことはない」

 呆れることもせず受け止めてくれる二人に瞼を閉じる。当たり前のように隣へ腰を下ろした左馬刻は、そんな様子を横目で映した後はっと鼻を鳴らして「だから言ったろ」と頬杖を突きながら言葉を放った。
 彼らのお陰で今の自分があり、そして隣には彼がいる。いつまで続くかも定かではない関係だからこそ、思いを体現化させて伝えたい。医師をしている身である故の考えかも知れないと、口角が自然と吊り上がった。

 次から次へ運ばれてくる料理を平らげていく。細身である左馬刻の食欲旺盛な姿は知ってはいたものの、同じく痩躯な銃兎も胃袋が大きいのかガツガツと、それでいて綺麗な作用で口へ運んでいく。理鶯に関しては、想像通りである。

「おら、これも食っとけ」
「はいはい。左馬刻くん好き嫌いしないの」
「あ゛!?」

 皿に置かれたのは、ニンジンのグラッセ。和を印象付ける店舗だが和食以外にも洋食も取り扱っており、しかもどれもが絶品だ。初めて連れてきてもらった時から惚れたお気に入りのお店。そんなお店のグラッセを、大皿から取って左馬刻の皿に置く。隣からぎゃんぎゃんと声が届いたが、食べず嫌いはもったいない。

「はは。二人とも、いやしんぼうさんだな。頼めばまだ出てくるのだろう」
「いえ、理鶯。あれはそういうことではありませんよ」
「? そうなのか?」

 こうして皆で会うのは数回だけなのに。初回なんてとても残虐な気持ちにさせられたのに―どうして、こんなに楽しいのだろう。左馬刻によって置かれたグラッセを口に含み、美味しさを噛み締めながら、幸せを呑み込んだ。

「ん〜美味しい!」
「だったらたらふく食えや」
「左馬刻くんも食べなさい。何ならお口に入れてあげようかしら?」
「あ!? いらねーわ!! 食えるわ!!」

 ほぼ咀嚼しないまま飲み込んだ左馬刻に、酒を口にしながら楽しそうに口元を歪める銃兎。大きな弧を描いてメニューに目を輝かせる理鶯。そんな、ほのぼのとした空気に心が穏やかになる。
 やはり、呑み込んだ幸せはここに広がっていた。

「さすが、左馬刻の扱いはお上手ですね」
「本当ですか? ありがとうございます」
「全身で美味を表現する左馬刻は、中々見られないだろう」
「悶えてますからね。さぞや、美味しいのでしょうねぇ」
「〜〜ブッ殺すぞてめぇら!」
「ほら、背中丸めてないでお水飲んだら?」

 和気藹々とはまた違うが、和やかである。
 しょんべんだと、上品な料理を目の前に左馬刻は立ち上がり席を外してしまった。きょとんと目を丸めて、その背中を負う。障子の奥へ消えていった姿にゆるりと眉が下がった。

「苛めすぎちゃったかな」
「いや、ヤツにはいい薬ですよ」
「小官は楽しいぞ。左馬刻も同じであろう」
「ふふ。だと良いのですけれど」

 助けを求めるように目の前の二人に視線を向けるが、彼らは目じりを垂れて酷く楽しそうだった。安心したようにグラスを手に取る。彼らが言うのだから、違いないだろう。

「安心しましたよ」
「え?」
「左馬刻と、上手くやれているようですね」

 眼鏡越しの視線は、まるで保護者のような色だった。確かに、左馬刻との距離が大きく開いた際、可能な限り傍にいてくれたのは銃兎である。そして理鶯もまた、身を案じて周囲の警備に食料調達、情報収集にと動いてくれていた。
 相当、二人に心配をかけてしまっていたのは事実だった。

「一切の溝を感じさせない。どちらも自然体でいて、信頼しきっているのが分かります」
「それは……お二人だってそうではないですか」
「小官らは同じ土俵で戦う仲間だ。信頼がなければ成り立たない」
「貴女と左馬刻とは、また違いますよ」

 とくんと心臓が鳴る。思い出すのは左馬刻と作り上げてきた思い出の数々。艶やかな、且つ情熱的な紅玉を潜ませて、蠱惑的な血色の良い唇から放たれる言葉。そこから触れ合う熱。過れば過るたびに顔に羞恥が集中する。

「真っ赤だな。酒が回ったか?」
「真っ赤ですねぇ。お酒のせいではないでしょうが」
「も、もうよしてください!」

 これでは先ほどの左馬刻の立場になってしまう。顔をぷいっと背けて、グラスを煽った。丁度良く戻ってきた左馬刻が、この空気に片眉を器用に上げながらまた同じ隣へと座る。映る筋肉のついた細腕に瞼を伏せた。

「ンだよ」
「なんでもない。ほら、左馬刻くん飲み物ないけどどうするの?」
「あー来る途中頼んできたわ」

 ついでに肴もな。と寂しくなったテーブルへ視線を落とす。同時にくあぁと欠伸をする左馬刻に対して銃兎は揶揄うように声をかけて、それに鋭い眼光が反撃する。
MTCというグループのことなんて、ほとんど知らなかった。それからいろいろと調べてみて、いろんな噂が耳へと入ってきて。
 けれど目の前にいる彼らは、どれにも当てはまらない。とても人情深くて、強くて、隣に座っている仲間を大事にする人たちだ。

「小官はこれが食べたい」
「今日は左馬刻の財布です。こんなところ早々来られませんからね、食べましょう、理鶯」
「おい誰が俺様の財布だって? てめぇらで割り勘だろーが」
「こら! 私のおごりだから!」
「おやおや? 左馬刻ともあろう男が、女性に出させるつもりですか」
「だーから、てめぇらで割れっつって! こいつの分は俺が払うに決まってんだろ」
「待って待って! だから私の――!」

 予想以上の料理量が来るまで、そんな会話がぐるぐると延々に続いていた。

 

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夢本の一部より抜粋のため名前変換無し
完結させたもののまだ推敲中です。長い道のり。
ちなみのこの帰路で……………



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