TOX2 | ナノ

XILLIA2

45▽ 歌声は海瀑に谺す

『ユリウス前室長が、回収したカナンの道標を奪って逃走しました。』


そう、私のGHSに連絡が入ったのは、久々の休暇を堪能している時だった。


「……は?」
『先程ルドガー様にも連絡いたしました。』
「彼はなんと?」
『ユリウス前室長を追う、と。』


そりゃそうだ。
私はGHSに耳を傾けながら、ミニバッグに道具を詰めた。


『ただちにナマエ様も、イラート海停に先行しているリドウ室長の追跡チームに合流願います。』
「了解、すぐ行くと伝えておいて。」
『畏まりました。』


休暇手当とか、出るかな?
あ。グミがない。待ち合わせ場所行く前に購入しないとダメだな。
後は……うん、大丈夫かな。

ミラが用意してくれた昼食を一瞥する。
…………食べてから出発しても、遅くはないよね?


「ごめん、みんな。」


私は欲に負けて、椅子に座って急いで昼食を取った。


「――遅い!」


そう一喝されたのは、私がハ・ミルに到着してからだった。
というのも、イラート海停へ向かう途中でGHSにルドガーから連絡が入ったのだ。


「ごめんなさい。」
「……もういいわ。」
「あれ?」


当然、遅れた私はミラの鋭い視線を受けた。
けれどミラはすぐに視線を逸らして、微かに顔を俯ける。
どうしたのだろうとルドガーを見ると、彼の顔が彼方へと向いた。
それを辿れば


「え、……あらま。」
「久しぶり、かしらね。ナマエ。」
「ミュゼ……!」


例の如くふんわりと浮かんでいるミュゼが微笑みを携えていた。


「どうしてここに、ミ――……彼女は?」
「ううん。」
「そう、……。」


今、傍にいるミラの様子がおかしいのは、これが原因か。
ミュゼは自分の探している正史世界のミラを探している最中、ここに訪れたと言った。


「この変な人、ドロボーなんだよ!」
「いやだわ〜泥棒だなんてそんなこと。」
「何したの、ミュゼ。」
「ちょっとだけ、パレンジ頂いたのよ♪」
「……無断飲食、ね。」
「うふふっ。でもルドガーが払ってくれたから。」


ちょっと、ただでさえルドガーは多額な借金を抱えているのに。


「あんまりルドガーのこと、苛めないでよね。」
「あらやだ。そんな気……ちょ〜っとしかないわよ♪」
「ちょっとはあるのー!?」


そんな和やかな雰囲気を味わって、私は早速用件を促した。


「で、ユリウスさんは?」
「今連絡があって、分史世界へ進入したらしいんだ。」
「道標のソンザイカクリツも高いんだって!」
「そう、なら早めに行きましょ。」
「遅れたクセにー!」
「ご、ごめんって。」


ティポは厳しいなぁ。思わず苦笑して再度謝る。
さて、分史世界でなら少しはユリウスさんと落ち着いて話せるかな。
リドウも来る前に少しでも兄弟で話できればいいけど。


「進入点はギジル海瀑だ。行くぞ。」
「了解。」
「行きましょう!」


不思議な感覚に引き込まれ、私たちは分史世界へと突入した。
――……


「これが分史世界……光の霊勢が変化しているのかしら?」
「ミュゼでも分からないのね。」
「ええ、不思議な感じがするわ。」


漣の音を聞きながら、私たちは海瀑を進んだ。
ここに来るのは久々だ。ほとんどエレンピオスにいたから、尚更そう感じる。


「ナマエ、ぼーっとしてる。どうかしたの?」
「ん? ん〜……私がジュード君と再会したのここだったなって。」
「? 駅で会ったのは違うの?」
「あれは一年越しの再会。……あ、去年の時も一年越しの再会だったかも。」


そうだ。
あの時も、研究所から出てちょうど一年経った時だった。
再会した時なんて凄く不満げで、寂しそうで、ジュード君可愛かったなぁ。


「……ナマエ、だらしないの昔からなんだね。」
「ナァ……。」
「う。」


エリーゼにミュゼ、後ろでくすくす笑うの止めてほしい……丸聞こえです。


「ナマエとジュードって、どういう関係だったんだ?」
「教授の一番弟子と、教授のお手伝いさん……かな。」
「きょーじゅ?」
「ジュード君の、医学の先生よ。」


もう、亡くなっちゃっているけれど。


「あら、ナマエも医学生だったの?」
「ううん、違う。ただの教授のパシリ。」
「そうだったんですか!?」
「ナマエがパシリー!?」


あはは、どの魔物の素材が欲しいとか。
これ急いで買ってこいとか、人使い荒かったもんなぁ。
でも、私はそんなあの人に、亡くなった父を思い浮かべていたのだ。


「あの頃のジュード君は本当に可愛くて! ちょっと近づくだけで顔真っ赤にしちゃってね? それはもう、皆に見せてあげたいくらい!」
「……そ、そうなのか……。」
「でも最近のジュード君てば逞しくなり過ぎちゃって、ちょっと弄り甲斐ないのよね。」
「ジュードも大変なのね〜。」
「前の旅の時から、凄く翻弄されてましたよね。」
「だねー。」


だって、ジュード君てばすぐ慌てふためくから、面白くて。


「ジュード、クローニンなんだね……。」
「はは、みたいだな。」


可愛いジュード君の話に花を咲かせていると、前方を勇ましく歩いていたミラが痺れを切らしたように立ち止まり、振り返った。


「あなたたち、いつまで無駄話してるのよ!」
「あら、そんなに顔したらシワできちゃうわよ?」
「余計なお世話。」
「ふふっ。」
「――あっ!」


ふと、エルが駆け出した。


「変なキレーな貝!」
「危ないですよ、エル!」


エリーゼの声に耳を傾けず、エルは海辺に近づいた。


「あんな子どもを連れ歩く気がしれないわ。」
「人間って、守るものがある方が強いんじゃないかしら?」
「あなたもそうだった?」
「さぁ? 私は人間じゃないから。」
「……そうよね。」
「でも、ひとりぼっちは、もう嫌。」
「そう……ね。」


ミュゼとミラがそんな会話をしている中で、ルドガーの動きが止まったのに気付いた。
何かを探るように、微かに目を細めている。


「ルドガー、どうかしたの?」
「……これ、この歌……!」
「ちょ、あなたまで!?」
「ミュゼとエリーゼは、エルをお願い。」


突然歩き出して、ルドガーは何処に行くんだろう?
彼の背中を追って少し離れたところまで行くと、その人はいた。


「余裕ね。追われているのに鼻歌なんか歌って。」
「クセなんだよ。我が家に伝わる古い歌でね。」


ユリウスさん……。


「会いたくて仕方ない相手への想いが込められた"証の歌"と言うらしいが……。本当に、会いたい相手が来た。」


愛情いっぱいの瞳を、ルドガーに向けている。
ミュゼが来る道中で、ユリウスさんがルドガーを誘っていると言ったが。
本当なのかもしれない。無意識に、この歌で。


「兄さんは、その歌好きだな。」
「それはお前のほうだろ。赤ん坊のころから、これを歌ってやるとすぐ機嫌が直った。」
「ふふ、可愛いのねルドガー。」
「ナマエ!」


ルドガーにとっての、子守唄なのかぁ。


「覚えてるか? 子どもの頃、キャンプに行った山で、二人揃って迷子になったこと。雷は鳴るわ、熊は出るわ、大変だったよな。けど俺がこれを歌うと、お前は泣きたいのを我慢して歩き続けた。」


懐かしそうに、過去を愛でる様にユリウスさんは言葉を紡いだ。


「俺が負ぶってやるって言っても、自分で歩くって意地張ってな。一晩中歩いて麓の村に戻れた時には、足も喉も、ボロボロだったっけ。」


けれど、ユリウスさんがこうしてルドガーを呼んだのは、こんな話をするわけじゃないのだろう。
それを、ルドガーも分かっている。だからこそ、この距離感を縮めることはできない。


「ユリウスさん……。」
「……もう時計の問題じゃない。あの娘――エルを俺に渡してくれ。」
「危ない趣味ね。」
「……拒否すれば、力ずくで奪う。」


……ユリウスさんは、エルを殺そうとした。
仮にエルがユリウスさんのもとに行ったら、どんなことが起きるのか。
考えたくもない。

ルドガーもまた、兄の様子が真剣なことを理解しているのだろう。
静かに、双剣を抜いた。


「何故だルドガー、なぜあの娘にこだわる?」
「約束したんだ。一緒にカナンの地に行くって。」
「やめろ。」


ルドガーの言葉を、ユリウスさんはただ否定した。


「どうしてですか、ユリウスさん。」
「……誰にとっても不幸な結果になるからだ。」
「あなた、何を知ってるの?」
「オリジンの審判の非情さをだ。わかってくれ、ルドガー! 俺はお前を――」
「きゃぁあああああ!!」


!?
この悲鳴……!


「エルっ!」
「うっ…あ、あぁあ!」


すぐさま先程の場所に戻ると、エルが倒れ、息を切らしながら苦しんでいた。
海辺には、巨大な体格を持った魔物……暗い靄を纏った時歪の因子がいる。


「コイツがエルを!?」
「はいっ、変な精霊術で!」
「回復が効かないー!?」
「効かないって、どういうこと?」
「これは……呪霊術!?」
「っ、消えたわ!!」


エルが苦しんでいる最中、肝心の魔物がその場から姿を消した。
立ち去ったのではない。どこかに、潜んでいるのだけは分かる。


「呪霊術とは何だ?」
「生き物の命を腐らせる精霊術。解除するには、術者を倒すしかないわ。」
「術者……さっきの魔物?」
「そう『海瀑幻魔』を。」


あれが、カナンの道標である海瀑幻魔……。
運がいいのだか、悪いのだか、さっぱり分からない。
ただ分かるのは、あいつを倒さないと間違いなく大変な事態になるってことだ。


「どんな魔物か、知ってる?」
「ええ。姿を隠して呪霊術で獲物を襲い、動かなくなった後、その血を啜る魔物よ。」
「……っ!」


そんなエグイ魔物だったとは……。
必死にエリーゼがエルに声をかけ精霊術をかけてくれる。
でも回復が効かないのでは、マナをただ消費してしまうだけだ。


「俺が幻魔をおびき出す!」
「はぁ!? どうやって!」


ルドガーに何か考えがあるのか、彼はエルから身を離した。
そして、持っていた双剣を腕に当てて勢いよく引いた。


「っ、……くッ!」
「なにをするんですか!?」
「すごい血だよー!」


びしゃり、と生々しい音とともに激しく血が噴き出す。


「まさか、血の臭いで幻魔をおびき出す気!?」
「お前、そこまで……。」
「……大切な子なのね。」
「ミュゼ、ルドガーの治療を。」
「ええ、分かったわ。」


傷が静かに塞がっていく。
砂浜に広がった赤から、鉄のような独特の臭いが漂う。


「――……きたわよ!」


ルドガーの思惑の通り、その臭いに釣られて姿を消していた魔物が姿を現した。


「ルドガー! 後ろ!」
「っ、」


彼の背後から、鋭い爪が振り下ろされる。
それをユリウスさんが咄嗟に庇い、救出してくれた。

そしてユリウスさんは、ルドガーに『マクスウェルの次元刀』を手渡す。
ルドガーの眼を見て、ハッキリと力強く、


「大切なら守り抜け。何にかえても。」


そう告げて。


「ユリウスさんっ!」
「うぐぁああっ、」


けれど魔物は待ってくれやしなかった。
再度鋭いその爪を、今度はユリウスさんに振り払い、彼の身体は簡単に飛んでいく。


「まずい、エルが!」
「エルッ!!」


魔物の視線は水面下に消え去ったユリウスさんから、苦しみに悶えるエルへと移る。
勢いよく地面を蹴り上げて、エルを捕食しようと駆けた。

まずいっ、間に合わない――!


「っうおおおおお!!!」


そんなエルを守るために、ルドガーが骸殻能力を発動させる。
でも、それでもエルを助けるのには距離がありすぎる――!?


「骸殻が!」
「変わった!?」


けれどその姿は、普段の彼の姿とは異なった姿へと変貌していた。



「ッ、――マター・デストラクト!」


鋭い矛が、いとも簡単に幻瀑海魔を貫いた。



(この力はいったい……)
(骸殻能力は、まさか進化するの?)




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