TOX2 | ナノ

XILLIA2

39▽ 世界を失った彼女

ミラたちによって、アルクノアが壊滅された世界。
私たちが立っているこの世界は、そういう世界だった。


「いい? 私が協力するのは姉さんを助け出すまでよ。」
「う、うん……。」
「時歪の因子を壊したら、黒匣を捨てて立ち去って。」
「りょーかい。頼りにしてるぜ、ミラ。」
「馴れ馴れしいわよ。」


私たちは、そんなミラを騙して、共に霊山に向かっていた。
ミュゼが昔を変化したのは時歪の因子のせいである。それを壊せばミュゼは昔に戻ることができる。
つらつらと嘘を述べて、世界を壊すことを隠して協力を仰いだ。


「これで、良かったのかな……。」


ぽつりとレイアの声が耳に入る。
これに誰も答えられやしないのだ。


「ねえ、」
「ん?」
「……礼は言わないわよ。」
「え?」


急に、なんだろう?


「あの時……姉さんの攻撃、庇ってくれたでしょ。」
「あぁ、だって当たったら痛そうじゃない。」
「……変なの。」
「そう? ミラだってミュゼが攻撃されそうなら庇うでしょう。」
「当然じゃない!」
「それと一緒。」
「一緒って、立場が違うじゃない……。」


戸惑いを感じる言葉を無視して、私はただ歩き続けた。
後方を歩き始めたミラが、エルたちと会話しているのが耳に聞こえた。

霊山の頂上に到達したのは、それから数十分後だった。
何度昇っても険しい山道に魔物たち、いいウォーミングアップだね。


「ミュゼ、いた。」


目的とするミュゼは、頂上から天に向かって手を伸ばしていた。
何かを発しているけれど、その言葉は私たちの耳にまでは届かない。


「……姉さんは、ああして毎晩誰かに語りかけているの。」
「ミラたちのパパかも?」
「わからない。絶対に教えてくれないから。」


悲しげに、静かにミラがそう言うと、気持ちを切り替えたのか表情を硬くした。


「私が隙を作る。長くは持たないわよ。」
「……ああ。」


罪悪感に見舞われながら、ルドガーが声を出して頷いてくれた。
そっと、ミラが前に足を踏み出す。


「姉さん……。」
「社から先に来るなと言ったはずよ!」
「でも、気になって……姉さんが何をしているのか。」
「関係ない!」
「なんで? 昔は、何でも話してくれたのに!?」
「お前なんかに話すことはない! とっとと帰りなさい!」
「どうしてよ……どうして姉さんはっ!」


姉に嘆き、火の精霊術が放たれた。
一気に燃え上がるミュゼの身体に、当人も困惑している様子だ。


「これは……!?」
「今よ、ルドガー!」
「お前……私を裏切ったな!」


しかしすぐに状況を理解したのか、低い声が響き渡った。
火を振り払ったミュゼの顔は、今までに見た程が無いほどに異形なモノへと変化する。
これが、時歪の因子の姿……!


「姉さん、本当に……!? 化物ッ!」
「もう一度行ってみろ、人間が!」


震えるミラに、本気の彼女の殺気が当たる。
もうこれ以上は待てない! ミュゼを、壊さないと。


「ひっ……!」
「ミラ!」
「うぉおおおっ!」


エルはミラを、ルドガーはエルを助けるために駆けだす。
骸殻の力によって変化したルドガーの矛先がミュゼへと向いた。


「ミラのお姉さんが、変なのに……!」
「姉さんっ、……姉さんが……!」
「ミラ、戦えないなら下がって。」
「ッ!」
「ナコル、行くよ!」
「はいよっ!」


槍を構えて、ナコルと共にミュゼへと駆け出す。
後方からはアルヴィンの銃、レイアの精霊術が援護に回ってくれた。


「人間風情が……バラバラにしてやるッ!!」
「あン時よりも、ひっでェ顔してるぜ、ミュゼのやつ!」
「殺気は本物だよ。私たちも本気で行かないと……!」
「わーってるよ!」


ナコルと共に攻めて、油断したところをルドガーの鋭いハンマーが襲う。
間髪入れずに後方からの攻撃が連続し、ミュゼの態勢を崩した。


「ッわたし、だって……!」
「ミラ!?」
「姉さんを、取り戻すの……!」
「――……ミラ、力を!」


苦しいのは、ミラなのだ。
痛む心に叱咤をして、彼女と共鳴する。

どくりと心臓が高鳴った。
この共鳴で、私たちの偽りがバレるのではないかと。
けれどミラの強く哀しい瞳は、ただ愛しの姉だけを映していた。


「行くわよ、遅れないで!」
「分かってる――「リンクチャージ・デュオ!」」
「続けるわよ! ――「レイニースティンガー!!」」
「ルドガー!」
「ああ!」
「私だって……ッ三散華!」


ふらつくミュゼに、アルヴィンとルドガーの共鳴術技も襲い掛かる。
そこに、鋭いレイアの棍が強く入った。


「ぐゥッ……!」
「姉さんッ!!」


腹部を押さえ、膝をついたミュゼにミラが動きを止めてしまった。
剣をおろし、そっと姉に近づく。


「もう動かないで!」
「よくも……人間の分際で、よくもっ!」
「うぅっ!?」
「死ね! 死ねっ! 死ねッ!!」
「ミラっ!」


ミュゼが、近づいてきたミラに憎悪を込めて首を絞めてきた。
それに驚愕し、ミラは苦しそうにもがく。…ああ、みてられない…。


「ルドガー!」
「っああ!」


迷うことなんて何もなかった。
骸殻の力を発動したルドガーがミラを助け、再度交戦する。

また長い戦いになる――大精霊と三連続だなんて勘弁してほしい。
そう、思ってた。


「かはッ……!」
「姉さんが……悪いのよ。」


苦悩か、憎悪か、困惑をかみ殺したミラの声が、静かに耳に響いた。


「お……前……何か、に……。」
「お前じゃない! ミラよ!!」
「ミラァァアアアアアア!!」
「うぁああああ!」


ミラの刺した剣に、ルドガーの鋭い矛に、ミュゼの身体が震えあがる。


「姉……さん……。」


時歪の因子の壊れる音が聞こえ――


「ミラっ!!」


エルがミラに駆けより、その身体を抱きしめると同時に、時計の針は止まった。

未だ慣れない、不思議な感覚が全身を覆う。
けれどミュゼの姿はそこにはない。確かに、正史世界に戻ってきたのだ。


「……戻った……。」
「これで、分史世界が消えたのか。」


ミュゼとミラと、彼女たちの住む世界を、壊したのか。
ルドガーの手には、光る不思議な物体があった。


「それがカナンの道標ってやつか?」
「……たぶん。」
「悔しいほど綺麗ね。」
「ああ……。」


皆がやるせない思いで息を吐いた。
これを、一体何度繰り返せばいいのか。


「なんなの……今の?」


どうして……?


「どうなってんだよ……。」
「なんでアンタ、正史世界に!?」
「姉さんはどうなったの!?」


どうして、ミラがここにいるの。
だって私たちは、分史世界を、ミラを壊したはずなんじゃ……。


「何が起こったのか、説明してよ!」
「…………。」


誰もが驚愕した。
誰もが口を閉ざした。
誰も、口なんて開けやしなかった。


「君がいた世界は消滅した。」


そんな中で、ユリウスさんだけが口を開く。
重く、ハッキリと。ミラの鋭い瞳を見据えて。


「……良く言われるでしょ? 笑いのセンスがないって。」
「冗談じゃない。君の知っている街も自然も人も、すべてなくなったんだ。」
「……じゃあ、ここは何!?」
「君がいたのとは別の世界だ。」
「……姉さんは?」
「破壊した。」
「ッ! 冗談にもほどがあるでしょ!!」
「っ……。」


誰も悪くない。
でも、確かに、赦されない行為を行った。

ユリウスさんが、全てを背負うかのようにミラの拳をただ受けた。
ルドガーの辛さも、ミラの嘆きも、私たちの苦しさもまるですべて受け止めるかのように。


「ミラ、」
「一つだけ分かったわ……私を騙したのねッ!」
「……っ。」


悲痛な彼女の叫びが、私の頭で何度もリフレインした。
騙した。その通りだ。騙して姉も世界も、彼女の全てを奪い去った。
これが、世界を壊す重みなのだと、突きつけられる。

そんな重苦しい空気の中で、ルドガーの軽快なGHSの音が響いた。


「……。」
「まずいよ、黒匣は――。」


レイアが咄嗟に制止しようとするが、肝心のミラはひたすら現状を理解するので精一杯の様子だ。
ヴェルからの電話かもしれない。私はルドガーに出るよう促した。
ルドガーが無言で頷き、GHSを手に取る。


『ルドガー、無事? 壊せたんだね?』


相手はジュード君の様子で、この空気に似合わない明るい声が届く。


『こっちは平気。エリーゼもローエンも無事だよ。』
「任務達成だな。合流しようぜ。」
「うん……。」


どうすればいいのか。
答えが見つからないまま、私たちは足を進める。

エルだけが唯一、明るい声色で彼女に声をかけた。


「ミラも行こ。」
「…………。」


何が起こったのか。
震えた声で放つミラの言葉を、私たちもまた疑問に思い、下山し始めた。

姉を思う真っすぐな思いを利用した挙句、彼女を現実に叩きつける結果になった。
まさか彼女が正史世界に来るなんて、誰が想像したのだろう。
誰も、口を開こうとはしなかった。開けなかった。

ニ・アケリアに戻れば、ジュード君の目が大きく揺れているのがはっきりと映る。
当然だ。分子世界のミラが目の前にいるのだから。
一時離れていた仲間たちに詳しい事情を説明すれば、皆表情に陰りが生じた。


「ジュード君。」
「……ナマエさん……。」


そっと、不安げなジュード君の肩に手を置くと、眉を下げながら微笑を浮かべられる。
大丈夫だと、言葉にすらならない虚言が伝わってきた。


「分かったはずだ、ルドガー。こんな思いはしたくないだろう。」


ユリウスさんの厳しい言葉が、ルドガーにも私たちにも響く。
きっと、彼は何度もこんな思いを経験してきているのだろう。


「なるほど、そういうわけで連れが増えたのか。かなり興味深いな。」


嫌味な声色。
誰か、だなんて振り向かなくても分かる。


「リドウさんが、なんで!?」
「だって俺、分史対策室室長だから。」
「嘘!?」


でもこれには振り向かないと分からない!
リドウが、室長ってことは、私の上司……!? 嫌だ!


「嘘じゃないよ、残念だったねぇ。」
「む、むかつく……!」
「ああ、お疲れ、ユリウス元室長。道標の回収、ご苦労様。」
「お前と話す方が疲れる。」


ユリウスさんに度々突っ掛っているのは見たことは多々ある。
そして、これに冷たく返すユリウスさんもまた然り。
でも、今は流れる空気が違い過ぎる。


「ミラ様……。」


リドウに同行してきたイバルが、ミラを見た。
少なからず彼も、酷く動揺しているようだ……当然、だよね。


「何動揺しているんだ? ニセ者だぜ、アレ。」
「そんな言い方!」
「無礼だぞ!」


……イバル……。


「り、理屈はわかってる……。」
「ははは、ナイーブな若者たちだ。ああ、ユリウス元室長は、こういう若者の邪魔が趣味だったな。」
「リドウ!」


何かを牽制するように、ユリウスさんが声を荒げる。
しかしリドウはいかにも愉しげに、口角を上げて言葉を放った。


「例えば、ルドガー君が入社試験で不合格になるよう仕組んだりさ。」
「!?」
「えっ、」
「あ、あれは……。」


嘘。ユリウスさんが、ルドガーをわざと落とした……?
そんなバカな。

――けれど確かに、彼はあの時「これで良かった」と言った。
安堵したように。あれはいったい何を意味していたのか、今ならなんとなくわかる。


「さて、室長として命令するぞ、ルドガー君。ユリウスを倒して、カナンの道標を回収しろ。」
「リドウ!」
「ッ……!」
「ルドガー、……俺を信じてくれ。」


ルドガーの残酷な言葉と、ユリウスの悲しい言葉を受けて。
ルドガーはどうしてこんな選択ばかり迫られるのだろう。


「リドウ、あなたって人は!」
「ああ、君にも命令してあげようナマエちゃん。」
「お断りするわ。そもそも室長とか認めてないし。」
「だが決定事項だ。」
「仮にそうだとしても、言って良い命令と悪い命令があると思いますけど。」
「世界を壊せというのは言って良い命令なのかい?」
「ケンカ売ってるワケ?」
「怖い怖い……さて、どうする、ルドガー君?」


本当にこの男は……!


(世界を壊すのに、良いも悪いも、ない)
(それをルドガーの前で言うなんて)
(やっぱりこの男サイアク)




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