自然工場の中央ドームを目指し、私たちは歩いていた。
扉を開くたびに新鮮な野菜が目に入り、エリーゼとエルは楽し気に会話を弾ませている。
そんな中、私はふとしたことを考えていた。
「考え事か、オネーサン?」
「んー、まあね。」
後方を歩いていると、アルヴィンが速度を落として訊ねてくる。
「ねえ、アルヴィン。リスタール家ってどんな家柄なの?」
「どんなって言われてもな。俺も詳しく覚えてないが、それなりの名家らしいぞ。」
「ん〜それは両親に聞いたことがあるの。昔からある家だって。」
「昔ってレベルでもない気がするけどな。」
頭の後ろで腕を組むアルヴィンに視線をやる。
彼は前方を歩くルドガーやエルたちを見ていた。
「俺も人伝えだから詳しくは分からないが、2000年以上も続いているらしいぜ。」
「えっ!? そうなの!?」
予想以上の歴史に思わず声をあげると、どうしたのかと前方の彼らが振り向いてきた。
それになんでもないと苦笑して答え、静かにアルヴィンに問う。
「それ、本当?」
「ああ。歴史的な家柄だし、リスタール家といえば子は一人しか成さないことで有名だ。」
「へ、へぇ……。」
これも初耳だ。
もしかして、これほどの名家ならばエレンピオス中の人々が知っているのでは……?
私のこの髪色だって代々受け継がれるものだし。
けれど、エレンピオスにきてリスタールの名を出したら怪訝そうな表情をされるくらいだ。
それ意外、何の反応もないのは、ちょっと気になるかも。
「それって、跡継ぎの問題で?」
「だろうな。ぶっちゃけそれで正解だと思うぜ。」
そう大きく頷く彼は、きっと自身の家柄のことを考えているのだろう。
しかし、まさかそこまで大きな家柄だとは私も露知らず。
だが、だからこそあの豪華客船に乗ることができたのだと納得もした。
それ故に私はリーゼ・マクシアで生を受けることになったのだが……。
「ナマエ、アルヴィン! 歩くのおそーい!」
「もっと早く歩けー!」
「置いていっちゃい、ますよ……?」
「っと、この話はもうおしまいだな。詳しいことはバランにでも聞いてくれ、俺も幼かったもんでな。」
あんま覚えてないんだ。
そう曇り気のない笑みで微笑めば、頬を膨らませている少女のもとへと足を進めた。
そうだ、今は元の世界に帰還することに集中しないと。
戻ってから自分の家を調べるのでも、決して遅くはないだろう。
「どうかしたのか? 2話しこんでたみたいだけど。」
「ううん、大丈夫。ごめんね、ルドガー。」
「ナマエさん、アルヴィンさん。どうやらアスカはこの先にいるようですよ。」
「この先、ね。」
「そしたらご対面と行きましょうか。」
小さく息を吐いて、扉を開く。
――目の前が、眩しいほどの光で埋め尽くされた。
「あれが、アスカ!?」
巨大な透明のケースの中に、輝く存在があった。
あまりの眩しさに目を細めなければよく見えない。
とにかく、これが時歪の因子か確かめるためにも囲いを取らなくてはならない。
「撃ち落とすぞ。」
アルヴィンが気を遣い、銃を構えた。
しかし、その銃口から弾が出る前に、別の弾がアルヴィンを襲う。
「どういうつもりだ、アルフレド……俺の手柄に、何を!」
更に銃弾が放たれ、エルが怯えたように悲鳴を上げる。
アルヴィンの手刀が甘かったのか、ジランドが私たちに敵意を向けてきた。
「ちょ、待てって!」
「どの口で!」
「やっぱり拘束しておくべきだったのよ、甘かったねアルヴィン。」
「くそ……!」
ジランドの銃が更に火を噴く。
弾が更に打ち出された、私たちがそれを回避する。
その際に、流れ弾がアスカを囲っていたケースに当たった。
「あ、アスカが……!」
「来るッ……!」
ジランドが拘束していたアスカを、ジランド自身の手によって解放されたのだ。
光り輝くアスカは長い目覚めから解放されたかのように、大きな翼を目いっぱいに広げた。
そして、大精霊アスカの鋭い眼光が、私たちを見下ろす。
「凄い力を感じます……!」
「大精霊とのガチンコかよ……。」
「もう慣れっこでしょう?」
「慣れって恐ろしいね! 行くよ!」
どこか戸惑うルドガーの背中を軽くたたいて、武器を構える。
羽を広げながら宙に浮かぶ標的に、槍を振り上げる。
「ッ――!」
「ナマエ、そのまま固定してろよ!」
「無理に、決まってるでしょ……!」
巨大な大精霊は身を捩って、矛先から逃れる。
図体がデカくても宙に浮かんでいられれば攻撃がしにくい!
「俺が援護する!」
「頼もしいですね……!」
「私も行きます!」
「くらえーっ!」
どうやらアスカは銃に弱いようだ。
鳥の羽を撃ち落とすようで気分は悪いが、弱点が分かれば怖いものはない。
アルヴィンも同様に思ったのか、大剣でアスカを怯ませて銃撃を放った。
「――!」
「今日はしっかり、弾補充してるからね!」
「遅れんなよ、ルドガー!」
「分かってる……!」
巨大な身体でタックルこそしてくるが、動きを止めると追撃がしやすかった。
アルヴィン、ルドガー、私の銃が何度も唸り、暫く経つとアスカの動きが傾いた。
「はぁああああっ!!」
そこに、ルドガーの鋭い刃が振り下ろされる。
この一撃が最後となり、大精霊アスカは地面に倒れた。
本当に、何度大精霊クラスと戦っても、心臓に悪い。
「アスカも時歪の因子ではなかったようですね。」
「アスカ、どうするんですか?」
「逃がしてあげる?」
「でも、この工場、動かなくなっちゃうんですよね?」
「たくさんの人が困るんじゃないの?」
でも、その世界を壊してしまうのだから、意味のないことだ。
……きっとそれを分かっていて、エリーゼは発言したのだろう。
なんて優しい子なのか。
「……解放しよう。」
ルドガーの選択は、それだった。
アスカを捕らえていた装置を完全に破壊すると、アスカが身体を起こす。
「クルスニクの一族……まだカナンの地を見つけられないのか?」
「!、しゃべった!」
「始祖と同じく、我らとの共栄を望むなら、カナンの地へと急ぐことだ。そろそろ二千年……オリジンが魂を浄化するのも限界だろう。」
魂の浄化。
以前、暴走したヴォルトもまた同じことを発言していたのを思い出す。
これをオリジンが行っているのか。
「オリジン……?」
「"無"をつかさどる最強の大精霊だ。」
「大精霊オリジン……ジランドは、そいつから源霊匣の名をとったのかな。」
「私が何だと……?」
アスカとの戦闘中、恐れをなしていたジランドが震える手で銃を放った。
何度も、何度も、声も震わせながら、それでも大きく放つ。
「貴様ら、何をしたのか分かっているのか! こいつがいなくなれば、数十万人分の食糧生産力が消えるんだぞ!」
ジランドは、あの時と同じように、ここでも過去の人間の犯した問題を清算しようとしているのだろう。
やり方さえ、違うけれど……。
「アスカ?」
銃を受けてもびくともしていなかったアスカが、不意に翼を広げる。
ただの威嚇なのかと思ったが、アスカはその場から一直線にジランドに向かって飛び――
「!」
ジランドを、襲った。
「……だが、人間はかくも傲慢。今なら、クロノスの気持ちも分かるぞ。」
そう言葉を吐き出すと、アスカの全身が光り輝く。
「とは言え、」
光の中で、静かな声が聞こえた。
「オリジンの切願を叶える術は手にしたようだな。」
「え――?」
疑問の残るその発言を最後に、アスカは飛び去って行った。
オリジンの切願、とは……なんなのだろう?
行き違いに、ジュード君とレイア、ナコルが駆け寄ってくる。
すぐにジランドの見るも無残な姿を目にして、顔を顰めた。
「こっちはハズレだった。そっちは?」
「……僕たちも。」
「けど、おかしな噂話は聞いたぜ。な、レイア?」
「うん、それなんだけど……。」
アルヴィンがそう問うと、レイアが情報収集の結果を語ってくれる。
「ヘリオボーグの先の荒野で、髪の長い女みたいな精霊を見たって。」
髪の長い女みたいな、精霊! それってまさか……!
そう思ったのは私だけではなく、皆、期待で目を開く。
けれどジュード君は、静かに首を横に振った。
「行ってみないと分からないってことね?」
「うん……。」
「……次元の裂けた丘あたりか。行ってみようぜ。」
やけにアルヴィンが喋るのは、彼のことがあるからなのだろう。
それを察してか、じじ様が静かに言葉を紡ぐ。
「お先にどうぞ。私は、ジランドさんを埋葬していきます。」
「私も付き合います。」
「意味あるのか? どうせ世界ごと壊すのに。」
「あると思いますよ。少なくとも、あなたには。」
「……悪い。」
「したら、俺も残るかな。危険が無い場所じゃねェしな。」
「頼んだ、ナコル。」
「おう。」
ここには自然工場を警備するマシンもある。
いくら精霊術に特化したじじ様とエリーゼがいても、厳しいものがあるかもしれない。
ナコルもその場に残して、私たちは次元の裂け目へと向かった。
――ミラ……、あなたは今、どこに。
誰もが心に秘めている言葉を、誰も口に出さずに、アスコルドを跡にした。
「街の方はどうだった?」
「リーゼ・マクシアの存在を誰も知らないみたいだ。」
「でも、それ以外は全然同じように暮らしているんだよ。」
「陸も海も空も、ずっと繋がってて……。」
「ルドガー、この世界を壊すってつまり……。」
「……。」
(……この世界を壊す。人を、自然を、すべての生命を殺す)
(なんて惨いことをしようとしているんだろう)