HAS | ナノ
大きな雛鳥を飼う


「おや、ナマエさんじゃないですか。」
「おや、とか白々し過ぎますねぇ、安室さん。」


ぴきり、と眉が動いたのが分かった。
目の前ににっこりと微笑む男に殺意が沸く。
どうやったらここまで自分に付き纏えるのか。


「白々しいだなんて酷いなぁ。ちょうどナマエさんをお見かけしたんですよ。」
「見かけてもついてこないでください。」
「思わず。」


本能的なものでしょうか。
などと顎に手を当てながらついてくる安室さんほんと嫌い。


「ところでどちらへ行く予定で?」
「秘密です。」
「秘密を抱える貴女も好きですよ。」
「吐き気モンですね。」
「またまたぁ。」


何が「またまたぁ。」だ。
思わずため息が溢れ出る。


「あ! もしかして、この先にある『C.N』で買い物ですか!」
「……。」


買い物ですか? ではなく、買い物ですか!
――もはや何も言えない。


「どうやらあたりのようですね。」
「はぁ……。」
「なぜ分かったのかとお思いですか。ふふ、」
「距離近いですもっと離れろ。」


付き纏う安室さんから数歩距離を置く。
それでもその距離を長い足で埋めてくる辺りが憎たらしいほかない。
というか人の話を聞いてほしい。どれだけ喋るのこの人。


「ほら、ナマエさんって私服も、外出でのスーツも、全部この『C.N』で統一しているじゃないですか。今日の靴も確か去年の夏に販売されたパンプスですよね。履き心地が良いと、当時は大人気になったのは有名な話です。」


観察力が良いのはもう認めるが、これを通り越して気持ちが悪い。
というか去年販売されたパンプスのことを何故覚えているのかが謎である。
まるで裸にされたような羞恥感に襲われながら、口からは溜め息しか零れなかった。


「今回は何をお買い求めで? 新作のサクラシリーズですか?」
「はいはいそうですよはいはい。」
「やっぱり! ナマエさんならお似合いだろうなと思っていたんです!」


誰か止めてほしい、この男を。


「個人的には、サンダルシューズよりもあのワンピースの方がお似合いだと思いますよ。背中が少し見えそうなラインが男心を擽ると言いますか……。」
「私には擽らせる相手は居りませんので。」
「ああ、僕だけってことですよね。大丈夫、それはきちんと理解していますよ。」
「もはやその時点で理解してませんよね。」


どこまで引っ付いてくるのか……。
もう店が見えてきている。この男、絶対に中までついてくるのは見え透いている。
隣できゃんきゃんと、言い続けるに違いない。

……絶対に、嫌だわ。


「個人的にはワンピースの下に昨年サクラシリーズのネグリジェを着こんでくれるとそれはもう大興奮なのですが――」
「安室さん、」
「はい?」
「ついてこないでください、ド変態。」
「ど、ド変態って……。」


このショックを受けたような表情が、本物なのかも疑わしい。


「ナマエさぁん、意地悪は止めてくださいよ。」
「誰がいつ、意地悪言ったんですか。ストーカーにほど近い言動は止して下さいよ、もう。」
「あ、その『もう。』がグッときました。」
「しるか。」


ああ。店内に足を踏み入れてしまった。


「あ! これですよナマエさん。ほら、お似合いですって。」


すぐさまワンピースのかかったハンガー片手にするあたりもうダメだ。
しかも奥の店員さんがにっこりと営業スマイルを浮かべている。


「あのですねぇ、安室さん。恥ずかしいのでやめてもらえますか。」
「こんなにもお似合いなのに? せめて試着しましょうよ。ねっ!」
「ね、じゃないわボケ。」
「ナマエさん、お口が悪くなってますよ。」


誰のせいだと思って……!
至極楽しそうな安室さんとは正反対の表情をしている自信がある。


「あ、それともこっちのスカートの方がお好みですか? 丈が短めなので出来れば僕との食事の時に以外着ないでくださいね。」


まるで前提となる注意を放ったかのような口調。
はい、と渡されるそれを受け取るにも、さすがに今の自分でははけない……。
渋々、元の位置に戻すと安室さんがあれ?と小首を傾げた。


「いいんですか?」
「いいんです。」
「ではこれを。」
「どれだけ推してくるんですか……。」
「僕が保証します。」
「何をだ……。」


ついつい頭を抱えてしまう。
もう、何を目当てに来たのか忘れてしまう。
……本当はこのワンピース欲しかったんだけど、なんだか手に取るのを否定してしまいたくなる。


「とにかく、今日は見にきただけなのでいいんです。」
「えぇ?」
「恥ずかしいので早くそれをもとの場所に戻してください。」
「そんな恥ずかしいって……初心ですね、可愛いなぁナマエさんてば。」
「はいはい。」


にっこり笑顔の店員さんとタッグを組まれる前に早々に店を後にする。
当然、安室さんはテコテコと後ろをついてくる。
まるで親鳥を追う雛鳥のようだ。
もっとも、こんな図体の大きな雛鳥はこちらからご免だが。


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