スラブ | ナノ

安室が言った通り、目的地である浅草スカイコートには10分ちょうどで辿り着く。隣接しているビルは言われたように老朽化しており、近日中に取り壊し予定であることが立て札に明記されていた。地面にタイヤ痕が残る勢いで目立たない裏路地に停車をする。急いで3人は車を出た。


「さて、どうしましょうかねぇ。」
「表から行くのもアリだぜ。」
「その瞬間に冴の首に銃口突き付けられていたらどうするんですか。」
「あの女はそんなことで死なないから問題ない。」
「……。」
「……。」


勇ましく先導する迷彩服をじっと2人は見つめた。そして顔を見合わせる。


「篠河って、なんだかんだ言って冴を信頼していますよね。」
「安室もそう思うか? オレも良く感じてんだよな。やっぱ女同士、通じるモンでもあるのかねェ。」
「貴様らの口から破損してやろうか。」


地獄耳らしい。振り向きざまに小型拳銃が向けられて、2人はぎょっとしたように慌てて両手を上げた。篠河はふん、と鼻で嗤い、すぐにそれを胸元に隠す。チャックが首元まで上げられたのを見て、一瞬でチャックを下ろして銃を取り出していたのか、と安室は感嘆した。


「さて……今ほど恐ろしいほどは起きないでしょうし、正面から行きましょうか。」
「アタシは別行動をとる。何かあっても自分の身は自分で守ることだな。」
「え、オイ待てよ篠河! シーちゃん?!」
「殺すぞ。」
「あいすみません……。」


鋭い瞳で睨みつけられたスレイプは肩打を硬直させる。またもや鼻で嘲笑われた後、篠河が姿を消した。ライフルケースは中身がばれないようにギターケースに変わってはいたものの、あの迷彩服にゴーグルだ。さぞは目立つことであろう。


「では、僕らは前面から行きましょうか。準備は?」
「愚問だぜ。」
「頼もしいですね。」


安室とスレイプは、目の前のビルの見上げながら表の扉を開けた。キィィ、と今にも崩れ落ちそうなほど甲高い声を上げて、扉が開かれる。広い広間の正面には誰か知らない肖像画がかかっていた。左側には階段。上は吹き抜けて、5階まで続いている。


「ここへ来い、ということでしょうか?」


右側には誘うように扉が開かれていた。そこから炎の灯火であろうか、淡い色が漏れている。安室とスレイプは顔を見合わせて、歩を進めた。部屋へはいると同時に視線をあちこちへと向けるが、人の気配は感じられない。代わりにあったのは、


「地下室か。」
「きな臭いですね。」
「だが、嬢を捕らえるにはありがちなシチュエーションだぜ。」
「大人しくしているお姫様には見えませんけどね。ふふ。」
「同感だ。」


招かれるように地下への入り口を下る。壁に貼り付けてある燭台はサビついているものの、そこに立てられている蝋燭は新しい。ぼうっと時々炎を大きく揺らすそれからは、歓迎されているのか、危険を知らされているのか。

一番最下層まで螺旋の階段を下ると、開けた場所に到達する。左右には2本ずつ支柱が設けられており、一番奥にはひときわ大きな柱が建っていた。


「嬢……!」


その柱に、縄で拘束された冴の姿があった。顔は俯いており、髪の毛が表情を隠している。床にはまだ乾燥していない鮮血が飛び散っており、ズボンの裾から覗く肌色には、紫に近い縄の痕があった。安室はそれに気づくと、自然と眉間にしわが寄る。


「お待ちしていたよ、随分待った。」
「テメェ……どこの誰に手を出してンのか、分かってんだろうな。」


そんな柱の陰から、一人の男が姿を現せる。蝋燭が揺らぐ空間で闇に紛れるかのように漆黒のロングコートを羽織っていた。長い裾には、彼女を拷問にでもかけたかのように鞭が手にされている。何が起こっていたのか察してスレイプは威嚇する。


「先にケンカを売ってきたのは君たちだ。我々の要求は『取引実行において組織ボスを連れてくるように』のはず。娘では代行不可だ。ましてや一人で行かされた辺り、大層な価値はないのだろうが。」


安室の考え通り、相手にはそう捉えられていたようだ。


「我々のボスをご所望であれば、そちらもトップを連れてくるのが礼儀と言うものではないでしょうか?」
「はっはっは。そう君の言う通り。だが、私がきたーー。」
「元々、我々と取引をするつもりはないですね?」


なに?!、と凄まじい形相でこちらを見るスレイプを無視したまま、安室はただ飄々と笑みを浮かべていた。ズボンのポケットに両手を収め、余裕を見せる。


「何をお望みですか?」
「君たちの命だ。君たち組織に存在意義はないと判断した。弱者に我らの存在を知られるわけにはいかないのでね。」


黒いコートの裾から、拳銃が顔を出す。咄嗟にスレイプも懐からブツを取り出して構えた。4本の支柱の影が、炎の明かりで揺れる。


「僕たちも統領から命令を受けておりましてね。」
「ほう? 我々の命かな。」
「そう。そして、僕たちのお姫様の救出です。」


途端、銃を構えていた男の身体が大きく傾いた。


「ぐあッ?!」


鈍い音と共に男の身体はそのまま地面に叩きつけられる。彼の足元で拘束され、俯いていたはずのは冴代わりに立ち上がっていたのだ。その口元は切れて血が滲み、その頬は赤く腫脹している。だが、瞳だけは暗闇の中でギラギラと尖っていた。


「もっとも、黙って救出を待つようなおとぎ話のお姫様では、ありませんけどね。」


スレイプの銃口が確実に男の脳天を捉える。冴は衣類についた埃を払うように、手で体を何度もたたく。埃が舞うたびに小さくせき込み、「あーあ」といつぞやも耳にした無機質な声が響いた。


「理想は守ってもらうお姫様なのよ。」
「僕の好みとは違いますね。」
「あらそう? なら、勇ましいお姫様でいないとダメね。」


首を回すと、こきこきと悲鳴を上げる。長時間拘束され、叩かれていたのであれば身体が声を出すのは当然であろう。今にもその頬に触れて彼女に触れられれば良いのだが、あいにくそうともいかない。安室は周囲を見渡す。


「はっはっは……なるほど、曲がりなりにも組織か。」
「何を笑ってやがる、コイツ。」
「気が付いているだろう? 君たちは包囲されている。」


柱の陰から、同じく黒いことに身を包んだ者たちが姿を現す。武器も様々だが、やはり拳銃が多い。数は男も含めて十人ほどだ。スレイプは眉間に変わらずしわを寄せているが、安室は口角を緩める。


「例え此処を抜けられても、君たちは生きて帰ることは出来ない。」
「よくある悪党の台詞ですね。他に何を仕込んでいるんです?」
「それを教えるとでも?」
「寿命が少し伸びるかもしれませんよ。」
「この状況で臆さないとは、君のような人間は早死にするな。」
「お気遣い痛み入ります。」


チャカ、と一斉に銃口が安室へと向く。それでも笑みを浮かべたままの安室に対し、スレイプは冷や汗を流しながら男の脳天から標準を外すことはしなかった。男の足元に立っていた冴は、先ほどまで男が手にしていた銃を拾い上げる。途端、安室に向いていた銃口が一冴へと集中した。だが、それに恐れることなく冴は男の眉間にそれを突き付ける。


「いいのか? 私を殺せば分からなくなるぞ。」
「スリルあるのが好きなの。大歓迎よ。」
「肝の据わった女だ。」



冴は緩やかに目を細めると、男に向けていた拳銃を天井へと向ける。周囲に居た組織の影は警戒心を強めて銃を構えるが、冴は気にも留めずに腕を真っすぐと伸ばした。そして、天に向けて一発、弾が放つ。


――ガウンッ…………


静寂が訪れた。男ふっと口角を上げる。


「愚かな。何を無駄なことを――」


そう、言葉を続けようとした時だった。途端に地面が揺れたのだ。地震だろうか、誰もが意識がそこへ向けられる中で冴の笑みだけが深まる。


「じゃ、後はよろしく〜!」


場に似つかわしくない明るい声色が響くと同時に、冴は走り出す。周囲を取り囲んでいた男たちが標準を定めようとするが、スコープを覗いたときに上から何か小さいクズが落ちてきた。思わず顔を上げると、異常事態に気付く。


「崩れるぞ!!」


1人が声を上げると、周囲の男たちの間で動揺が走る。そして、さらに追い打ちをかけるように安室たちの元へ走っていた冴が、包囲している男を数名、その手足で投げ飛ばし、振り向きざまに首謀者の男へと発砲したのだ。


「うッ?!」


血飛沫が柱に拡がる。スレイプは目を細め、不安定な態勢の中で数発発砲をする。一人、二人を身体が崩れる中で、追い打ちをかけるように鋭い銃弾が複数人を貫いた。安室だろうかとスレイプが横目で見るが、彼は飄々とした表情でこちらへと駆け戻ってきた
冴の手を掴んで迎え入れていた。




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