TOX2 | ナノ

XILLIA2

48▽ 僕を知らない、あなた

襲撃してきた人たちを追い払うことに成功し、森に静寂が戻る。
座り込んでいた男の人に近づいて、怖がらせないように配慮しつつ声をかけた。


「もう、大丈夫ですよ。」
「え……、」
「怪我ないですか?」
「あ……は、はい。」


男の人は僕たちを敵ではないと理解してくれたのか、それでもまだ警戒した様子だが小さく頷いた。
先程までの興奮状態も治まったようだ。良かった。

安堵をして、そっと僕が彼に手を差し伸べた瞬間だった――


「ジュードッ!!」
「ッ!?」


 キィンッ……!

独特の金属音が響く。
余りにも一瞬の出来事に、僕の反射神経の良さを褒めたくなった。

唐突に襲ってきた殺気。
それとほぼ同時に迫ってきた銀色の刃。
なんとかナックルで攻撃を防ぐも、相手の力が異常に強い……!
まさかまだ追手が!? そう思って顔をあげた瞬間、僕は息を呑んだ。


「え…………。」


僕の丸まった瞳に映ったのは、酷く輝かしく舞い降りる、濃い深紅の絹。
羽のようにそれらはゆっくりと落ちていく。

見間違えるはずもない。
僕の、僕の大切な、――ナマエさん……。


「数で攻めてもどうにもならないってまだ分からないのか、愚か者が。」
「ッな、待っ!」
「アンタたちの言葉聞くと思ってんの? その細っこい首を刎ねられたくなかったら、今すぐ立ち去りなさいッ!」
「うあっ!?」
「ジュード!!」


こんな、
まさか、

殺意しかこもっていない瞳で見られたのは、初めてだ。
ナマエさんにこんな遠慮なく蹴り飛ばされたのだって。

僕の身体が大きく反対側の木の幹に当たると、ルドガーが駆け寄ってくる。
だがナマエさんは素早く反応し、ルドガーにまで刃を向けてきた。

武器は槍じゃない――両刃のダガーだ。
ルドガーの首筋に一閃の刃が煌めく。


「ッく……!」
「へぇ、少しは骨のある人を連れてきたようね。学習したと褒めてあげたいけど、たった三人? 舐めてるにも程あるでしょう。」
「はあっ、……はあッ……。」
「ルドガーっ!」


つう……っと流れる血筋に、もしルドガーが避けなかったらと思うと身体が奮えた。
本気だ、このナマエさんは本気で僕たちを殺しにかかってる。


「っの…!」
「ダメだミラさん!」


ルドガーが体勢を崩した瞬間、ナマエさんが刃を突き立てる。
それをミラさんが防いでくれたけど――


「きゃあっ!?」


案の定、軽々しくミラさんの身体も僕の時同様に弾き飛ばされる。
その時のナマエさんの目が、一度も見たことないほど色がなくて――


「もうやめてよーっ!!!」
「!? …こ、ども…?」


エルの声が響いた。
ナマエが僕たちを殺しにかかっている、そんなこと小さな身でも分かったのだろう。
涙が今にも零れそうだ。

そんなエルの叫び、姿を見て、ナマエさんは数回瞬きをしている。
その瞳には、先ほどのような色あせたものはない。


「おーい、まだ手間取ってンのか? こっちはもう始末したぞー……って、なんだ?」


あ、ナコルさんまで……。
もしかしてこの分史世界では、ナマエさんとナコルさんが一緒に旅を続けていている?
それじゃあ、この座り込んでいる男の人はまさか――


「あのっ、ナマエさん!」
「え、なに? というか怪我ない? 大丈夫?」
「ぼ、ボクは、この通り…平気、です…。えと、その人たちはボクを助け、てくれたた人で……。」
「…………。」


男の人が、何とか誤解を解いてくれた……のかな?
ナマエさんは口をぽかんとあけて。
ああ、この表情はあっちのナマエさんと全く同じだ。

僕たちをそっと、見た。
何度も目を瞬きさせて、口角がぴくぴくと動いている。


「……ほんと?」
「ほんとですーっ! いきなり斬りかかってくるなんて、ひどすぎー!!」
「……ナマエ、お前、まさかとは思うが……。」


ナコルさんの痛々しいほどの半目がナマエさんへ向く。
彼女の顔が真っ青になったかと思えば、徐々に赤くなっていく。
ついには、ぼっと音が鳴ったかのように体を跳ねあがらせた。
そして、


「――ごめんなさいッ!!!」


勢いよく、僕たちに頭を下げる。


「私、勘違いしてっ! ……ああ、ごめんなさい!!」
「ったく、何してんだお前は。」
「だってユルバン震えてたし、てっきりまた追手が増えたのかと……!」
「追手はそこで見事に寝んねしてンだろーが。どっからどう見たって、コイツらが助けてくれたって思うだろ?」
「だって〜……!」


ぐったり項垂れるナマエさんは、向こうじゃ考えられない程だ。
どうしようもなく可愛く見えてしまって、思わずくすりと笑ってしまった。

途端、皆の視線が僕に向く。
う、わァ……。


「あの、ごめんなさい、笑っちゃって! 僕たちは大丈夫ですから、気にしないでください。ね?」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……君のお友だちに怪我させちゃった。」
「ううっ……。」


あ、ルドガーの首筋からまだ血が流れてる……。
ごめん。ルドガー。


「ユルバン、治癒術を彼に。」
「は、はいッ!」


やっぱり――!
この緑色の髪をした男の人が、ナマエさんたちが捜している仲間。
ユルバン・ボーヌ。ナマエさんのお母さんの形見を、持ち去った人物。

あれ? でも、どうしてそんな彼がナマエさんたちと一緒に旅を?
ナマエさんたちの見た目は今とそう大差変わりはない。
でも武器は槍ではなく、昔使ってたと言うダガーだ。

そして、僕たちを知らない――ってことは……。


「ここは、奪われていない世界……。」


ナマエさんの形見が、ユルバンさんに盗まれていない世界なのか。
だから、僕たちとも出会わず、僕を、知らない……?


「本当にごめんなさい。なんてお詫びしたらいいか……。」
「い、いや、もう大丈夫だ。回復もありがとうな。」
「いえっボクが…最初から、お伝えしていればこんなこと……。あの、助けて下さって、ありがとう、ございました……!」


弱弱しい声量だが、確かにユルバンさんからの感謝が伝わってくる。
と、ナマエがエルに近づいた。視線を合わせてしゃがむのは変わらない。


「あなたも、怖い思いさせちゃってごめんね。」
「べ、つに……分かってくれれば、いいし……。」
「うん。はい、良かったらこれ使って。」
「……ありがと。」


渡されたハンカチで瞳に溜まった涙を拭うエル。
そんなエルを見つめるナマエさんの表情は酷く柔らかい。


「っても、アンタらなんでこんな時間に森ン中いんだ?」
「え!? えーっと……!」
「実は僕たち、ちょっと道に迷っちゃって。」
「道に? ……ここの森深いからな、しゃーねェか。」


言いよどむルドガーに代わって返すと、ルドガーから視線でお礼を告げられた気がした。
やっぱり、知り合いなのに知り合いじゃない人が目の前にいるとやりづらい。
しかも今回は、先ほどまで一緒に居た二人が相手なのだから。


「お詫びと言ってはなんだけど、朝になったら町まで送るわ。」
「ありがとうございます。僕はジュードです。」
「俺はルドガー。で、こっちが、」
「エル! この子はルルって言うの!」
「ナァ〜?」
「な、何よコレ、自己紹介するわけ? ……はあ、ミラよ。」


ここで名前聞いておかないと、思わずナマエさんたちの名前呼んじゃいそうだしね。


「私はナマエ。ナマエ・リスタールよ。」
「俺はナコルだ。よろしくな。」
「えと……ユルバン、……です。」
「こっちに野営場を設けてあるの。来て。」


ナマエさんを筆頭に背を向けて歩き出す三人。
僕らは彼女たちと距離を少しあけて後ろをついていった。


「ルドガー、時歪の因子は?」
「分からない……。」
「そっか。」
「なんか、やりづらいね。」
「ナァ〜……。」
「……そうだね。」
「何言ってんのよ。あの人たちこと、アンタたちは消すんでしょ。」
「…………。」
「も〜! なんでそんなイジワル言うのー!?」


(そうだ、壊すんだ。)
(この世界の、ナマエさんも)
(……こわい、な)




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