The Darkest Nightmare | ナノ



冴は赤井からライフルを受け取ると、2つの重荷を抱えたまま、ゴンドラへと乗り込んだ。それは、彼らがいるゴンドラで、


「ちょっと、どうなってるの!?」
「見てのとおり、勝手にホイールが遊びに出かけてしまいましたよ。」
「わ、私たちどうなっちゃうの!?」
「安心してください、とは中々言えませんが、尽力します。哀ちゃん、ここにこれを置きます。取りに戻るので触らないように。」
「誰も触らないわよ、そんなもの!」
「同感です。」


冴はライフルを2丁と、ライフルケースをその場に置く。そして再びゴンドラから出ようと腕を伸ばした。


「気をつけなさいよ……。」
「分かっていますよ。私にできるのは手助けくらいでしょうけれどね。」


冴は勢いよくゴンドラから飛び出す。そして走り出した先には、あの小さく勇敢な少年が、コナンがいた。お互い切羽詰まっている状態だ。コナンは自ら下り坂を勢い良く滑る。だがその勢いは止まらず、梯子に捕まろうと手を伸ばすも勢いに負けてなかなかつかめなかった。


「焦りは禁物ですよ、ボウヤ!」
「ッ鈴宮さんーー!」


冴の伸ばしたその手と、コナンの小さなその手がしっかりと絡む。横には赤井が同様に降りてきた。


「焦るな、ボウヤ!」
「うんっ……よし、これならっ!」


コナンはズボンにつけていたベルトを観覧車のホイール部に取り付ける。そしてボタンを押すと、ベルトの中央からみるみるうちに巨大なサッカーボールが膨らみ出てきた。これには冴も目を見張る。だが同様にこれに委ねるしかないのだと理解をして、息をのんだ。
坂の影響で勢いをつけたホイールは、唯一電源を失わずにいる水族館に向かっていた。一般客が遠くからでも多く見える。何が何でもこれで止まってもらわなければ、皆が簡単にあの世に行ってしまうだろう。


「膨らめ! もっと早く、もっと大きく!!!」
「くっ、」
「ダメです、間に合わない……!!」


だがそれもむなしく、ボールがホイールの力を支える前に水族館へと近づいてしまった。絶体絶命だ。どうしようもない。だがどうにかしなくてはならない。冴は何か手はないかと周囲に視線を向けた時、遠くから猛烈な勢いで近づいてくるクレーン車を見つめた。


「あれは――、」


そのクレーン車は勢いを殺さないままホイールに突っ込む。ガタンと大きな振動が響いて、思わず体勢が崩れたのを、赤井の腕が支えた。コナンも気づいたのだろう、目を見開いてそのクレーン車を見つめている。それでもなおホイールは動きを止めようとしないが、力強い踏み込みがあったのか、クレーン車は再びエンジンを吹かした。

そして、


「――!!」


勇敢なその機体は、ホイールに押しつぶされる。途端に、その場が炎上した。思わず冴は口元に手を当てる。さっと血の気が引いていく。
だが、周囲からは歓声が上がった。止まったのだ。観覧車が。水族館に身を乗り出しこそしたが、その場の人間を引くことなく動きが完全に静止した。


「あのクレーン車……いったい誰が……。」
「ですが、あの状態では既に息は……。」
「うん……。」


横では赤井は「やったな、ボウヤ」と告げるがコナンは曖昧にそれを返すだけだった。


「……ここで考えても致し方ありませんね。降りましょう、私は子供たちを救出します。赤井とコナンくんは先に行っていてください。」
「こ、子供たちがここにいるのッ!?」
「おや、知らなかったのですか? いますよ、そこのゴンドラにね。」
「!、ぼ、ボクもいく!」
「いや、ボウヤは先に下に降りるぞ。」
「でも!」
「ここは彼女に任せろ。」


それでもなお食いつくコナンに、冴はその小さな頭に手を当てた。そして思い切り、その頭を撫でまわす。うわ、と声を漏らしたコナンに微かに口角を上げて冴は言葉をつづけた。


「コナンくんが待っている、といえば子供たちもすぐ動くでしょう。安心してあげなさい。」
「……う、うん……。」
「では赤井、頼みますよ。」
「ああ。君にはモノを持ってきてもらわないといけない。任せた。」
「ええ。」


冴は手を軽く上げて、車輪の頂上に向かって走り出した。その背中を見つめていたコナンが、ぽつりとつぶやく。


「赤井さん、鈴宮さんって、何者なの? 赤井さんの仲間? それとも、安室さんの?」
「教えると思うか?」
「……ううん、思わないよ。」
「詮索は控えた方がいい。さ、行くぞボウヤ。」
「わっ、じ、自分で歩けるよ赤井さん!!」
「フッ、いいから大人しくしておけ。」


小さな子供を抱えた黒い影は、颯爽と車輪から降り立った。
そのころ、冴は少年探偵団たちと合流をしていた。再会と無事を確認した喜びの挨拶もほどほどに、冴はライフルをしまったケースを背負う。


「さて、君たちは救助を私と一緒に待ちましょうかね。」
「待って!」
「ん?」


救助隊が来るのを共に待とうとベンチに座っていると、哀が声を荒げる。切羽詰まったその表情は、どこか悲しげに映る。


「どうしました、哀ちゃん。」
「お願いが、あるの……。」
「正体も分からない私に恐怖していたのでは?」
「…貴女は言葉通り、この子達を助けてくれたわ。…お願い。」


揺れるその瞳は、酷く懇願している。冴は哀に目線を合わせた。


「私を、連れてって。先に、確認したいことがあるの。」
「……。」


哀はゴンドラのガラスに手をついて、憂いげに外を見つめる。その視線の先にあったものを冴は悟って、哀の小さな体を持ち上げた。「きゃっ、」と愛らしい声が漏れる。


「ちょっと、貴女!」
「連れてってほしいのでしょう。」
「え、」
「あいにく私も、本当はここに居たくないんですよ。危険物を持っているものでね。」


ライフルケースを示すように、肩を軽く上げる。


「ボウヤたちは、すぐ救援が来るから大人しく待っていてくださいね。」
「え〜〜?」


当然、不満の声は上がるが、冴はにっこりと笑みを浮かべる。そしてゴンドラの上部まで軽々と身を乗り上げて、少年たちに手を振った。


「下でコナンくんが待っています。彼は君たちが救援隊から保護されると踏んで先回りをしているので、安心できる笑顔を見せてあげてくださいね。」
「コナンくんが!?」
「なら、仕方がないですよね……。」


冴は哀の身体を抱えたまま、ゴンドラから飛び出した。軽々と靴の音を鳴らしながら、ひたすら下へと下っていく。炎が上がっている、その場所に向かって走り出す。


「見たんですね。」
「え?」
「あのクレーン車の中にいた人物の姿を。」
「……。」
「……彼女を変えたのは、何なのでしょうね。」
「……。」


消火が開始されているその現場に、冴は哀の身体を地面におろした。未だ瞳を揺らしながら、哀は上がっている火の手をただただ見つめる。小さな身体は震えていた。


「貴女は、彼女に追われていたのではないのですか。」
「…え?」
「キュラソーか、組織の手にか、貴女は怯えていましたね。」
「……。」
「何者か詮索するつもりはありませんよ。コナンくんといい、君たちは興味深い。」
「私としては、貴女の方が何者か気になるわ。」
「味方ですよ。少なくとも今は。」


赤が黒に染まり、煙が上がる。それを見つめて冴は踵を返した。


「どこに行くの。」
「後始末が絶望的なので少し逃亡を。……哀ちゃん。」
「……。」
「人って、変わるものなんですね。」
「え?」
「良い経験ができました。哀しい記憶になりそうですけどね。」


緩やかに冴は手を振って、その場を立ち去る。哀はじっと、そのケースに隠された背中を見つめていた。じっと救援隊がクレーン車の中に存在していた人間を運び出すまで、コナンが走り寄ってくるまで。

そして2人は彼女の最期の行動を知る。その意図を掴めないまま、それでも彼女に救われた事実を心の内に秘めながら。もう会えない、その人のことを思った。黒焦げになった思い出を脳裏に浮かべ、悲しむであろう子供たちのことを憂い。


「――ここに居たか。」
「ああ……お疲れさまでした。」


冴が声をかけられたのは、既に東都水族館の外だった。真っ白であっただろう降谷のTシャツは黒く汚れている。どれだけ奮闘したのか、それだけでもよく分かった。


「お前のお陰で、爆弾を解除できたよ。」
「貴方ならやってくれると思っていました。怪我は。」
「ない。お前は。」
「大丈夫です。」


降谷と共に冴はバイクを置いていた場所まで足を進めた。もう一台あるはずの赤いマスタングはない。彼はもう行ってしまったのか――冴は背中の重荷を感じながら、バイクにまたがった。


「おい、俺が乗れないだろ。」
「ああ……ではこれを持ってください。そのまま後ろに。」
「俺が運転する。女の後ろに乗れるか。」
「おや、男女なんて関係ないというのに……まったく、仕方がありませんね。」


運転途中に、このケースが赤井のものだと知れば、彼なら迷わず捨ててしまいそうだ。それだけは避けなければならない。冴は降谷に運転を任せ、その後ろに乗った。細身でこそあるが、確かに筋肉付いているその肢体に体を寄せる。


「暫くは処理に追われるな。」
「ええ。」


荒れた水族館から、バイクが遠ざかる。冴はちらりと離れた場所まで動いた車輪を見つめた。長い一日だったと、振り返る。哀しみに包まれた事件だと胸に小さな痛みを感じながら、そっと瞼を閉じた。





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