TOX2 | ナノ

XILLIA2

40▽ 道標を求める理由

――兄さんを信じる。
それが、ルドガーの出した決断だった。


「兄弟揃って面倒だな! ムカつかせるのが上手い!」


リドウの攻撃をルドガーが巧みに避ける。
私たちも加勢をしようとするが、イバルによってそれを妨げられた。
唯一の頼みであるユリウスさんは、リドウの先攻によって後方へと喰らわされている。
どこか調子が悪いのか、ユリウスさんの動きが酷く鈍っていた。


「やめろ、リドウ……!」
「過保護すぎだろ、お兄ちゃん!」
「くそ……ッ!?」
「ルドガー!」


ルドガーよりもリドウの方が、悔しいけれど圧倒的に上だ。
鋭い刃が、ルドガーの首筋に突きつけられる。


「最終通告だ。カナンの道標を持って本社に帰還しろ。」


こんな状況で、逆らえるはずが無かった。


「……くっ。」
「O・K。それでいい。」
「ナマエちゃんはユリウス元室長の拘束よろしく。逃げられたら間違ってルドガー君殺しちゃうかもしれないから気を付けてね。」
「…………ごめんなさい、ユリウスさん。」
「いや、きつく縛ってくれ。」


投げられたロープを、ユリウスさんに巻きつける。
手加減なんて、出来なかった。


「じゃ、ナマエちゃんとユリウス元室長は先に行くとして……早く来てくれよ、ルドガー君?」
「くッ……!」


私にユリウスさんを連行させるとか、本当に何考えているんだろうこの男。
殺意しか湧かない。ルドガーが借金で苦しんでいるのも元はこの男のせいだしね。


「ナマエさん……。」
「私は平気。ジュード君、気をしっかりね。」
「……う、ん……。」


暗い表情のジュード君を置いて先に行くのは不安だ。
でも、だからと言ってこのまま無理に彼らと残るのは得策ではないだろう。
嫌々ながらもリドウの後ろをついて、ユリウスさんを連行した。

――そして、私たちの前で、威厳のある男が大きく頷く。


「良くやった、ルドガー。期待以上の成果だ。」


クランスピア社に帰還すると、満足気な声色でビズリー(社長)がそう告げる。
拘束したユリウスさんの背後に私が、その左右を固める形でリドウとルドガーが立っている。


「実に優秀な弟だな、ユリウス。」
「こいつを、こんなことで評価するな。」
「こんなこと……人の世界を壊しておいてそれ?」


分史世界のミラが、苛立ちを隠せない様子でユリウスさんに対抗する。
彼女のことは、ジュード君たちが到着する前に私とリドウの口から告げていた。
一度、ビズリー(社長)と目があったので小さく頷くと、彼の視線がミラへ向いた。


「話は聞いた。君が……、」
「ミラよ。元マクスウェル。」
「冗談ではなく?」
「世界を壊す会社こそ、冗談でしょ。」


違いない。


「望んでやっているのではない。すべては正史世界を守るため。そしてカナンの地へ辿り着くためだ。」
「カナンの地――クロノスが守る"無"の大精霊オリジンの玉座ね。」
「元マクスウェル……ウソではないようだな。」


その言葉に、ミラは顔を俯けた。
口から零れたのは、姉から聞いただけという言葉。
既に居ない、彼女の存在を思い、ミラはこの現実と戦っているのだろう――。


「事実だ。そして精霊オリジンは最初にその前に辿り着いた人間の願いを、どんなものでもひとつ叶えてくれるという。」


願いを、叶える?


「ビズリー!」
「これは太古に人と精霊――原初の三霊が交わした契約なのだ。」
「原初の三霊……マクスウェル、クロノス、そして"無"の大精霊オリジン。」
「やつらはこれを、オリジンの審判と呼んだ。」


オリジンの、審判……。
どんな願いも叶えるだなんて、ますます規模が広がってしまった。

どんな願いも叶えてくれる契約――そんなもの、欲望にまみれた人間のかっこうのエサだ。
考えればどうせ血肉にまみれた争いが歴史に残るのは目に見えている。
思わずくらりと眩暈がして、眉間に手をやると視線を感じた。


「……?」
「……。」


ビズリー(社長)の強い眼差し。
こんなことで怯むなという視線なのだろうか。
いや、違う――……何か値踏みしているかのような、そんな目だ。

私が問う前に、ビズリー(社長)の視線はルドガーへと向いた。


「本当に、どんな願いも?」
「そうだ。万物の始まりである"無"の大精霊オリジンは、すべての精霊を制する存在。そのオリジンが願いを聞き届けてくれるのだからな。」
「彼らは何故そんな契約を?」


どういう経緯があって人と精霊で契約が結ばれるようになったのかも気になる。


「力、意志、欲望――人間自身を試すためだという。……が、人間が足掻くさまを見て面白がっているのかもしれんな。」
「精霊がそんなこと!」
「人のために尽くす存在でもあるまい。」
「っ……。」


ミラを、精霊を誰よりも思うジュード君ですら、言葉を呑む。
それはきっとマクスウェルとの死闘があったからなのだろう。


「……真実かもな。」
「ユリウスさん?」
「事実、クルスニク一族は、カナンの地の一番乗りを巡って骨肉の争いを繰り返してきた。時に父と子が、」
「時に兄と弟が、な。」


……なんで、こんな言い方するのだろう。
何か含みがあるように聞こえて仕方がないのは、私だけなのか。


「はなし、ながいー!」


ふふ、エルってば……。
エルのお陰で暗く、硬い雰囲気が一気に打ち砕かれる。


「だね。難しいし、長いし。」
「要は道標ゲットできたんだからいい話だろ?」
「だな、さっさと行けばいいんじゃね?」


私も、ナコルもアルヴィンも、小さく頷く。
重要な話ではあるのだろうが、実際にオリジン本人に会って聞きたいことを聞けばいいのだ。


「そう簡単じゃないんだな、これが。」
「というと?」
「カナンの地に辿り着くには、カナンの道標が5つ必要なのだ。」


5つもか。
私たちの持ち帰ったカナンの道標は、『マクスウェルの次元刀』というらしい。
残りが、『ロンダウの虚塵』『海瀑幻魔の眼』『箱舟守護者の心臓』。
最後のひとつは不明だと、ヴェルが話してくれた。


「ところがさ、道標は正史世界じゃもう失われちゃってるんだ。」
「だから、分史世界で手に入れる……!」
「ご名答。分子世界に道標があれば、それは必然的に正史世界と最も異なるものとなる。」
「つまり、時歪の因子がカナンの道標……。」
「こうやって道標を正史世界に持ってくんのが、エージェント様の本当のお仕事ってワケか?」
「そーゆこと。」


リドウが小さく頷いた。
何百、何千という分子世界の中から、たった5つの道標を探すだなんて。


「だが、誰でもできるわけではない。」
「骸殻の力が必要ってことですか?」
「いや……分史世界の物質を正史世界に持ち帰るには、また別の特別な力が必要でな。」
「我々は、その力の持ち主をこう呼んでいます――クルスニクの鍵、と。」


クルスニクの、鍵……。


「ルドガー、お前がそうだ。」
「え、……。」


はっと、ルドガーの口からそんな言葉が漏れた。


「……俺の、力……。」
「そう、我が一族が分史世界を捜し回って求めていた力だ。」


……そう、なのだろうか。ルドガーも皆も感じているはずだ。
――エルが、そのクルスニクの鍵なのではないのかと。

その証拠に彼女が抱きついたミラが、世界を超えてやってきている。
まさに、分史世界の物質を、彼女は持ち帰ってみせたのだ。


「ナマエ、言うな。」
「……は、い。」


小声で、微かにユリウスさんがそう告げる。
私の考えを読まれていたのかもしれない。


「なぜクランスピア社はカナンの地を目指すんです?」
「大精霊オリジンに、すべての分史世界消滅を願うためだ。増え続ける分史世界は、すでに個々の破壊では間に合わない数に達している。」


社内で、顔色を悪そうにしている社員がいたけれど、もしかしたら分史世界を懸命に破壊していたのかもしれない。
自分の身体が疲労限界に達しても、それでも自分たちの世界を守るために。
そう思うと、なんだかやるせない思いになった。

――ぐぅううう……
だなんて、空気をぶち壊す音が聞こえたのは、ちょうどその時だ。


「すごい音。」
「勝手になっちゃうのー!」
「ふふ、ミラの料理食べたばっかりでしょうに。」
「それでもへっちゃったんですーっ!」
「お食事を用意します。」


すぐにヴェルが対応してくれてけれど、エルはルドガーを見上げた。


「エル、ルドガーのご飯がいいな。」
「ほう、ルドガーは料理が得意なのか。」
「ルドガーもミラも、まーまーね!」
「ふふ、次の任務の前に御嬢さんのリクエストに応えてやるといい。」


ビズリー(社長)の、今の微笑みは、なんだか温かく感じる。
この人がどういう人間なのか、私には未だわからない。


「ルドガー、お前ならカナンの地へたどり着けるはずだ。」
「……やってみます。」
「期待している。」
「エルも。」


カナンの地を目指すルドガーとエル。
けれど、ユリウスさんだけはそれを賛成とはしなかった。


「ルドガー、お前はこんな……。」
「…………。」
「ナマエちゃんも、行って良いよ。後は俺が連れて行くから。」
「手荒な真似だけはしないでくださいね、シツチョウ!」
「はいはい、部下に噛みつかれるのはさっきのルドガー君でコリゴリだ。」


リドウはどうしてこう、イヤミったらしいのかな……。
どうにもムシャクシャして、リドウを睨みつけてやった。
去り際に、そっとユリウスさんの手首を拘束している縄を撫でて。


「もう夜なんですね。」
「めちゃくちゃ働いたって感じだな。一杯行くか?」
「あ、俺付き合うぜ。ローエンもどうだ?」
「そうですね。では、久々に渋い面子で参りましょうか。」
「渋いって! 俺はまだ若いっつーの!」
「俺なんてそんなアルヴィンより若ェぞ?」
「ほっほっほ、みな同じようなものですよ。」


どうやら渋い男性組は酒場行きが決定したようだ。


「えっと……私も、今日は帰りますね。」
「気を付けてね、エリーゼ。」
「私が途中まで送るから、大丈夫だよ!」
「レイア、お願いね。」
「うん!」
「ありがとうな、皆。」


残ったのはルドガーにエル、ジュードにミラだった。
ああ、後はルルも。


「ルドガーのごはん! まだー?」
「今つくるよ。ジュードとナマエに……ミラも、食べてってくれ。」


そんなルドガーの優し(過ぎるのかな?)に、甘えることにする。
彼の家に帰宅した途端に、エルはまるで自分の席とばかりに椅子に座り出した。


「僕たちまでご馳走になっていいの?」
「おかまいなくー!」
「意味、分かってる?」
「『オカマがいない』って意味。」
「あはは……。」


エルはいつになく嬉しそうに微笑み、足をぶらぶらと揺らした。
ルドガーは台所に立ち、私たちも席に座らせてもらう。


「ご機嫌だね。エル。」
「だって、カナンの地へ行く方法分かったし。」


さっきの難しい話の中で、エルはそれを理解したらしい。
確かにこれは喜ぶべきことだ――でも、今は分史世界から来たミラがいる。


「他人の世界を、壊して?」


当然、彼女からの厳しい言葉が降りかかった。
でもエルはあまりにも純粋で、


「それはしょうがないよ。」


軽くそう返した。
ミラは思わず席から立ち上がり、声を荒げる。


「しょうがないってなに!」
「ミラさん、」
「あなたも、そう思うの?」
「それは……。」


また、『そういう』空気を壊したのはエルだった。
ルドガーが運んできた料理を見て目を輝かせる。


「マーボーカレー! ……辛くない?」
「エル用に甘口にしといた。」
「エル用って意味、わかってるのかなぁー? いっただきまーす!」


いい香りに食欲はわくけれど、とても手を伸ばす気にはなれない。
少なくとも、今の状況では。


「これ、エル用だ!」
「……料理にまで黒匣を使ってるのね。」
「ミラさん、さっきの話だけど、カナンの地は、大精霊オリジンのいる場所。そしてオリジンは、魂を浄化して循環させているんですよね?」
「だから、姉さんから聞いただけだってば。」


魂の浄化――


「暴走した源霊匣ヴォルトは、『魂の汚染が進行した』って言ってた。」
「私たちが会った大精霊アスカも、似た言葉を言ってたわ。」
「源霊匣……?」
「今、ジュード君が研究開発している装置の名称。」
「源霊匣が完成すれば、黒匣を使わなくてすむようになる。」
「黒匣を使わなくてすむ世界……。」


考えられないだろう。
私たちですら、このエレンピオスでバランさんと出会うまで思いつきもしなかったのだから。


「源霊匣暴走には、魂の浄化が関係してるのかもしれない。そうでなくとも、カナンの地が世界の未来を左右する場所なら――僕は行かなきゃならないんです。」
「…………。」
「ミラさん!」
「カナンの地に行こうよ! ジュードもミラも一緒に!」


あれ、私は?


「……しばらくは付き合うわ。私の世界が本当になくなったのか、確かめなきゃならないし。」


ミラはその言葉を残して、ルドガーの部屋を後にした。


「ごめん、ルドガー。」
「いや、行ってやってくれ。」
「うん。」


ジュード君が、そんな彼女を追う。


「ナマエは行かないのか?」
「……美味しそうなマーボーカレー目の前にして?」
「また作るよ。」
「ふふ、ありがとう。」


そして私も、追って外に出た。


(なんだか、本当に大事になってるなぁ)
(……少し風が強い)
(ジュード君とミラは、どこだろう)




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