D.C | ナノ

Origin.


無事を祈ります

この続き

「へえ。ではナマエさんは蘭さんたちの先生なんですか。」
「ええ。あの子たちはとても優秀なので教え甲斐があります。」
「どうりで子供たちのあやし方がお上手なはずだ。」
「やだ、そんなこと仰らないでください。」


少年探偵団たちに助けてもらったナマエは、何の流れか安室と共に夕食を共にしていた。

暫くポアロにいた彼女たちだったが、夜も深まってきたために帰宅するように話を打ち切った。
当然、まだ大丈夫、まだ居たいとダダを捏ねる彼らであったが、それを上手くあやして帰したのだ。そのことを言っているのだろう。

まあ、そこまではいい。その後、ナマエ自身もそろそろ帰ろうと胸に突っかかる思いを秘めたまま帰路へついたのだ。
けれど、そこに彼、安室透が追いかけてきた。手に何故か一度も出した覚えがないスケジュール帳をもって。


『これ、ナマエさんのですよね?』
『え、すみません。わざわざ届けて頂いて。……ってあれ、名前……。』
『蘭さんたちがそう呼んだのが聞こえてて。いけませんでしたか?』
『とんでもないです。あの、ありがとうございます。ではこれで、……?』


去ろうとする彼女の手を掴んだのは他でもない安室自身で。


『良ければ、ご一緒していただけませんか。』


そう甘く囁いたのに頷いたのは、あまりに自然なことだった。


「まさか、初めて会った方にお食事へ誘われるとは思いませんでした。」
「もしかして僕のこと、軽い男だと思ってます?」
「いいえ。とても素敵な方だと。リードもお上手ですね。」
「ははっ。これでも結構、緊張しているんですよ。ナマエさん、お綺麗ですから。」
「そういう安室さんも、とても端正な顔立ちをなさっているかと、」
「顔だけ、ですか?」
「ふふ、冗談ですよ。」


会話も順調に進み、お酒も順調に進んだ。
安室は間を見計らったかのように静かな個室で呟くように口を開く。


「あの、蘭さんたちの会話を聞いてしまったのですが、」
「ええ。あの店内にあの声量だと筒抜けでしたでしょうし、お伺いしますよ。」
「ナマエさん、幼馴染がいるんですよね。」
「……はい。どこで何をしているのかは分かりませんが。」
「……好きなんですか?」
「え?」
「その彼のこと。」
「……。」


ふと安室に視線をやれば、彼の大きな瞳がナマエを見つめていた。
カラン、と氷がグラスの中で溶ける音が響く。


「……わかりません。」
「わからない?」
「はい。」


瞼を伏せ、グラスの中で回転した氷を見つめる。


「好意は確かに抱いています。彼は昔から、そう、とても優しくて正義感の強い人だったから。でも、今どこに居るかも分からない彼への想いが何だか色褪せているような気がして。」
「……他に、気になる方でも?」
「いえ。それは。でも、音沙汰もない人を気にしていても仕方がないって思ってはいて。」
「……。」
「安室さんにはそういう方、いないんですか?」


自分ばかり話してはフェアではない。
ナマエは悲しい気持ちを思い出しながら、話を相手に振る。


「そうですね……僕にも幼馴染がいて。」
「へえ、安室さんにも。」
「人のことばかり考えるお人好しですが、とても温かい女性でした。昔はずっと彼女の傍にいた。彼女を守りたいと思っていたんです。」
「その女性は、今どこに?」
「……さあ。意地張って連絡せずにいたら、次第に距離があいてしまって……。」
「今も連絡取れずにいるんですね。」
「ええ。お恥ずかしい話。」


きっと安室の話をかの女子高校生たちが耳にしたら、今頃悲鳴を上げているだろう。
いつの間にか食事へ伸ばす手も落ち着いてしまった。


「似た者同士ですね、私たち。」
「……そうですね。」


店内に響くブルースが、沈黙を防ぐ。


「もし、」
「はい。」
「もし彼に出会えたら、何と声をかけますか?」
「もし、ですか。」
「ええ。もし、です。」


ナマエは瞼を伏せて、しばし考えた。


「なんと、言いましょう……会えた喜びで、何も紡げません。」
「怒らないんですか。今まで連絡を取ってこなかった男でしょう?」
「怒れませんよ。だって彼は警察で、私たちを守ってくれているんですもの。」
「信じているんですね、途中で夢を諦めたかもしれませんよ。」
「ずっと見てきたんです、ずっと……。彼はなっていますよ。どんな立場であっても、彼は自分の正義を貫いている。そんな彼の正義感を私も支えたい。告げるとしたら」


口の一度閉じたナマエを、彼は覗き込む。
どこか憂いを含むその瞳を見つめながら、ナマエは再び口を開いた。


「『ずっと待っててごめんなさい。』かな。」
「え?」
「やっぱり私は彼が好きなんです、今も。彼に縛られている……だから、前に進めない。彼はきっと前に進んでるはずなのに。」
「そんな、」
「彼と再会したら、私も一人立ちしますよ。」


ふふ、と笑みを浮かべてグラスに残ったそれを飲み干す。
はーっとどこか色香に満ちた息を吐きながら、彼女の視線は彼へと移った。


「安室さんなら、なんて言いますか?」
「僕、ですか。」
「私ばっかりズルいです。」


そうですね、と彼は口元に手を当てた。


「僕はとても酷いことを言います。」
「へえ、なんて?」
「『待ってろ。』かな?」
「待ってろ? 素敵じゃないですか。」
「いいえ。残酷ですよ。いつになるかもわからない、もしかしたら死ぬかもしれない。そんな男が、彼女を無期限に拘束するんですから。」
「でも、離したくないんでしょう?」
「ええ。誰の手にも落としたくないですよ。ずっと想ってきた、大切な女性なんですから……。」


再び沈黙が走る。


「……ナマエさんなら、彼にそう言われたらどうします?」
「そうですね……。」


こう、言ってやりますよ。
ナマエはグラスを持ち上げて、安室の頬に押し当てた。


「『お墓入るまでには迎えに来てね』ですかね。」
「ま、待ってるんですか……!? 死ぬかもしれない男を。」
「待ちますよ。だって彼は絶対に死にませんもん。絶対に生きて、ひょっこりと顔を出してきます。どんな形になっても。」
「……まいったな。女性というのは、僕が思っていたよりも強い生き物のようですね。」
「違いますよ。」
「え?」
「強くあろうと、虚勢を張るだけです。」
「……。ほんと、まいりましたよ。これだから僕は逆らえない。」


押し当てられたグラスに自ら頬を寄せ、細い手の上に自然と重ね合わせた。
どこか濡れている彼女の瞳を見つめながら、きっと自分も酔いが回ってそんな目をしているのだろうと内心で笑う。


「僕ならね、」
「はい。」
「僕なら『ずっと待っててありがとう』ですよ。」
「そうですか。その言葉一つで、きっと女性は喜びますよ。まして貴方のようにイケメンさんに成長していたら、尚更。」
「なら、いいんですけどね。ブタれないか心配で。」
「叩かれたいんですか?」
「まさか。そんな趣味はありませんよ。けれどきっと僕は、彼女を何度も泣かせているから。」


ほら、こんなように。
もう一方の指が動いて、溢れてきたその涙をぬぐった。


「ねえ、泣かないでくださいよナマエさん。」
「ごめんなさい。なんだか止まらないんです……。」
「まるで僕が泣かせたみたいだ。」
「ええ。あなたが泣かせたんですよ。」
「はは……どう、責任をとりましょうか。」
「知りませんよ……。」


「ナマエ、」
「はい。」
「待ってて。」
「……お墓に入るまでには、」
「ああ、必ず戻る。それまでには必ず。」
「……お待ちしています、ずっと、ずっと。」
「……ありがとう、待っててくれて。」
「ええ。仕方のない人のために。」
「はは、手厳しいな。」


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待つのも待たせるのも辛くて涙が出るよ

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