TOX2 | ナノ

XILLIA2

49▽ あなたを知らない、僕

野営場についてからは、ナコルさんの手料理を頂いた。
どうやらココでもナマエさんは料理が苦手らしい。
思わず笑ってしまうと、ナマエさんは恥ずかしそうに微笑んだ。
――僕に向けてくれる笑みとは違う、余所行きの時の表情で。


「明日になれば、町まで送るわ。」
「すみません……。」
「気にしないで、私こそ酷い事してごめんなさい。」


大丈夫?
少しだけ眉を下げて、心配そうな顔をしてくれる。

きっと、ナマエさんなら僕の頬に手を当ててくれただろう。
だけれど、この目の前にいるナマエさんは、違う……。
同じなのに、違うナマエさんに、僕は戸惑いを隠せなかった。


「安心して、すぐ町におりられるから。」
「あ、はい……ありがとう、ございます。」
「どういたしまして。」


ナマエさんは、僕たちが迷子だと信じてくれているらしい。
事実、そうであるのだけれど。


「…あ、の…。」
「ユルバン、どうしたの?」


ナマエさんの綺麗な瞳がユルバンさんへと向いた。
控えめに近づいてきたユルバンさんが、僕をちらりと一瞥する。


「……僕はあっちに戻っていますね。」
「ん、了解。」
「……。」


なんだか居てはいけない気がして。
そっと、踵を返す。


「ナマエさん、ナマエさんっ……!」
「んもう、ユルバンってばそんなに怖かったの?」
「だって、ボク、ナマエさんが心配で……!」
「そんなところも可愛いんだから!」
「むぐっ! ぐ、ぐるしぃ……!」
「んふふ、よしよし。」


背後から聞こえてくるその声だけで、どんな状況なのか想像がつく。
ナマエさんにたくさん甘やかせてもらっていたのは僕だけど。
この僕の前に、ユルバンさんがいたと思うと、なんだかやるせない思いになった。


「僕だけじゃ、なかったんだ……。」


思わず零れた言葉に、僕自身が驚く。
これが、僕の本音なのだと思うと……。


「ナマエさん……。」


大好きでやまないナマエさんを、僕は壊さなくてはならない。
ナマエさんたちから離れ、ルドガーたちに近づく。
僕に気付いたルドガーたちが、顔をあげた。


「いいのか、ジュード。」
「うん。……早く時歪の因子を見つけないと。」
「そうね、夜が明けたらどのみちお別れになるわ。」


そうだ、僕たちを町に送ってくれたらナマエさんたちと別れることになる。
そして必ず時歪の因子を見つけて、壊さないとならない。
ううん、もう、見つけているんだ……後は、壊すだけ。


「どーするの……?」
「ナマエさんたちが寝静まった後にしよう。」
「そうね、癪だけど戦いになると厄介だわ。」
「ルドガー、時歪の因子は?」


ルドガーは無言で、視線だけを移動させた。
そこにはナマエさんたちの荷物が置かれている。


「なんだ、お前ら。まだ起きてたのか?」
「ナコルさん……!」
「別に、さんなんて付けなくてもいいんだぜ?」


巡回をしてくる、と言って夕食後に席を外していたナコルさんが戻ってくる。
彼が居ない間に時歪の因子を見つける算段だったけれど、どうやら間に合ったようだ。


「ナコル、聞いてもいいか?」
「あ?」


ルドガーが控えめに視線を先程と同じく荷物への移した。
それを辿って、ナコルさんもまた同じ荷物を見る。


「あれは?」
「――気になるのか。」
「まあ。」


ダガーだ。
ナマエさんが使っていたものとは別の、ダガー。


「……お前たち、これが何か知っているか?」
「知らないから聞いてんでしょ。」
「はは、だよな。悪ィ悪ィ……。」


なんだろう、ナコルさんの様子が少し変だ。
どこか警戒しているかのように目を細めて――いや、僕の気のせい?


「これはナマエのモンだ。」
「え? でもさっき、ベツの使ってたよ?」
「こっちの方が大切だから、あんな使わないのさ。刃毀れしちまうだろ?」
「ハコボレ……?」
「ボロボロになっちまうってことだ。」
「へー。」


うん、気のせいだったんだろう。
エルに説明をするナコルさんの瞳は、優しげだ。


「それにしても、ただのダガーってワケじゃなさそうね。」
「どうしてそう思う?」
「あまり綺麗じゃないもの。刃だけじゃなく全体的に……年代物なワケ?」
「トクベツなんだよ。だから、あんま凝視すんじゃねぇぞ?」
「え?」


少しだけ口角をあげたナコルさんが、エルの頭をポンポンと叩く。


「ナマエにまた、勘違いされたくねェだろ?」
「う、うん……。」
「よし、エルはいい子だな。」
「こ、子ども扱いしないでよね!」


年代物? でも、親から譲り受けたのは真っ赤だって言っていたよね……。
それで、今はビズリーさんのところに置いてあるって。
ユルバンさんの手から一体、どういう経緯でビズリーさんのところへ行ったんだろう。

――夜も深まった刻に、僕たちは静かに動き出す。
ナマエさんたちと戦うだなんて、やりたくない。
今までも避けたいと思ってきた戦いはあったけれど、今ほどじゃない。


「寝たか?」
「……たぶん。」
「早く壊してしまいましょう。」


深夜の森は、本当に薄暗い。
微かに灯る小さな火だけが頼りだ。


「……なんか、こわい。」


だが、時歪の因子であるダガーはやけに闇の中で煌めいていた。
決して新品のように輝いているわけではない。
鈍く、それでいて研ぎ澄まされた色がその刃にはあった。


「ルドガー、お願い。」
「ああ。」


ルドガーが骸殻の力を使って、槍を手にする。
両刃の双ダガーが怪しく光っているのがやけに印象的に映った。


「何をしているのかな。」


! 僕たちの、ルドガーの動きが止まった。


「……ナマエ、さん……。」


力強い、神経を痺れさせるほどの殺気が僕たちを襲う。
指先すらも動かせない……。本気のナマエさんの殺気は、こうも恐ろしいのか。
思わずぞくりと動かせない身体が震えた。


「もう一度聞いてあげる。何を、しているの。」


有無言わせない圧力。
ああ、これだけは、これだけは避けたかったのに……。


「ジュード。」
「……うん。」
「戦う、の?」
「仕方がないじゃない。それとも、引き下がるの?」
「……エル、下がってて。」
「……わかった……。」


そっと、エルを下がらせる。
いつのまにかルドガーの骸殻も切れていた。


「答えるつもりがないってわけ。いい度胸してるじゃない。」
「ナマエさん……。」
「私を絆してダガーを奪い取ろうって? 作戦にすらなってないわ。」
「違うんだ、そんなつもりじゃ……!」
「では説明してもらおうじゃない? 私のダガーに向けた槍がいったいなんだったのか、きちんとね。」


隠すことをしない殺気に、未だ身体が震える。
でも、動ける――戦うしか、ないんだ。

鋭い眼光を持ったこの女性を説得することは不可能なのだろう。
ましてや僕たちが壊そうとしているのは、彼女の母親の形見なのだから。


「ごめん、ナマエさん……ごめんね。」
「謝罪するくらいなら自分でその首刎ねてほしいところだけど、」


ナマエさんが、ダガーを構える。


「喜べ。私が直々に飛ばしてやるわ。」
「っ来るよ……!」


槍相手なら動きを読めるんだけど、ダガーを武器としたナマエさんと戦うのは、この分史世界での出会い頭が初めてだ。
ここは、真剣勝負をしないと、僕たちが死ぬ。


「ジュード、後ろだ!」
「!?」


ルドガーの声が耳に入ると同時に、横に身体を転がす。
グサリ、と先程までいたところには鋭い銀の刃が突き刺さっていた。


「だーから言っただろ? 勘違い、されたくねェだろって。」


にやりと口角をあげたナコルさんが、槍を再び手にする。


「結局、こういうことになるのよねッ!」
「可愛いお嬢さんだが、コイツのモンに手を出したのが運の尽きだなッ!」


ミラさんが援護してくれたけれど、あっさりとナコルさんに弄ばれる。


「ジュード!」
「分かってる!」
「貴方たちの太刀筋、悪くないけど。頭が愚かすぎて笑えない。」
「ッ……!」


つまらなそうに目を細めるナマエさんが、容赦なく反撃してくる。
その太刀筋は素早く、尚且つ予測ができないものだった。
僕だって、戦いの経験をたくさん積んだけれど、こんなにも鋭い刃は初めてのように感じる。


「ぐっ……!」
「ルドガー!」
「っ大丈夫だ!」
「甘い。」
「ッ、ナマエさっ……!」
「そんな顔して、そんな声で、私の名前呼ばないでほしいなぁ。殺す気が増すわ。」


酷く嫌悪感を露わにしながら、銀の刃が襲ってくる。
なんとか回避するので手一杯だ。
少し離れたところでは、ナコルさんとミラが戦っているけれど――。


「っくぅ……!」
「ナマエ、コイツらどうするんだ?」


ナコルさんは余裕そうだ。


「どうしよう。とりあえずボーヌのトコの刺客か確かめてー、」
「ボーヌ……?」
「ふふ。知らないみたいだから首、刎ねちゃおう。」
「ッ!」
「あれ、怖いの? 安心して。一瞬よ。」


にっこり微笑むナマエさんに、これほど恐怖を抱いたことがあったか。


「っ僕の知っている、ナマエさんは……!」
「?」
「こんなんじゃっ……、」


否定してはいけないと分かっているのに。
これもナマエさんだと、分かっているはずなのに。


「もっと、優しくて!」
「何を言って」
「温かくて!」
「はぁ。」
「僕が初めて愛した、強い女性だ……!」
「ごちゃごちゃと。くだらない。」


放つ言葉とは裏腹に、鈍ったナマエさんの懐へと力強い拳をあてる。
ぐっ、と苦しそうな声をかみ殺して、再度ダガーを構え直してきた。

このまま真っ向から戦い続けてもお互いが傷つくだけだ。
それに、悔しいけど、ナマエさんたちとの力差がありすぎて勝てる気がしない。
目的は勝つことじゃない。時歪の因子を壊すことなんだ。


「ルドガー!!」
「ッああ!」


僕はナマエさんに、
ミラさんも力を振り絞ってナコルさんに、
そして骸殻の力を発動したルドガーが、時歪の因子へと一気に駆け出す。


「なんだあの姿、人外かよっ!」
「アンタのその力も十分人外、よッ!!」
「っく、」


どうやらミラさんはナコルさんを制してくれたようだ。
僕だって、僕だって――、


「戯言を言えないようにしてあげる。」
「ごめん、ナマエさん。僕は――……ッ!」
「――!」


耳に、パリン……と亀裂の入る音が聞こえた。
その音が、ルドガーの成功を意味していて。
同時に、目の前にいるナマエさんとの別れにもつながる。


「っはぁ…ナマエさん…。」
「…ッ、名を。」
「え?」
「あなたの名を、もう一度。」


ナマエさんがどういう意図で訊ねてきたのか分からない。
けれど、僕はそっと拳を下ろして名前を告げた。
彼女の耳に届いたかどうかは……分からないけれど……。


(ナマエ、さん……)
(ごめんなさい……)




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