――数日後。
冴と降谷は予想通り事後処理に追われていた。あれだけの騒動が起きて、テロだとメディアが放送するのを制止させるのにもずいぶん苦労をさせられた。謎の巨大な機体についても真実をいかに隠すか、あってはならぬことだと分かっても、事実を告げるわけにはいかない。
降谷は久々のデスクワークに重々しいため息を吐いた。既に太陽は落ちて、月が街を照らす時間帯だ。一区切り立ったところで、彼は席を立った。そして先ほどから見当たらないその存在を気に掛ける。
「風見、若槻の姿を見なかったか。」
「若槻さんなら既にあがりましたよ。」
「なんだと?」
「何でも、大事な用があるとかで――。」
大事な用?
無意識に、降谷の眉間には深々し皴が寄っていた。
場所は変わり、その冴は首都高湾岸線の高架化にある倉庫街にいた。暗闇を照らす光は少ない。歩きながら辺りを見渡していると、丁度良く向かいから車が近づいてきた。
「待たせたか。」
「私も丁度来たところですよ。忙しいところ呼び立ててすみません。」
「いや、俺も連絡をしようとしていたところだった。」
車から降りたのは赤井だった。互いにあの日、奮闘した仲間である。冴は赤井に、ライフルケースを差し出す。赤井は小さく頷いてそれを受け取った。
「M200はいい子ですね。風量測定が役に立ちましたよ。」
「それは良かった。」
冴はもう一つ、倉庫外壁に立てかけてあったライフルケースを差し出す。赤井はこれをすぐには受け取らずじっと見つめていた。特徴的なその瞳が冴へと移る。
「これは。」
「ウチの降谷がケースを破損したと聞いて。発注しました。」
「気にしていない。彼の咄嗟の判断には助けられた。」
赤井はケースを受け取って、2つのそれを後部座席にしまった。
「スコープは通常のだけで間違いないですか。」
「ああ。暗視スコープはあの時おシャカになってしまってね。」
「ふふ、さようですか。」
冴はくすりと笑う。
「暗視スコープまでは弁償できませんよ。」
「フ、残念だな。」
「……赤井、」
「なんだ。」
「貴方には助けられました。降谷が度々迷惑をかけているようですが、どうか赦して下さい。」
冴の声色は少し寂しげだ。赤井はその心情を悟って小さく頷く。
「元は俺のせいだ。彼のことは、今でもすまないと思っている。」
「貴方のせいではありませんよ。きっとあの人も分かってはいるんですよ……。」
「……君にも、悪いことをした。」
「あら、いやだ。そんな表情、貴方には不似合いですよ。」
「……フ、変わらないな。」
赤井は運転席の扉を開けた。乗るか、と視線を冴に向けるが彼女は首を静かに横に振る。
「赤井、」
「なんだ。」
「……人は変わりますよ。それを彼女が証明してくれました。」
「……そうだな。」
踵を返す。
「またな、冴。」
「ええ、秀一も、無茶だけはしないでくださいね。」
互いが背中を向けて、マスタングはエンジン音を鳴らしながら過ぎ去った。静かな倉庫街に、冴は佇む。そこから見える東都水族館は、あの時の光はなかった。いつ復興するのかもわからないテーマパークに視線を向けると、再びエンジン音が聞こえてくる。だがその音色は先ほどのマスタングとは異なっていた。
「探したぞ。」
「嘘おっしゃい。ライフルケースに発信器付けていたのバレバレですよ。」
「お前も俺の車に付けていただろう。」
「even、ですね。」
車から降りてきたのは降谷だった。面白くなさそうな顔つきなのは、赤井のマスタングとすれ違ったからなのだろうと察する。
「こんなところで密会か。仕事もサボりやがって。」
予想通りの反応に冴は思わず苦笑した。
「あれだけ共闘していたのにもう険悪に扱うのですか。」
「あれは非常処置だ。で、仲良く夜中に何の密事だ。」
「もう、不貞腐れないでくださいな。さ、今日はもう帰りましょう。」
「おい、話を逸らすな!」
「逸らしていませんよ。」
降谷をあしらいながら、冴は迷わずRX-7の助手席に乗車した。はあ、と大きな溜息をついて降谷は運転席に乗り込んだ。エンジン音を鳴らして、アクセルを踏む。
「帰ったらみっちり聞かせてもらうからな。」
「あら。送ってくれるんじゃないんですか。」
「冗談抜かせ。」
まだ家に帰れないのか――
冴は口元を緩めながらそっと遠くを見つめた。
「あ。」
「どうした。」
「……いえ、なんでもありません。」
「変な奴だな。」
また、忘れてしまいました。
ライター返すの。