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ソファを択ぶ


米花町にしろ杯戸町にしろ近頃はよくパトカーを目にする。
かくいう私自身もまた、一度巻き込まれた立場にいる人間ではある。

殺人事件やテロがあったような場所からは距離を置きたいと言うのが、人間の心理。
とは言え、これもある程度の時間の経過や行かなくてはならない用が出来れば、足も恐る恐る進むものだ。


本日、貴重な休暇で米花百貨店に足を運んだ。
ここであればある程度のものは一気に購入できるから便利だ。
今回の目当てはソファである。実家暮らしの時から使っていたものは既にボロボロ。
さすがに買い換えたいと思って下見をしに来ている。

平日とはいえ夕方に訪れると人の数が多い。
複数個設置されているエレベータのうち、1基に乗り込んで上層へとあがる。
1人、2人と途中で降りていつの間にか1人になった。
それでもエレベータは上がり続けて、また途中で止まる。
自分が降りるのではなく、相手が入ってくるようだ。

1,2歩下がるとちょうど扉が開いて、目に映った人物に思わず目を見張った。


「おや、ミョウジさん。」
「驚いた。お久しぶりです、沖矢さん。」
「ええ。お元気そうで何よりです。」
「それはこちらの台詞ですよ。」


長身でいてかつスレンダーな体型。
薄く細い瞳を更に小さく魅せる眼鏡をかけた大学院生、沖矢昴。
まさか、ここで会うとは思わなかった。


「その節はお世話になりました。」
「いえいえ、仕事ですから。」
「食事も含め、ですか?」
「あれは、そういうのを抜きにしたお疲れ様会です。」


この沖矢さんとは、職場で出会った。
東都大の工学部に所属している彼が、うちのインターンシップに参加したのだ。
とは言っても、時期も例外であったためかたった1人の参加だった。

この時、何故か本部ではなく支店の、しかも私が担当を任されたのだから驚きだ。
あの時は急に企画書練れと言われ、上への報告も直接やれと多忙な時期であったのを覚えている。


「その後、研究は順調ですか。」
「ええ。近くに博士も居ましてね、協力頂いているんです。」
「博士?」
「そう呼ばれている科学者ですよ。名前が『ひろし』なので。」
「ああ、なるほど。」


博士課程にもなると頭が非常に冴えているのか、沖矢さんの知識には驚かされた。
本来であれば、就職して実際に勤務してから学ぶことも彼は熟知している。
本店の人間もこれには酷く感嘆していたし、当然うちの支店でも大絶賛。
おまけにこの顔立ちだからか、女性陣の熱を沸騰させていた。


「ミョウジさんこそ、お仕事はどうです?」
「お蔭様で。未だにうちの職場じゃ、沖矢さん人気ですよ。」
「勘違いは解けましたか?」
「まあ、なんとか。」


元の命令通り、沖矢さんとのワンツーマンで数日過ごしたからか。
職場では何故か私と沖矢さんの仲を勘ぐる人間もいた。
と、いうよりは面白半分でそうさせようとしていた。と言った方が正しい。

そのお蔭で、インターンシップ最終日の夕食に何故か全員参加しなかった。
やれ残業、やれ女房に呼ばれている、やれ体調不良と言い訳をつけてだ。
見え透いた嘘に苦笑しつつ、沖矢さんと2人で夕食を共にしたのは記憶に新しい。


「本日はどういった御用でここに?」
「ソファを買い換えようと思いまして。そういう沖矢さんは?」
「僕も似たようなものです。」


あれ?
でも、確か沖矢さんって……


「新しいお家、見つかったんですか?」
「それがまだお世話になっているんですよ。」
「あらま。それなのにソファを?」


この沖矢さん、住んでいたアパートを放火によって失ったそうだ。
ところが運よく知人の家に居候することが出来て、その夜から住み着いたという。


「家主から、新しいソファを見積もってほしいと頼まれましてね。」
「沖矢さんって随分と買われているんですね……って言い方失礼ですけど。」
「いえ。僕も不思議なくらいですよ。」
「あはは。」


共に同じ階で降りて、ソファの並ぶエリアに足を進める。
似たような色合いでもまったく形状の違うソファが並んでいたり、明らかに財布が泣きそうなソファがあったりとさまざまだ。


「ミョウジさんはどのようなのをお探しで?」
「寝れるやつですね。」
「ああ…分かります。よく横になってしまいますよね。」
「そうなんですよねぇ。特に1人暮らしだとこれが目立っちゃって。」
「だったらソファベッドですか?」
「完全に寝てしまうのでダメです。」
「ふ、」


あ、笑われた。


「でもアームはあった方が良さそうですね。」
「枕代わりになって最高です。」
「既に寝る前提になってますよ、ミョウジさん。」
「あれ、バレました? 特にお客様を迎えるわけじゃないのでいいんですよ。」


色は黒か灰、ベージュといった定番だな。
2〜3人用のアーム付に絞ってみよう。


「ところで、沖矢さんはどのようなものを?」
「ああ……僕はいいんです。」
「え?」


家主さんから頼まれているのに?
そう問えば、彼は小さく苦笑した。


「ここには、家のデザインに合うものはないようなので。」
「なるほど。残念でしたね。」
「他の場所を探してみますよ。」


そう言いながらも、沖矢さんは傍に居た。
類まれな知識を時折挟みつつ私の求めるソファをお財布事情を考えながらいくつか提供してくれる。
お蔭で素早く、候補を2つまで絞ることができた。


「どっちも良さそう……迷っちゃうなぁ。」
「また改めて考えるのも吉ですよ。」
「ですね。どのみち今日は購入するつもりはないので。」


サイズや値段、デザインを頭の中にインプットする。
後は少しだけ考えて、次の給料日にでも買おう。


「ありがとうございます、沖矢さん。助かりました。」
「とんでもない。お役に立てたなら良かった。」
「良かったついでに昼食どうです?」
「ぜひ。」


何が、良かったついで、なのか。
自分で言っておいて訳が分からない。

普通、数日共にしたただの顔見知りにここまではしないけれど。
不思議と沖矢さんのこの落ち着いた雰囲気は、自分の波長と合っているように感じた。


「下の階で良さ気な店に入りましょう。ミョウジさん、何か好みは?」
「今は白米の気分ですね。」
「丼とかですか?」
「もしくはオムライスとか……って、笑ってます?」


私がオムライスって言ったからか。
あれだろうか、いい年をしてなどと思ったのだろうか。


「笑ってませんよ。可愛らしいと思っただけです。」
「……どうも。」


ふと、脳裏にガングロアルバイターが過ぎったが、彼に比べて全く嫌な気はしなかった。
どこか心が擽ったく感じる。


「沖矢さんは何が食べたいですか?」
「ミョウジさんが食べたいものが食べたいです。」
「なんですか、それ。」
「そのままの意味ですよ。」
「もう。」


エレベータのボタンをおすと、昇りで使ったそれがあがってきた。
そのまま中に入るが、沖矢さんがふと直前で足を止めた。


「沖矢さん?」
「……。」
「どうかしましたか?」


良さ気なインテリアでも見つけたのだろうか。
開ボタンを押したまま首を傾げると、彼の足は再び動き出した。


「気になるのがあれば見ますよ?」
「いえ。気になったのは物ではないので。」
「はぁ……。」


では、何を気にしていたのだろう。
そう思いながら沖矢さんに視線を向けると、彼は何でもないですよ。と薄く微笑んだ。


「ミョウジさん。」
「はい。」
「丼にしましょう。」
「……いいですね。」


気にするなと言っているのだから、気にしないでおこう。
扉が音をたてて開くと、2人分の足音がエレベータ内から遠ざかった。


その数日後。
ポアロに足を向けると、梓ちゃんが興奮冷めやらぬ状態で口を開いた。


「ナマエ、この間一緒に居た男の人、彼氏!?」


と。
ここに安室さんが居たら非常に面倒な展開になっていたと思う。
けれど運よく、彼は今日不在だ。


「この間って、いつ?」
「米花百貨店で買い物してたとき!」
「……ああ。もしかして、長身の眼鏡かけた人のこと言ってる?」
「そう!」


違う違う。
仕事で知り合った、ただの大学院生。年上だけどね。

そう告げれば、梓ちゃんは訝しげにしつつも少しは理解してくれたらしい。


「なぁんだ。安室さんに報告しなくちゃって思ったのに。」
「そこでどうして出てくるのかな。」
「だって……ふふ。」


いやいや、笑うところじゃない。


「梓ちゃんのご期待に副えられなくて残念だけど、安室さんとは何でもありませんからねー?」
「またまたぁ。」
「違うってば、もう。」


梓ちゃんの顔を見ながら、ふとソファが過ぎる。
厳選した末に残った黒とベージュそれぞれのソファ。


「梓ちゃん、ソファなら黒とベージュどっちがいいと思う?」
「あら。買うの?」
「その予定。」
「黒だったらカッコいいし、落ちつけそう。」
「確かに。」
「でもベージュなら明るい雰囲気作れそうだなぁ。」
「一理ある。」


……ベージュか。
ふと、不在のうるさい男の髪色が浮かんだ。
茶髪というには濃すぎるし、ベージュというには薄すぎる。
かといっても金髪とも言い難いあの髪色……。
肌は完全に色黒なのに髪色がどうしてあんなにも明るく綺麗なのか。


「ベージュにしよ。」
「あら、どうしたの急に。」
「なんとなく、かな。梓ちゃん、おかわり。」
「はーい。」


梓ちゃんの言うとおり、部屋を明るくしてみよう。
そう思っただけだ。


.
脳裏に浮ぶ程度の人物には昇格
良い像か悪い像かは置いといて
ちなみに公式では茶髪設定だった気がする安室氏



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