襲撃してきた人たちを追い払うことに成功し、森に静寂が戻る。
座り込んでいた男の人に近づいて、怖がらせないように配慮しつつ声をかけた。
「もう、大丈夫ですよ。」
「え……、」
「怪我ないですか?」
「あ……は、はい。」
男の人は僕たちを敵ではないと理解してくれたのか、それでもまだ警戒した様子だが小さく頷いた。
先程までの興奮状態も治まったようだ。良かった。
安堵をして、そっと僕が彼に手を差し伸べた瞬間だった――
「ジュードッ!!」
「ッ!?」
キィンッ……!
独特の金属音が響く。
余りにも一瞬の出来事に、僕の反射神経の良さを褒めたくなった。
唐突に襲ってきた殺気。
それとほぼ同時に迫ってきた銀色の刃。
なんとかナックルで攻撃を防ぐも、相手の力が異常に強い……!
まさかまだ追手が!? そう思って顔をあげた瞬間、僕は息を呑んだ。
「え…………。」
僕の丸まった瞳に映ったのは、酷く輝かしく舞い降りる、濃い深紅の絹。
羽のようにそれらはゆっくりと落ちていく。
見間違えるはずもない。
僕の、僕の大切な、――ナマエさん……。
「数で攻めてもどうにもならないってまだ分からないのか、愚か者が。」
「ッな、待っ!」
「アンタたちの言葉聞くと思ってんの? その細っこい首を刎ねられたくなかったら、今すぐ立ち去りなさいッ!」
「うあっ!?」
「ジュード!!」
こんな、
まさか、
殺意しかこもっていない瞳で見られたのは、初めてだ。
ナマエさんにこんな遠慮なく蹴り飛ばされたのだって。
僕の身体が大きく反対側の木の幹に当たると、ルドガーが駆け寄ってくる。
だがナマエさんは素早く反応し、ルドガーにまで刃を向けてきた。
武器は槍じゃない――両刃のダガーだ。
ルドガーの首筋に一閃の刃が煌めく。
「ッく……!」
「へぇ、少しは骨のある人を連れてきたようね。学習したと褒めてあげたいけど、たった三人? 舐めてるにも程あるでしょう。」
「はあっ、……はあッ……。」
「ルドガーっ!」
つう……っと流れる血筋に、もしルドガーが避けなかったらと思うと身体が奮えた。
本気だ、このナマエさんは本気で僕たちを殺しにかかってる。
「っの…!」
「ダメだミラさん!」
ルドガーが体勢を崩した瞬間、ナマエさんが刃を突き立てる。
それをミラさんが防いでくれたけど――
「きゃあっ!?」
案の定、軽々しくミラさんの身体も僕の時同様に弾き飛ばされる。
その時のナマエさんの目が、一度も見たことないほど色がなくて――
「もうやめてよーっ!!!」
「!? …こ、ども…?」
エルの声が響いた。
ナマエが僕たちを殺しにかかっている、そんなこと小さな身でも分かったのだろう。
涙が今にも零れそうだ。
そんなエルの叫び、姿を見て、ナマエさんは数回瞬きをしている。
その瞳には、先ほどのような色あせたものはない。
「おーい、まだ手間取ってンのか? こっちはもう始末したぞー……って、なんだ?」
あ、ナコルさんまで……。
もしかしてこの分史世界では、ナマエさんとナコルさんが一緒に旅を続けていている?
それじゃあ、この座り込んでいる男の人はまさか――
「あのっ、ナマエさん!」
「え、なに? というか怪我ない? 大丈夫?」
「ぼ、ボクは、この通り…平気、です…。えと、その人たちはボクを助け、てくれたた人で……。」
「…………。」
男の人が、何とか誤解を解いてくれた……のかな?
ナマエさんは口をぽかんとあけて。
ああ、この表情はあっちのナマエさんと全く同じだ。
僕たちをそっと、見た。
何度も目を瞬きさせて、口角がぴくぴくと動いている。
「……ほんと?」
「ほんとですーっ! いきなり斬りかかってくるなんて、ひどすぎー!!」
「……ナマエ、お前、まさかとは思うが……。」
ナコルさんの痛々しいほどの半目がナマエさんへ向く。
彼女の顔が真っ青になったかと思えば、徐々に赤くなっていく。
ついには、ぼっと音が鳴ったかのように体を跳ねあがらせた。
そして、
「――ごめんなさいッ!!!」
勢いよく、僕たちに頭を下げる。
「私、勘違いしてっ! ……ああ、ごめんなさい!!」
「ったく、何してんだお前は。」
「だってユルバン震えてたし、てっきりまた追手が増えたのかと……!」
「追手はそこで見事に寝んねしてンだろーが。どっからどう見たって、コイツらが助けてくれたって思うだろ?」
「だって〜……!」
ぐったり項垂れるナマエさんは、向こうじゃ考えられない程だ。
どうしようもなく可愛く見えてしまって、思わずくすりと笑ってしまった。
途端、皆の視線が僕に向く。
う、わァ……。
「あの、ごめんなさい、笑っちゃって! 僕たちは大丈夫ですから、気にしないでください。ね?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……君のお友だちに怪我させちゃった。」
「ううっ……。」
あ、ルドガーの首筋からまだ血が流れてる……。
ごめん。ルドガー。
「ユルバン、治癒術を彼に。」
「は、はいッ!」
やっぱり――!
この緑色の髪をした男の人が、ナマエさんたちが捜している仲間。
ユルバン・ボーヌ。ナマエさんのお母さんの形見を、持ち去った人物。
あれ? でも、どうしてそんな彼がナマエさんたちと一緒に旅を?
ナマエさんたちの見た目は今とそう大差変わりはない。
でも武器は槍ではなく、昔使ってたと言うダガーだ。
そして、僕たちを知らない――ってことは……。
「ここは、奪われていない世界……。」
ナマエさんの形見が、ユルバンさんに盗まれていない世界なのか。
だから、僕たちとも出会わず、僕を、知らない……?
「本当にごめんなさい。なんてお詫びしたらいいか……。」
「い、いや、もう大丈夫だ。回復もありがとうな。」
「いえっボクが…最初から、お伝えしていればこんなこと……。あの、助けて下さって、ありがとう、ございました……!」
弱弱しい声量だが、確かにユルバンさんからの感謝が伝わってくる。
と、ナマエがエルに近づいた。視線を合わせてしゃがむのは変わらない。
「あなたも、怖い思いさせちゃってごめんね。」
「べ、つに……分かってくれれば、いいし……。」
「うん。はい、良かったらこれ使って。」
「……ありがと。」
渡されたハンカチで瞳に溜まった涙を拭うエル。
そんなエルを見つめるナマエさんの表情は酷く柔らかい。
「っても、アンタらなんでこんな時間に森ン中いんだ?」
「え!? えーっと……!」
「実は僕たち、ちょっと道に迷っちゃって。」
「道に? ……ここの森深いからな、しゃーねェか。」
言いよどむルドガーに代わって返すと、ルドガーから視線でお礼を告げられた気がした。
やっぱり、知り合いなのに知り合いじゃない人が目の前にいるとやりづらい。
しかも今回は、先ほどまで一緒に居た二人が相手なのだから。
「お詫びと言ってはなんだけど、朝になったら町まで送るわ。」
「ありがとうございます。僕はジュードです。」
「俺はルドガー。で、こっちが、」
「エル! この子はルルって言うの!」
「ナァ〜?」
「な、何よコレ、自己紹介するわけ? ……はあ、ミラよ。」
ここで名前聞いておかないと、思わずナマエさんたちの名前呼んじゃいそうだしね。
「私はナマエ。ナマエ・リスタールよ。」
「俺はナコルだ。よろしくな。」
「えと……ユルバン、……です。」
「こっちに野営場を設けてあるの。来て。」
ナマエさんを筆頭に背を向けて歩き出す三人。
僕らは彼女たちと距離を少しあけて後ろをついていった。
「ルドガー、時歪の因子は?」
「分からない……。」
「そっか。」
「なんか、やりづらいね。」
「ナァ〜……。」
「……そうだね。」
「何言ってんのよ。あの人たちこと、アンタたちは消すんでしょ。」
「…………。」
「も〜! なんでそんなイジワル言うのー!?」
(そうだ、壊すんだ。)
(この世界の、ナマエさんも)
(……こわい、な)