The Darkest Nightmare | ナノ



一方その頃。
コナンたちの探す少年探偵団、記憶喪失の女性そして冴は、観覧車に乗車していた。爽やかな笑顔で見送られ乗り込んだゴンドラは、ゆっくりと上昇を開始する。コナンたちには勝手に動かないよう念を押されていた彼らだったが、不満が溜まっていたのだろう。内密に女と冴を誘導してここまで来た。当然、彼らが不在なのに気づいたコナンからは連絡がきたが、少年探偵団たちは不貞腐れたような表情を浮かべながら着信を拒否した。


「お姉さんは何かスポーツをやってたのかもしれませんね……。じゃなかったら、あんなふうに元太くんを助けられませんよ!」
「えっ!?」


唐突に光彦が女に向かってそう告げる。これには他も同意のようで、歩美は「だってお姉さん、スタイルいいもん!」と憧憬にも近いその眼差しを女に向けていた。その言葉を受けた彼女は恥ずかし気に自らの身体に視線を落とす。


「ってことは、菜摘の姉ちゃんも何かやってんのか?」
「え、私ですか?」
「確かに…鈴宮さん、とても素敵だわ……。」
「趣味で体は鍛えていますけど、貴女には負けますよ。」
「そんな!」
「どっちもキレイだよ!」
「ええ、まるでスーパーモデルみたいですね!」


ふ、と視界に多量の影が入る。気付いたのは冴だけではなかった。歩美たちは顔を輝かせて、ガラスに手をつき外へと注目する。


「おお、噴水がでっかくなったぞー!」
「どんどん上がってくるー!」
「すごいですねー!」
「姉ちゃんたちも見えるか?」
「ええ……キレイね。」
「本当ですね。座っててもよく見えますよ。」


観覧車の目の前に設置されている巨大な噴水、それを彩るスポットライトからの水と光のイルミネーションが始まっていた。頂上まで届くそのライトは、昼間で少し色が薄いものの、はっきりとした5色が窺えた。ちょうど虹が出ていたらしく光彦は嬉しそうに冴と女に前に来るように言った。


「っ、」
「――、」


冴が立ち上がり、女が一歩ガラスに近づいた途端、変化は訪れた。


「お姉さん、大丈夫?」
「大丈夫よ、少しめまいがしたみたい……。」
「きっと高いところが苦手なんですね。」
「おっ! もうすぐ一番上に着くぞーッ!」
「ホントだ!」
「高ぁい!!」


女の身体がふらつき、冴が座っていた席の隣に腰を下ろした。眉間にしわを寄せ、何かに耐えるような表情を浮かべている。少年たちの気遣いにはしっかりと対応していたが、それもゴンドラが頂点に達した時が最後だった。


「うッ!? うぅぅうう!!」
「!、どうしました。」
「ね、姉ちゃんどうしたんだよ!?」


突然、女が頭を抱えだしたのだ。痛みを感じているのだろう、髪が乱れるほど強く頭にあてた手が動き、爪が皮膚へと食い込む。当然少年たちは狼狽した。歩美に至ってはその瞳に涙さえ浮かんでいる。冴は女の身を案じるように肩に手を当てるが、その力はいささか強い。


「ど、どうしようっ…!?」
「コナンくんに連絡を取ってください。早く。」
「は、はいっ……!」
「おい、姉ちゃんしっかりしろよ!!」


光彦が冴の冷静な言葉にはっとスマホを取り出す。隣では歩美がどうしたらよいのか分からずに、ただ女に視線を向けていた。元太は冴と同様に女の傍に寄っていた。


「元太くんたちは少し離れ――」
「の、NOCは……ッ、」
「なんか姉ちゃんが変なこと言ってっぞ!?」
「何か思いだしたのかも! 歩美ちゃんはコナンくんに電話してください!」
「うん!」
「私が聞きますから、皆さんは少し下がって――」
「元太くん、お姉さんはなんて!?」
「なんか、ドアを叩けって……。」
「ドアですか!?」


冴の言葉も空しく、少年たちは自らで考え行動しだす。元太は女の身を案じて騒ぎ、光彦はスマホを歩美に渡すと素早く手帳を取り出した。端末を受け取った歩美は泣きながらコナンの名を何度も呼び、コールが切れるのを今か今かと待っている。


「スタウト……アクアビット……」
「!」
「リー……スリン、グ……。」


女が苦しそうにしながら微かな吐息と共に言葉を吐き出し始める。光彦がこれをメモしているのを横目で見つつ、冴は強い確信を得た。穏やかにしていた眼を途端に鋭くさせて、女の首筋に向かって勢いよく肘を振り落とす。鈍い音と共に女のうめき声が上がり、その肢体は倒れて冴の胸に雪崩れ込んだ。これを見ていた少年探偵団たちは、突然の動作にぎょっとした。


「な、なにしてんだよっ!?」
「菜摘さんっ!?」
「このままでは彼女の身が持ちませんから、休んでいただきました。いいですかボウヤたち。ここは私の言うとおりにしてください、非常事態です。分かりますね。」


冴の鋭いその眼光に、少年探偵団たちは身をこわばらせる。どことない彼女の変化した雰囲気に気圧されていた。


「元太くんはそのまま5歩下がってください。光彦くんは手帳をしまってドア側に移動を。歩美ちゃん、電話が繋がったようですね。それをこちらへ。その後は下がってください。」
「え、あ、う、うんっ……。」


淡々とした口調になった冴のその変貌に少年たちは驚きながら、目の前の事態に冷静に対応できている大人に従う。歩美は繋がったと喜んだ相手との連絡ツールを冴へと手渡した。冴は片手で女の身柄を拘束しながら、もう一方の手でスマホを耳にあてる。


「コナンくん、聞こえますか。」
『あ、ああ、鈴宮さんだよね!? 一体どうしたの!?』
「女性の意識が急変しました。すぐにスタッフに声をかけてください。その後は救急車を呼んでいただきたい。お願いできますか?」
『それはもちろんだけど……お姉さん、どんな状態なの?』
「今は意識を失っています。呼吸は落ち着いていますからひとまずは安心でしょう。」


冴のその言葉を聞いて、コナンの安堵の息遣いが伝わってきた。だがすぐにその呼吸はひゅっと息をのみ、慌てて次の言葉が紡がれる。


『子供たち……少年探偵団のみんなは!?』
「無事ですよ。目の前の出来事に少々混乱はしていますが、大丈夫。」
『良かった……。』
「ではスタッフへの連絡と救急車の手配お願いしますよ。」
『うん、任せて!』


それを最後に、通話が切れる。冴は腕の中で静かに眠っている女を見つめた。
何がきっかけだったのかは定かではないが、確かに彼女の頭脳が何かに反応していた。もし、女を眠りに落とさなければ最悪記憶が戻っていたかもしれない。そうした時に危ういのは自分よりも後ろに控えてもらっている少年たちなのだ。この狭い空間で、女がもし覚醒したとしても確保は厳しいだろう。むしろ少年たちを人質に取られ、冴の身柄が拘束されていた可能性も高い。


「怖がらせてすみません。観覧車から降りたら、すぐにこの方を病院に搬送して、見てもらいましょう。」
「は、はい……。」
「うん……。」
「姉ちゃん、大丈夫なのか?」
「今のところ、落ち着いていますよ。ほら。」


冴は優しい口調で少年たちを手招きした。彼らは顔を見合わせ、冴の表情が先ほどの険しいものとは変わって穏やかに戻っていることを確認して、小走りで近づく。小さく唇を開けて意識を失っている女の顔色を見て、3人は胸をなでおろした。


「し、死んでないんだよね……?」
「大丈夫なんですよね?」
「ええ。さっきはビックリしましたね。でももう、安心してください。」


冴は彼らを落ち着かせるように何度も大丈夫と告げながら、小さな頭をゆっくりと撫でていく。一番顔を赤くして涙を浮かべていた歩美も、くしゃりを笑みを浮かべた。元太と光彦は大きく息を吐いて、良かったぁと口にする。

観覧車が停まり、ドアが開いたのはその数分後だった。扉が開いた途端にスタッフと現地に滞在している救急隊員が乗り込み、女性の安否を確認する。コナンと哀、博士もまた近づいてきた。かけあう言葉も短く、女は一度医務室へと運ばれていく。別で呼ぶ救急隊が到着するまで、一時的に彼女の身は医務室へと置かれることになった。冴は自ら彼女の傍につくことを選び、共に医務室へと足を運ぶ。

ベッドに横になって眠るその姿はあまりにも無防備だった。今なら、その気になれば簡単に女の命を絶つことは可能であろう。やはり記憶喪失なのは事実なのか――否、断定には材料がまだ少なく、確信は何もない。それに近いものとすれば、観覧車の中で突然発作を起こしたことだろうか。もし本当に記憶喪失ならば、記憶を取り戻す直前だった可能性はあまりにも高い。


「……。」

何よりも気になったのは、彼女が苦し紛れに言った言葉だった。


「(キール、バーボン、スタウト、アクアビット、リースリング――どれも酒名ということは、奪ったNOCリストに掲載されていた組織への諜報員ですか。)」


脳裏に浮かぶのは、共に今もなお捜査をしている男だ。


「(まいりましたねぇ……。)」


ドクリと自らの心臓が嫌な音をたてた。冴はその胸元に手を当てて、深呼吸をする。落ち着け、と己に言い聞かせて席を立った。外からストレッチャーを運んできているのだろう音が聞こえたからだ。開かれた扉からは、医務室に常在している医師と救急隊員が入ってきた。


「彼女です。お願いします。」
「分かりました。」
「僕は少し、警察の方とお話があるので。」
「あ、先生。」
「はい?」


女性を救急隊に任せ、医師が部屋をにしようとしたのを後にしようとしたのを冴が引き留めた。その白衣に手を伸ばして、すぐに手を離す。きょとんと医師は小首をかしげた。


「ふふ、すみません。白い衣装に目立つごみがついていたものですから。」
「わっ、それは恥ずかしい! すみません、ありがとうございます!」
「いえ、どういたしまして。警察の方とお話するなら私は外にいた方がよろしいですよね。」
「ええ。そうしていただけると。」
「分かりました。それでは、ありがとうございました先生。」
「こちらこそ。」


冴は医師に人当たりの良い笑顔を与えて、その場から立ち去った。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -